2014年の坂口杏里

「キラキラした時代に戻りたい。いろんなことに挑戦したい」。“元タレント”の坂口杏里さんは12月4日、東京・下北沢で行ったライブイベント「坂口杏里の芸能復帰までの道のり」の冒頭で、そう宣言しました。

 ところがイベントに集まったファンは、わずか50人のみ。友人・知人などの参加を踏まえると、寂しい印象が残りました。

 しかし、イベントの様子を伝えるネット記事や動画が閲覧ランキングで1位になったほか、坂口杏里さんのインスタグラムやツイッターを追いかける後追い記事が今なお量産されています。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「セクシー女優だったから興味本位でしょ?」と思うかもしれませんが、SNSへの書き込みも含めここまで反響が大きくなっている理由はそれだけではありません。これまで私たちは何度となく、ビジネスの残酷さを突きつけられる彼女の姿を目の当たりにしてきたのです。

さまざまな業界の大人に消費されて迷走

 坂口杏里さんと言えば、名女優である故・坂口良子さんの娘で、現在27歳の元タレント。もともと「『モーニング娘。』に憧れていた」という坂口杏里さんは、今からちょうど10年前に芸能界活動をはじめました。

 坂口良子さんと母娘で共演したり、2世タレントを集めた番組に出演したり、おバカキャラでクイズ番組に出演したり。その流れでドラマ、映画、舞台にも出演するなど、母親と同じ女優業を目指そうとしたこともありました。

 当時、坂口杏里さんにインタビューする機会があり、ある番組で共演もしました。そのときの印象は、「素直で感じのいいお嬢さん」「マジメで前向きな人」。つまり現在、多くの人々が抱いているであろう印象と真逆のいいものだったのです。

 テレビ局はまず坂口杏里さんを2世タレントとして起用し、さんざん母娘エピソードを引き出しました。それがひと回りすると、今度は過去や現在の恋愛をセキララに話す炎上タレントとして起用。

 しかし、2013年に坂口良子さんが亡くなり、2015年にバイきんぐ・小峠英二さんと破局したあとは、徐々にキャスティングを控えるようになっていきました。

 坂口杏里さんは2016年に所属事務所を退社し、「ANRI」名義でセクシービデオに出演。約2年にわたって活動しつつ、キャバクラや風俗店で働く姿が何度か報道されました。

 その間、「ホストにハマっている」「母の遺産を早くも使い切った」の記事や、「知人ホストから3万円を脅し取ろうとした恐喝未遂容疑」での逮捕などが報じられて、坂口杏里さんにはヒールの印象が定着。

 ただ、一歩引いて冷静に見れば、「未成熟な20代の女性が、さまざまな業界の大人たちによって消費された結果、人生を迷走し続けている」という様子が理解できるのではないでしょうか。

 名女優を母に持つ2世タレントだから、ここまでフィーチャーされていますが、一般人の誰にも起こりうることでもあるのです。

芸能人は「自分に消費してもらう」職業

 もちろん成人した大人である以上、「自己責任」「自業自得」という見方もできますし、坂口杏里さんの言動には決してホメられないものも少なくありません。しかし、2世タレント、炎上タレント、セクシー女優、キャバクラ嬢と、次々に消費されたのは紛れもない事実。

 起用する各業界の大人たちが、「話題性でトップに立たせてその気にさせ、落ちはじめたら切り捨てて次を探す」「そもそも長いスパンでの起用を考えていない」という感覚がないとは言えないでしょう。

 一方、坂口杏里さんも消費される側に回り続けていては、「長続きせず需要が落ちたら別の場所を探す」を繰り返すだけで、芸能活動に限らずどんな仕事も長続きしません。

 とりわけ芸能人は、「起用側や一般人に自分を消費される」のではなく、「自分に時間やお金を消費してもらう」ことができなければ長続きしない職業。「そうなるために今の私には何が必要で、何が足りないのか」を考え、実行するべきです。

 坂口杏里さんは4日のライブで歌を披露し、その後インスタグラムに「バンドメンバー募集しようかな」とコメントしました。

 さらにテレビ番組などのメディア出演や芸能事務所への所属にも意欲を見せていますが、それらを実現させるためには、スキルや人間性を高めて「消費してもらえる人になれるか?」にかかっているのです。

 消費される側ではなく、消費してもらう側に回りたいのは、坂口杏里さんだけでなくビジネスパーソンも同様。会社や上司、取引先やライバル企業から消費されないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。

「圧倒的な専門性」か「ハイブリッド」か

 その答えは、「圧倒的な専門性を身につける」、あるいは「ハイブリッドな人材になる」の2つ。

 前者は社内で自分に合う仕事内容やプロジェクトに就けたり、新設してもらえたりするだけでなく、社外ではヘッドハンティングの可能性も広がるなど、一定以上のイニシアティブを握ることができます。

 後者は得意分野に加え、準専門、あるいは準々専門の知識やスキル。またはコミュニケーション力、発想力、人間性、外見などの中から異なる魅力を併せ持つことで、組織内や業界内における相対的地位が上がり、さまざまなチャンスを得やすくなります。

