テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふと、その部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)

船越英一郎

オンナアラート #24 『トレース〜科捜研の男〜』

 昔、編集者のオジサンに電話口で突然、怒鳴られたことがある。原稿の内容変更について話していたのだが、事前に聞かされていない理不尽な要求をされたので、確認をしたところ、突然ブチ切れられたのだった。

 そのオジサン、あとから聞いた話では感情の乱高下が激しく、人望も限りなく薄い人だったらしい。そして定年間際にひと花咲かせたいという欲望が沸いたらしく、突然、若手育成に躍起になっていたという。

 そんな話を思い出してしまったのは、月9のせいだ。『トレース~科捜研の男』(フジテレビ系・毎週月曜よる9時)に出てくる刑事役の船越英一郎が、なんというか、トラウマレベルで「怒れるオジサン」だったから。新年早々のオンナアラート、決定です。

 主人公・錦戸亮が勤める科捜研に恨みでもあるのか、初回放送ではやたらと怒鳴りつけて威嚇する船越。緻密に、かつ慎重に検証をしていく錦戸を「小僧」呼ばわりし、「俺の捜査に口出す気じゃねぇだろうな」「なめてんのか、てめえ」「科捜研は言われたことだけやってりゃいいんだよ!」「誰にモノ言ってんだ?」「研究者の分際で」と、パワーハラスメント発言の連続だ。パワハラというよりはマウンティングかな。

 言葉だけではない。机をバンと叩く、ドアをバーンと開く、資料を奪い取ったり、叩き落としたりもするし、イスを蹴飛ばしたりもする。言動がとにかく荒っぽく暴力的で、心臓がドキドキする。

 え、船越、これはさすがに損な役じゃない? サスペンスの帝王は基本的に知的で情に厚くて人望もある役が多かったのに。なぜこのような演出になったのか。

理不尽に怒鳴り散らすオジサンの正体

 そもそも、ドラマの中の船越はなぜこんなに怒りのエネルギー値が高いのか。その背景を見ていくと、どうやら定年退職が近づいているらしいのだ。

 私を怒鳴ったオジサンもそうだった。現役を離れる前に、ひと花咲かせたい・手柄を立てたい・周囲から定年を惜しまれる存在になりたい……そんな焦りと卑しい心根が透けて見えてくるではないか。

 また、上からの締め付けもあるようだ。捜査一課長の篠井英介からは検挙数を要求され、嫌みったらしく小馬鹿にされるも、反論できずにぐっと飲み込む。

 上には逆らわない代わりに、自分より下とみなした者には傍若無人かつ居丈高に振る舞う……うわ、これ、典型的な老害予備軍だな。こんなオジサンが職場にいたら、みんな過呼吸になっちゃう。

 さらに肝心なのは、船越が妻子に逃げられたという点である。船越は「すべてを犠牲にしてきた」と自己憐憫(れんびん)し、仕事の鬼と化す自分を正当化している。ちょっと待って。ここでオンナアラート鳴らします。

 妻子が逃げたのは、家庭を顧みない熱血刑事だったからではなく、「俺の言うことを聞け」という根本的な体質に辟易したからでは? 特に、若い人や女性に対して横柄で横暴な姿から想像するに、妻に「誰にメシ食わせてもらってると思ってるんだ」くらいなことを言ってそうだし。

 要するに、「俺様体質」なのだ。俺の話を聞け、俺の言うことを聞け、俺をたてろ、俺を敬え。船越のセリフを追っていくと、とにかく俺しか見えてこない。言葉使いが乱暴なことが問題ではなくて、俺様最優先で人を従わせようとするマインドが問題なのだ。

 昨年立て続けに起きたスポーツ界のパワハラ事件を彷彿とさせるし、世界各国の政界にもこの手のオジサンがたくさんいる。コレ、全世界的な流行りなのか? 月9は流行を取り入れたってことか?

 もちろん、主役の錦戸はこんなオジサンに毅然と立ち向かう。「刑事のカン」だの「オレのカン」だのと、経験則だけで決めつける船越に対して、はっきりと「気持ち悪い」と反論する。

 ま、そこは主役に花を持たせる演出なのだけれど。でも、オジサンの理不尽な言動に対して、若手がモノを申す爽快感とカタルシスは確実にあったよね。

非を認めない・決して謝らないオジサン

 さらに、船越の問題点は続く。殺人事件に対する自分の見立てに異を唱えた錦戸に対して、怒鳴り散らしていた船越。事件の真相がわかり、自分が間違っていたにもかかわらず非を認めないし、謝らないのである。

 この手のオジサンが職場にいることの問題点は、俺様体質が伝染してしまう可能性があるということだ。

 船越の部下・矢本悠馬は、この怒れるオジサンが刑事のあるべき姿として傾倒してしまっている。

 実際、科捜研の面々にぞんざいな口をきいていた矢本を見て、「ああ、こうして悪しき伝統が受け継がれてしまうのか」と不安になった。妙に自信たっぷりで、「俺の背中を見て学べ」みたいなオジサンは、信用しないほうがいい。

 最後にちょっとだけ船越を擁護するとすれば、過度のストレスで精神的に不安定という可能性もある。

 検挙数ノルマの締め付け、一人暮らしで不規則・不健康な日々、睡眠不足に飲酒過多。人望もなさそうだから、友達も少なく、愚痴をこぼしたり甘えたりする相手もいない(部下の矢本がつきあわされている)。

 その不穏なサインが見えた瞬間もあった。

 事件の真相がわかり、幼少時からずっとDVを受けてきた被害者女性の人生に思いを馳せた船越は、突然、涙ぐみ始めたのである。え、こんだけ周囲にパワハラしといて? と思ったら、その直後に大笑い。

 錦戸の見立てが間違っていた箇所がひとつあると知って、大笑いする船越。ちょっと大丈夫? 船越の感情の乱高下に一抹の不安を覚えたのである。

 今後も船越は怒鳴り散らして、暴言を吐き続けるのだろうか。だとしたら、サブタイトルは『~科捜研の男と怒髪天の男~』にしたほうがいいかも。


吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/