昨年11月下旬に捕獲した猪。重さは約100キロ(安田さん提供)

 カラスやシカ、イノシシ、サルといった野生鳥獣が、農家が手塩にかけて育ててきた農作物を、出荷直前に食べてしまう。その被害額は、年間で約200億円。全体の約7割は、シカ、イノシシ、サルによる被害だという。

 環境省と農林水産省は、2011年の段階で約94万頭いるイノシシを、2023年には約50万頭に減らす捕獲目標を掲げている。

野生動物と人間の共存

 対策の前線に立つのは、地元の市町村職員や地元猟友会会員。そういったスタイルとは異なるアプローチで、

「狩猟を通じた町おこしをしたい。自分たちで獲った肉を自分たちで捌いて売るということをやっています」

 そう話すのは、岐阜・郡山市の里山保全組織『猪鹿庁』鳥獣害対策担当の興膳健太さん(36)だ。

 子ども向けキャンプの企画運営などを行っていたNPO法人から派生した組織で、設立は2009年。狩猟ツアーを通して、野生動物と人間の共存や命を隅々までいただくことの大切さを参加者に広く伝えている。

 名古屋市のコンピューター関連のサラリーマンから『猪鹿庁』に転職したのは安田大介さん(39)。パソコンに向き合う日々からの転職について、

「私の父は口には出しませんが、お金を稼ぐために自分を犠牲にしながら働いていました。仕事を楽しんでいないなと子どものころの私でも感じ取れました。私は自分の子どもからはそういう目で見られるのだけは嫌だったんです。だからこそ好きなことをしようと決心しました

 まだキャリア5年だが、積もった雪を踏みつけぐんぐんと地元の山へ分け入って行く。

「地面が削れている部分がありますが、少し周囲とは色が違いますよね。これは自然に削れた跡ではなく、動物が削った跡なんです。鹿は土を掘り起こして何かを食べる可能性は低い。そうなると猪の可能性が高いと思います

 と罠を仕掛けたポイントについて丁寧に解説。

安田さんは「地面が茶色く削れている部分は猪が通った跡の可能性が高い」と指でさし示す

「くくり罠というもので、動物が罠を踏むとワイヤーが足に引っかかります。太さ約4ミリの金属製ワイヤーなので、100キロ以上の重さに耐えられる。それでも100キロ級の猪や熊の成獣が引きちぎることがあります。自分の手足をちぎってでも逃げる場合もあります。また、暴れることによってその足や周囲の部位の肉が傷みます。だからこそ毎日、こまめに見回っています

銃は頭か脊髄を狙う

 獲物を確保する方法は二つ。銃で仕留めるか、罠にかかった獲物を放血するか。

「最初は罠を仕掛ける免許を取ったり、地元の猟師さんに教えてもらったりしながら」

 と、手探り状態だったと打ち明ける前出・興膳さん。

 地元福岡の知人ラーメン店主に掛け合い猪の骨で豚骨ラーメンならぬ”猪骨ラーメン”を開発した。元の猟師に無料で振る舞った結果、猟師との関係が深まり、『猪鹿庁』の活動もスムーズになっていったという。

 銃で仕留める場合は、

胸から上を狙います。内臓を撃ってしまうと大腸菌などが周囲の肉に広がって、食べられなくなってしまうので、極力そこは狙いません。

 腿の部分も一番肉が取れるので、狙わないように気を付けています。でも、動いているので難しいですけど」(前出・興膳さん)

「頭そのものか首の脊髄が狙うポイントです。一発で仕留めたいと思っています」(前出・安田さん)

 ふたりに共通するのは、命を奪った肉を無駄にすることなくなるべく食肉にする、資源にするという発想。そして、獲物にできるだけ苦痛を与えたくないという思いだ。

岩や倒木などを支えにして狙いを定める安田さん。いかにブレないようにするのかが大切だという

獲った肉の現状

 罠にかかった獲物にナイフを入れるとき、その思いがさらに強くなる。

 前出・安田さんが初めてとどめを刺した際の戸惑いを、

「こん棒で頭を叩いたのですが、考えるところがありました。思考を停止させないと感情移入してしまう」

 と振り返りつつ、現状をこう伝える。

ナイフで放血させる場合は、頭をこん棒でたたいて気絶させてから、肺動脈か頸動脈にナイフを入れます。獲物に意識がない状態で行うことを心掛けています。そして自分が手掛けたものは、自家消費、イベント、販売など何かしらで消費しています。ただ、狩猟で獲った肉の9割が捨てられているのが現実です」

 郡上市では、鹿を駆除すると1頭当たり1万4000円が役場から支給され、猪の場合は猟期(11月15日~3月15日)のみ同額が支給されるという。

 ここ数年、ジビエ料理を出すレストランが各地に増えているが、最終的に私たちが目にし、口に運ぶのは、きれいに盛りつけられ、おいしく味付けされた最終形だけ。

 そこに至る過程――罠や銃で獲物を仕留め、解体し、ジビエ料理を食べるまでを、すべて“見える化”して提供するのが、『猪鹿庁』が設定する猟師の衣食住の体験ツアーや動物の解体の体験ツアーといった狩猟ツアー。責任者として率いているのが前出・安田さんだ。

「参加者は20~50代までまちまち。親子で来る方もいます。岐阜を中心とした東海3県から5割、残り5割は東京や大阪、青森や岡山からの参加者もいました」

 と、世代も参加地域も年々広がりを見せているという。

興膳健太さん(36)は害獣対策だけでなく民泊などの事業も手掛けている

命の平等性

 ツアーの流れをうかがった。

「猟師目線で山に入って、動物の痕跡を探したり、くくり罠という罠を疑似的に設置してもらう体験をしてもらいます。おもちゃではありますが、銃の体験もします。BB弾(プラスチック弾)で、スコープだけ本物を搭載して、実際に空き缶などを撃ちます。

 銃口は絶対に人に向けないとか、トリガー(引き金)に指をかけるのは打つ直前などと指導をしたうえで、銃を構えてもらうという。

 そして最後は、ジビエ料理を食べるという流れです。

 肉はその場で解体したものではなく、事前に衛生的な解体処理場で捌いた肉を用意します。シカはしゃぶしゃぶにしたり、キジはローストにするとおいしい。イノシシは猪鍋が知られていますが、猪汁のほか、食べやすいように合挽きにしたフランクフルトを試食することもできます。

 解体体験に関しては、“自分でやってみたい人はいますか?”とツアー参加者に声をかけ、募ります。自分でやりたいという人もいれば、私は見ているだけでいいという人もいます。無理にやらせることはありません。内臓は事前にこちらで処理した状態での解体になります」

 参加者は、これまで目にしなかった食の流れを追うことで、命をもらって自分も生かされているということを改めて感じる。そんな仕組みが、狩猟ツアーには込められているのだ。しかし、

「むやみやたらに殺すというのは、誰もやりたくないことなんですよね」

 と前出・興膳さんは吐露し、「正直、イノシシやシカをさばくのと魚をさばくのは、一緒の感覚なんですよね」

 と命の平等性を訴える。

 我が家の食卓やレストランに届く食材から、元の形を想像できない人がいるという。数年前、スーパーの切り身しか見たことのなくて元の魚を知らない子どもが増えている、と報じられたこともあった。

 今年は亥(イノシシ)年。十二支の半数、牛、兎、馬、羊、鶏、亥は、私たちの食卓に並ぶものだ。猪ハンターの思いと一緒に、食への感謝を年の初めにかみ締めてみたい。