緑に光が差し込み気持ちのいい「ローランズ」の店内。カフェにふらりと立ち寄る女性客の姿も

 今年4月から、企業などに義務づけられている障がい者の法定雇用率が引き上げられた。従業員に占める障がい者の割合を2・0%から2・2%に増やし、さらに段階的にアップさせる。

 達成できなければ不足人数に応じて、1人あたり月5万円を支払う罰則つき。それにもかかわらず、人材サービス「エン・ジャパン」の調査では、未達成の企業が61%にのぼっている。

障がい者はどんな仕事をしている?

 障害のある人たちの働き方は、労働者として企業と雇用契約を結んで働く「一般就労」、福祉サービスを受けながら仕事をする「福祉的就労」に大別される。後者は主に「就労継続支援A型」と「同B型」の2種類あり、雇用契約や最低賃金保障の有無といった違いがある。

 障がい者の一般企業への就職は、いまだ狭き門と言える。では、実際に働く当事者は、どのような仕事をしているのだろうか?

 うつやPTSDなどの精神障害のある立花ひかりさん(仮名=30代)は、就労移行支援事業所を経て、今春から大手メーカーで働き始めた。事業所で仕事に必要な知識や技能を身につけ、支援者のサポートを得ながら就職に臨んだという。

「就職試験はペーパーテストと面接があり、その準備に3か月かけました。支援者と戦略を練って、面接のロールプレイングもやったりして」(立花さん)

 いまの勤め先と出会うまで、立花さんは「絶望していた」と話す。事業所で行う企業実習は、ほとんどが単純作業ばかりだった。

「環境が整っている会社もあったけれど、やりがいを感じられなかったんです」

 それでも実習自体は役に立った。挨拶やマナーがしっかりとしている点を評価され、自分の強みを知ることができたからだ。

「実習に行き始めて3社あたりで自信がついてきた。“社会は私を受け入れてくれない”という思いが強かったんですが、慣れればできることはある、って」

 現在は1日7時間、週5日の契約で働いている。仕事は一般事務だ。難しい対応を求められることも多いが、「大変だけどおもしろい」と、立花さんは目を輝かせる。

 ただ、疲れが高じると、自分が自分を傍観しているように感じられ、現実感をなくす「解離症状」が現れることも。そのときは上司や社内カウンセラーに話し、休憩をとったり、早退したりするなど工夫をしているという。

 働く女性の6割が非正規労働者という時代。障がい者雇用でも非正規は多く、立花さんも4年までしか働けない契約社員だ。会社は正社員への登用を謳ってはいるものの、過去に2例だけとハードルは高い。どう乗り切るか、事業所の支援者と一緒に考えている。

 もうひとつ、大きな「障害」がある。

「障害の特性を考えたら不向きな仕事に就かされたりして、一緒に入った同僚が次々に辞めていく。だから業務量がどんどん増えて、かなりしんどいです」

 障害への理解をはじめ、まだまだ課題は多い。

「戦力」として働く障がい者

スタッフ間でのトラブルも、周囲の助言を借りながら乗り越えたと語る鶴田さん

 障がい者が働く場所は企業だけではない。アパレルショップが立ち並ぶ東京・原宿の一角にある『ローランズ』は、カフェが併設された、おしゃれなフラワーショップ。就労継続支援A型事業所の機能も備えており、ここ原宿店をはじめ都内3店舗では計60名のスタッフが働く。そのうち、45名が障害のある人たちだ。

 7月に入社し、天王洲店で働く鶴田優子さん(仮名=35)は精神障害のひとつ、統合失調症の診断を受けている。ローランズとの出会いは、ハローワークからの紹介だったという。

「面接は原宿店でしたが、スタッフがしていた花組み作業がみんなそろっていて。“これはいい商品が作れるはず”と、その印象で決めました」(鶴田さん、以下同)

 現在は週5日、1日4時間の勤務だ。一般的に、精神障害のある人たちは体調に波があり、その振幅も激しい。まじめな頑張り屋も多く、一見、些細なことでも負担がかかり、欠勤につながることも珍しくない。

「仕事をしているとノッていかなきゃいけないときがあって、それができないと頭がゴチャゴチャしてしまいます。周りに声をかけてもらいながら、私にしてもらいたいと思っていることをきちんと把握して、それ以上の無理はしないようにしています」

 ローランズで働くスタッフは、いわゆる健常者であっても、身近に障がい者がいる人が多い。

「だから、話がすごく合う。何が困難か理解してもらえるので、働きやすいです」

 経営戦略室長で現場の統括も行う佐藤美恵さんは、こう語る。

「体調の悪いときは休んで、いいときに活躍してくれればいいと考えています。仕事でつらいところ、悩んでいるところは、障がい者も私たちも変わりません。心のデコボコが大きいか、小さいかの違い」

 能力に応じて責任のある仕事を任される。こうした職場は、障がい者就労では貴重だという。

「ハローワークに行っても、障害をコントロールできなければ雇ってもらえません。健常者以上にチャンスが回ってこない。ローランズは“体調がいいときに挽回する”という発想で、チャンスをくれるところがありがたいです」(鶴田さん)

 チャンスが得られると、八面六臂の活躍をする人も少なくない。

「障害があるというだけで“この人が働くのは大変なんじゃないか?”と思われる。それが、障がい者の就労を阻害するいちばんの要因ではないでしょうか?」

ローランズが初めての就職先という高橋さん。今ではスタッフの指導を任されることも

 こう語るのは、原宿店で働く高橋麻美さん(26)。骨が伸びにくくなる先天性の難病・軟骨異栄養症のため、下半身に障害がある。

 '16年5月に入社した高橋さんは、花の販売スタッフとして週5日間、フルタイムで働いている。また、海外のフラワーショーへの出張や、代表とともに企業へ出向いて、障がい者雇用に関するアドバイスを行うなど、会社の“顔”ともいうべき活躍をしている。

 身長が伸びづらい疾患ゆえ、高いところに手が届かない不便さはあるものの、働くうえで、自身やほかのスタッフの「障害」を意識することはない。

「障害があってもできることは多いのに、ハローワークで紹介されている仕事は職種が少ないし、その幅も狭いんです」(高橋さん)

一緒に働けるような体制を

 一方、雇用する側はどう見ているのだろうか?