 言わば、「ビジネスパーソンは、それなりのスペシャリストかゼネラリストにならなければ、消費される側に回らざるをえない」ということ。その意味で、まだどちらでもない坂口杏里さんは消費される側から抜け出すために、どちらかの道を選び、それに向けて努力していくことが必要なのです。

 現在のあなたはどちらでしょうか? もしどちらでもないのなら、これからどちらの道を選んで努力していくのでしょうか? 「それくらいのことはわかっている」という人もいるでしょう。

 しかし、「結局どちらの道も選べていない」というビジネスパーソンも多いだけに、坂口杏里さんの姿を反面教師にしたいところです。

「消費されるのではなく消費してもらう側になる」、もう1つの方法は、応援してもらえる人をできるだけ増やすこと。そもそも「誰かを応援する」という行為は、それを受ける人から見たら「自分に消費してもらっている」状態です。

「応援する」と「応援される」のどちらが多いかを考えたとき前者のほうが多い人は、「消費される側に回っている」という状態。ビジネスパーソンとしてステップアップしていくためには、その割合を徐々に変えていく工夫や努力が必要でしょう。

 応援される人の多くが持っているのは、「謙虚であり、素直に感情表現でき、周囲の人々に感謝できる」という人間性。また、周囲の人々に、「これがしたい」「こうなりたい」という思いと、それに向けた行動を穏やかに語れる人が応援されやすい傾向があります。

 しかし、坂口杏里さんは復帰宣言に対する批判コメントに、「自分のやりたい事、目標を書いて何がいけないのかな? みなさんは私の何がわかるんですか?」「マスコミは、そんな批判されていますっていう芸能ニュースしか書く暇しかないんですか?」などと書き込んでしまいました。

その言動は「応援してもらえる人」のものか

「批判する人は応援してくれる人ではない」「だから言い返してもいい」と思いたい気持ちはわかりますが、不特定多数の人々が見られるネット上でこのような感情的な言動をすると、現在応援している人やこれから応援してくれるかもしれない人の信頼を損ねるだけ。言い換えれば、これから消費してもらう可能性のある人々への言葉としては不適切でした。

 復帰宣言をしたり、バンドを組もうとしたり、「手っ取り早く話題を集めようとする、お金を稼ごうとする」のではなく、時間と労力をかけた地道な努力を継続的に伝えていかなければ、今以上に応援してもらうことは難しいでしょう。

 これはビジネスパーソンもまったく同じ。たとえば、フェイスブックやツイッターなどでこのような感情的な言動をする人は、友人となっている人々から応援してもらうことが徐々に難しくなっていくでしょう。

「自分らしく」「自分の気持ちに正直でありたい」という気持ちから喜怒哀楽の多くをつづってしまう人をよく見かけますが、“思いを伝えること”と“感情をぶつけること”は、まったく異なるもの。書き込む前に、「応援してもらえる人でいるために、このフレーズはどうなのか?」を自分に問いかけたいところです。

 前述したように、坂口杏里さんが大人の女性である以上、その言動による苦境は自己責任であり、自業自得のところがありますし、事実として事件や舞台のドタキャン騒動などもありました。しかし、だからといって「見ず知らずの人々からバッシングを受けなければいけない」というわけではありません。

叩く必要がないほど追い込まれている

 消費される人生を歩み続けてきた結果、自らの力では立て直すことが難しくなった現在の坂口杏里さんは、「未成熟でも、スキルがなくても、やり方が間違っていたとしても、それでも前を向くしかない」という状態。すでに叩く必要がないほど追い込まれているだけに、もがきながらも前へ歩く姿を温かく見届けられる世の中になってほしいものです。

 彼女はイベントを終えたあとのインスタグラムに、

「私の母が亡くなりもう5年は経つんですが亡くなってから私の人生がはちゃめちゃになってしまったり。本当に目標も何もなくちゅうぶらりんでした。

 でも凄く今、芸能復帰への気持ちしかなく、やっと、本当にやっと目標ができ、それに向けマイナスからのスタートで、私があやまちをおかしたりしても10代のころのファンの方々が見に来てくださったり 今日でファンになった!って言ってくれた方もいたり。

 この企画を作ってくれた、ろくでもない夜の方、その他芸能関係の方に私は変わった、と思われるような遡行をしていきたいです」

 とコメントしました。

 さらに15日のツイッターでは、「指折り数えてたらもう夜のお仕事卒業が迫ってます……長く長く夜の世界で働いていたからなんだか寂しいようでけど自分の決めた道に進むので応援していただけたらありがたいです!!」とポジティブにつづっていました。

 芸能界復帰への道は誰がどう考えても、簡単なものではないでしょう。だからこそ坂口杏里さんが、最終的に芸能人ではなく一般人に落ち着いたとしても、「消費されない一人の女性になる」ことを同じ一人の人間として応援したいと思っています。


木村 隆志(きむら たかし)コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者。テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。