今の若い中国人女性の間で日本の映画やドラマを見ることが流行っています

 読者の皆様は、中国人、特に中国の若者がよく来日し、よく買い物しているという印象をお持ちだろう。しかしその背景は知られていない。もちろん、ビザの発給要件の緩和や、商品が中国国内価格より安いということもある。

 だが、その根本的な理由は、特に近年、中国の若者の意識とニーズが変化し、日本に近づいてきたことにある。したがって、インバウンドだけではなく、これからは日本の商品、サービス・コンテンツの将来が、ますます期待できると筆者は考えている。

 今回、その意識とニーズの変化を表す重要な現象として、日本映画・ドラマが中国の20、30代女性の間で人気があることを取り上げ、その理由とともに中国市場開拓へのヒントもお伝えしたい。

日本映画・ドラマブームは39年前から始まった

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 日本映画・ドラマは中国で3回ブームがあった。最初のブームは改革開放政策が始まった1970年代末から1980年代だった。1979年に中国で公開された『君よ憤怒(ふんど)の河を渉れ(中国語題名:追捕)』は現在の50代、60代で都市部に住んでいた人なら、見たことがない人がいないぐらい大ヒットした。

 特に主演の高倉健さんは当時、中国全土の若者の偶像になり、高倉健さんの角刈りが今でも中国人男性の標準的な髪形となっている。女優の中野良子さんは今でも中国で幅広く活躍されており、愛されている。

 また、『燃えろアタック』や『おしん』も当時の若者の青春そのものであり、「小鹿純子(小鹿ジュン)」・「阿信(おしん)」は皆のアイドルだった。当時のコンテンツは、男も女も「強い」。男は信念のため、女は試合や夫のため、その尽くしていく姿が人々の心に強く響いた。

 2度目のブームが訪れたのは1990年代や2000年代に入ったころだ。

 中国国内の風潮も緩くなり、『東京ラブストーリー』『ひとつ屋根の下』といった恋愛、生活感があるテーマが広く支持を得られた。『東京ラブストーリー』は若者の聖書とされている。

 日本人からみると恋愛物語のような作品だが、現在でも、日本語を勉強し始める若者が必ず見るべき日本ドラマのTOP3につねに入っている。リカとカンチの「すれ違い」に泣き、リカの勇気と愛に感動した若者が続出した。

 当時、中国は市場経済が始まったばかりで、ドラマに出てきた風景からライフスタイルまですべて新鮮だった。そのあと、岩井俊二監督の『Love Letter』『スワロウテイル』、あるいは亀梨和也さんのドラマなど、日本の映画やドラマがいろいろな形で紹介され、若者の記憶に残った。

 つまり、1回目のブームの全員が画一化したコンテンツから、恋愛や少しマイナーな物語までに、幅広く共感できるようになったのだ。

「オトナの女性」が好き

 その後の大きな韓流ドラマ、アメリカドラマのブームの時代を挟み、この数年は第3の日本ブームになっている。とくに注目すべき点は、作品に出ている「オトナの女性」が多くの中国若者を魅了しているところである。

(出所)筆者作成/東洋経済オンライン編集部

 石原さとみさんや新垣結衣さんから、天海祐希さんや石田ゆり子さん、30代から50代の「オトナの女性」の、映画、ドラマ、イベント、SNSでの活躍の情報が、インターネット社会の現在ではあっという間に中国でも拡散される。「いくつになってもかわいい」「きれい」「憧れる~」「格好いい」といったコメントが絶えない。

 その理由に、中国の女性が、年齢を重ねるとともに、自分が主役として活躍する「機会」が少なくなるため、彼女ら(が演じた役)のように悩みながら、たおやかに(変化を柔軟に受け止めつつも、芯強く)生きたいと、なんとなく思っているからだと言える。

 現在の中国の映画・ドラマを見ると、残念ながらまだステレオタイプな作品が多い。若い美女か、一見奇麗だが意地悪な姑、太っていて何でも干渉しようとする母親。つまり、現代の30、40代の女性を描写することが少なく、あっても単純化(仕事ができる未婚者、あるいは子持ちの母親)されている。

 出産してから、自分に合う役が急減し、落ち込んだとつぶやく女優もいた。つまり、女性を「若い女」「姑」「祖母」といった類型化することが多い。20代と50代の役の間に、視聴者が憧れる30、40代の役が少ない。そうした中で、中国の30、40代のニーズを満たしてくれたのが日本の映画・ドラマなのだ。

 オトナになって、結婚・出産してもしなくても、女性の葛藤、成長、輝きを描写し、今まで見られなかったすてきな「オトナの女性=将来の自分」が具象化され、未来の理想の自分と繋がる。