「精神障害のあるスタッフは休み明けに気持ちを切り替えることができず、欠勤してしまうことがあります。ですが、出勤したときは素晴らしい戦力になってもらえる。欠勤の問題を業務課題ととらえ、スタッフとともに工夫の方法を考え一緒に働けるような体制を整えるようにしています」

 とは、ローランズ代表の福寿満希さん。体制づくりのひとつとして、花の販売に際し、3人1組で勤務時間を調整し合う“3キャップ体制”を敷く。

「1人が休んでも、ほかの2人でカバーできます。同じ悩みを持っている者同士ですから、理解し、支え合えるのも利点です」(福寿さん、以下同)

 ローランズでは障がい者雇用で働くスタッフのうち、精神障害が8割を占めている。特に意識したわけではなく、「一緒に働きたいと思える、魅力ある人を選んだ結果」だと話す。

「健常者でも、子育て中は時短で働いたり、子どもの病気などで急に帰らなければならなかったりします。これも見方を変えれば“働くうえでの障害”といえる。例えば、精神障害ならば、その働くうえでの不便さをどうカバーし合っていくか考えるだけ」

 働くうえでの障害は、工夫次第でならすことが可能だ。それを踏まえて、福寿さんは強調する。

「頑張っている人にチャンスを与えたくなるのが人情。チャンスを与えられるような自分になることも大切です。スタッフには“やってもらって当然という姿勢は違うよ”と伝えています」

働く障がい者を取り巻く課題

 前述したとおり、国は企業に対して障がい者の法定雇用率を引き上げ、もっと雇い入れるよう促してきた。一方で、中央官庁や自治体による障がい者雇用の水増しが発覚。支援の現場は怒りの声を上げている。

「最近は障がい特性の理解を重視する企業が増えつつある」と上野さん

「障がい者が社会でともに働けるよう推進する立場でありながら、国が水増しするなんて許されません」

 そう指摘するのは東京家政大学名誉教授で、社会福祉法人『豊芯会』理事長の上野容子さん。弁当の調理や配膳、カフェ事業など、障がい者に向けた就労支援サービスを運営している。

 障がい者の法定雇用率が義務づけられたのは1976年。身体障がい者に限られていたが、'98年には知的障がい者が、今年から精神障がい者が追加された。ただ実際は、障害の種類で格差が生じている。自治体の正職員採用試験の障がい者枠で、35道府県が身体障がい者に採用を限定していた。

「精神障がい者の場合、4月から対象に含まれるなど始まったばかり。雇用促進は、これからの話です」(上野さん、以下同)

 精神障がい者への誤解や偏見は、いまだ根強い。

「幻聴や妄想の症状があったとしても、危険なことはありません。障害への理解があり、当事者が安心して働ける環境ならば、8時間労働も可能なんですよ」

 障がい者が働くにあたり、理解と安心は重要なカギ。

「障害はマイナスにとらえられがちですが、仕事に生かすこともできます」

 豊芯会が運営するカフェでの話。そこで働く発達障害の男性はこだわりが強く、いちいちメモを取らないと作業ができない。そんな彼に在庫管理に回ってもらうと、驚くほどの能力を発揮した。カフェから原材料の欠品を一掃させたのだ。

「障害の特性を理解し、それを生かせば、生産性を上げることさえできます。企業には、そういうノウハウを培っていただきたい」

 まず障がい者とともに働いてみる。すると、どういう状態が働きやすく、どう工夫すればいいかわかる。

「身体障がい者の雇用が促進されつつあるのは、ともに働き、雇用を続けた歴史があればこそです」

 上野さんは、企業に対し支援者など「福祉のプロ」への相談をすすめている。

豊芯会ではオフィスさながらの空間でジョブトレーニングも行う

「企業の担当者は、ぜひ1度、地域の就労・生活支援センターや就労移行支援事業所などの就労支援関係事業所、地域生活支援センターの相談支援窓口や行政の相談窓口を訪ねてほしい。効果的にサポートする方法のほか、障害を仕事に生かす方法を提案してくれます」

 相談は、もちろん当事者にもメリットがある。

「仕事に就くまではもちろん、働くうえで生じるトラブルや困りごとに向き合い、一緒に考え伴走してくれるサポーターの存在は大きい。サポーターがいる人は長く安定的に働けています」

 厚労省の最新データでは、働く障がい者は49万5795人と過去最高を更新。すでに職場の同僚として関わる読者もいるだろう。

「気を遣いすぎると疲れてしまうので、自分の気持ちも伝えながら接する。例えば、注意するときは“あなたのここが心配。心配していると私も疲れる。だからこうしてほしい”と言う。すると“自分を知ろうとしてくれているんだ”と伝わりますよね。それは障害のある人たちにとって大切なこと。障害を理解するだけの一方的な関係ではなく、お互いに人として共感しあえる環境を作り上げることが大切だと思います」