古舘プロジェクト所属の鮫肌文殊、山名宏和、樋口卓治という3人の現役バリバリの放送作家が、日々の仕事の中で見聞きした今旬なタレントから裏方まで、TV業界の偉人、怪人、変人の皆さんを毎回1人ピックアップ。勝手に称えまくって表彰していきます。第62回は山名宏和が担当します。

池谷のぶえ様

池谷のぶえ

 今回勝手に表彰させて頂くのは、女優の池谷のぶえさんである。名前は知らなくとも、その顔に見覚えのある方は多いだろう。舞台をメインに活動している女優だが、映画やドラマの気になる脇役としてもよく出演している。映画ならば『モリのいる場所』、ドラマならば『中学聖日記』(TBS系)あたりが、最近の代表的な出演作。NHKのコント番組『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』にも準レギュラーとして出演している。

 池谷さんは僕が素晴らしいと思うコメディエンヌの一人である。コメディエンヌの魅力について説明するのは難しく、また野暮でもあるが、勝手とはいえ表彰するには理由が必要だ。やってみよう。

 コメディエンヌの魅力としてまず挙げたいのは、池谷さんの「声」である。おもしろい声というわけではない。仕事でお会いした時に話をしたことがあるのだが、普段の彼女の声には、特別なおもしろさはない。だが、セリフになった途端、それが変わる。

 なぜなのだろうか。声質か、口調か。日常会話の中のセリフでも、池谷さんが言うと、不思議とおもしろく聞こえる。おもしろいセリフならばなおさらだ。池谷さんの声で言われると、おもしろさが5割増しになる気がする

 僕も何度か彼女の声に助けられた。もうずいぶん前になるが、酒場を舞台にしたラジオドラマの台本を担当していた時のことだ。なるべく自然な会話というのを心がけていたが、時として、デタラメなことばかり言う登場人物を出したくなる。そういときはよく池谷さんにお願いした。

 彼女の声で語られると、デタラメなセリフが、単なる悪ふざけではなく、妙に納得感のあるものとして聴こえてくるのだ。


 そのためには「声」に加えて、当然「演技」という要素も重要となってくる。ここにも池谷さんのコメディエンヌとして魅力がある。

 僕たちが現実でおもしろいと感じる人間は大きくわけて2種類いる。意識的におもしろいことを言っている人と、自分が言っていることのおもしろさに無自覚な人である。笑わせる人と笑われる人と言い換えてもよいかもしれない。映画やドラマの場合、おもしろいのは圧倒的に後者である。だが、それを演じるのは難しい。

 書かれているのはおもしろいセリフだ。役者はそれがおもしろいとわかっている。しかし、役としては、そのおもしろさに無自覚でなければいけないこれが難しい。理屈ではわかっていても、ついついおもしろさを伝えようとしてしまいがちだ。池谷さんは、このおもしろいセリフを無自覚に言う人を演じるのが本当に上手い。ひょっとしてこの人、このセリフのおもしろさに本当に気づいていないんじゃないか、と思うほどである。

 しかしながら、以上の2つの要素は、コメディエンヌと称される女優ならば、多かれ少なかれ備えている魅力である。ならば池谷さんの独自性はどこにあるのか。

 それは「上品さ」である

 ただの上品さではない。クラシックな上品さである。

 まだモノクロだったころの古い喜劇映画をよく観るのだが、そこには上品な女性たちがよく出てくる。喋り方が上品、立ち居振舞いが上品。彼女たちはしばしば、ひどい目にあったり、ひどいことを言われたりするのだが、そのリアクションでさえ上品だ。それが当時、狙ったものなのかはわからないが、現代から見ると、そんなときまで上品なのかよ! というギャップが妙におかしい。

 池谷さんにはそれに通じるものがある。街の洋食屋の女将でも上品、割烹着姿の刑事をやっても上品、牛の肛門に腕を突っ込んでも(舞台でそういう役を演じていたのだ)上品。強靭なお上品力。レトロなマダム感。こんな魅力をもったコメディエンヌは、僕が知る限り、池谷さんの他に今はいない。みなさんすでに、墓の中だ。

 長々と書いてきたが、彼女のことを知っている人には何をいまさら、よく知らない人にとっては何がなんだかさっぱりだとは思うが、このような理由で今回、池谷のぶえさんには「笑演女優賞」を勝手に差し上げ、勝手に表彰いたします。

 今、僕が楽しみにしているのは、池谷さんの10年後だ。若いときはコメディエンヌだった女性が、ある年齢になったころから、演技派あるいは本格派と呼ばれる女優に変身することがある。そう言われると、皆さんも何人かの女優の顔が思い浮かぶのではないだろうか。現在47歳の池谷さんが還暦の頃、どうなっているのか。ときどき、思い出したように見守りたいものである。

 

<プロフィール>
山名宏和(やまな・ひろかず)
古舘プロジェクト所属。『行列のできる法律相談所』『ダウンタウンDX』といったバラエティー番組から、『ガイアの夜明け』『未来世紀ジパング』といった経済番組まで、よく言えば幅広く、よく言わなければ節操なく、放送作家として活動中。