 40代になっても結婚する(中国では40代の女性が結婚するのは難しいし、結婚していないのがおかしいと思われる)のが普通で、苦労してはいるが、自分らしく生きている姿を羨ましく思う。アメリカドラマも多様な生活を送る女性を描写しているが、社会環境と価値観が違いすぎるため、日本ドラマのほうに親近感を抱きやすい。

 もちろん、今までなかった「オトナ像」の提示だけではない。以前『深夜食堂』『東京女子図鑑』が人気となった理由としても紹介したが、日本映画・ドラマに中国人女性は共感しやすいのである。『東京タラレバ娘』の内容は、ちょうど恋愛、結婚、仕事に悩む30歳前後の中国人女性そのままだ。

 完璧ではなく、どこかが欠けている主人公が私と似ているかもと思ったり、天海さんのストイックな私生活を知って頑張ろうと励まされたり、『カルテット』の中で松たか子さん言った「悲しいより悲しいことってわかりますか? 悲しいより悲しいのは ぬか喜びです」というセリフが心に刺さる。

 翻訳された中国語のセリフだとしても、このような体験をした中国女性が、日本映画・ドラマの「心を刺すセリフ」に共感することで、孤独感の解消と癒やしを感じるのではないだろうか。

「ナチュラルビューティー」がすてき

 日本の女優は、アジアの中でもナチュラルな印象を与える。しわも表情も「年齢相応」といえる。アンチエイジング意識が高い中国では、しわが大敵であり、女優も一般女性も化粧や加工ソフトで隠そうとしている。その反動もあり、欧米のオトナ女優や日本の女優の隠しすぎないナチュラル感が評価されている。

「誰だって歳をとるし、オトナになっても、しわ一本もないのは不自然で引く」のような声が増えている。「ボディラインを強調するよりゆったりとしたファッション」や、「ラグジュアリーブランドではなくローカルブランドでおしゃれ」も受け入れられるようになった。

 中国の若い女性は、高級品だけを追求することから、価値観が多様化し、「無理しなくていい」「自分のセンスでおしゃれしたい」と考えるように少しずつ変化してきている。

 ジェトロの「中国映画/テレビ市場調査」の資料によれば、日本の放送コンテンツの中国輸出は徐々に多くなっている。

『深夜食堂』の中国版も非常に話題を呼んだが、日本の人気ドラマの中国版リメイクも多くなっているようだ。昨年大ヒットした石原さとみさん主演の『アンナチュラル』も中国の会社にリメイクされるのではないかという話も出てきているそうだ。

 十数年前から中国若者を魅了してきた岩井俊二監督の新作『你好、之華』が、この11月9日から中国大陸で上映されている。主演の周迅(ジョウ・シュン)さんは、中国では知らない人がいないほど著名な40代女優だ。

『Love Letter』の中国版とも呼ばれ、上映19日目で約13億円の興行収入を得ている。魅力的なところは、岩井俊二という自分の青春時代を代表する監督と日本風(日式)ストーリー、そして周迅が、中年の役として歳相応の役を演じていることである。

 中国若者が日本映画・ドラマにハマる理由は、強固な忍耐・努力から柔らかい多様なライフスタイル、年齢相応の美しさに変わっている。消費主力軍の30、40代女性の潜在的なニーズを満たしており、彼女らへのアプローチするうえでのヒントもたくさん見つかるだろう。

中国人女性の潜在的なニーズとは?

 最後に1つの例を挙げると、中国では女性の飲酒にネガティブなイメージを持っているが、日本映画・ドラマでは「がぶがぶと」お酒を飲んで「美味しい!」と言う女性を見て、その自由さ・爽快さに惹かれる中国人女性が意外と少なくないことをご存じだろうか?

「ほろよい」(アルコール度数が低く飲みやすいサントリーの缶チューハイ)を買い求めると、違う味や限定版を買い集め、インスタ映えよく写真を撮り、SNSで自慢する訪日中国人女性が存在する。

 本格的な酒蔵ツーリズムはもちろん効果があるが、このような、中国人女性の深層心理を理解し、ニーズを満たすコンテンツを見つけ、ビジネスにつなげることが重要だろう。


劉 瀟瀟(りゅう しょうしょう)三菱総合研究所 研究員。中国・北京市生まれ。外交学院(中国外務省の大学)卒業後、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)(中国)に入行、営業と業務に携わる。その後、東京大学大学院修士課程を修了、三菱総合研究所入社。日本・中国を中心とした生活者行動分析、マーケティングを担当。共同通信政経懇話会講師、首相官邸観光戦略実行推進会議有識者等。