宮部みゆき 撮影/北村史成

 1987年にオール讀物推理小説新人賞を受賞した「我らが隣人の犯罪」でデビューし、以後、数多くの作品を書き続けている宮部みゆきさん。新刊『宮部みゆき全一冊』は、未収録の短編小説やエッセイ、作家生活30年間の全作品年表、インタビューなど、宮部作品のルーツと原点を収めたコンプリートブックだ。

「デビュー30周年を記念して、2017年に新潮社のホームページにいろいろなコンテンツを載せていただいたんです。担当編集さんの愛情と執念で、各賞の受賞スピーチや私自身が忘れていた短編など、細かいものまで掘り起こしてもらい、本当にありがたく思っています

 本書はそのコンテンツを1冊にまとめたもので、付録には宮部さんによる自作の朗読CDがついている。

「出版業界が大変な中、ここまで盛りだくさんの内容の本を作っていただけて、自分は幸せ者だと思います。でも、若いころの生意気な発言とかを振り返るのは、やっぱり恥ずかしいです(笑)

いしいひさいちさんに描いてもらったパロディ漫画が自慢です(笑)

 本書には、いしいひさいちさんによるパロディー漫画が2本収録されている。これは、宮部さんの一番の自慢なのだそうだ。

実は、『ののちゃん』に登場する少年探偵ミヤベくんのモデルは私なんです。私自身、いしいさんの大ファンなので、漫画に取り上げてもらったときには本当にうれしかったです。ミステリー界の中でも、特に本格ミステリーの作家にはいしいさんの大ファンが多いんですね。ですから、パロディー漫画を描いていただいたときには、いろいろな方に自慢しまくりでした」

 収録されている映画監督や作家との対談の中でも、特に印象深いのは、『小説新潮』に掲載された名作30篇をテーマにした作家の出久根達郎さんと演出家・作家の久世光彦さんとの鼎談なのだそうだ。

「おふたりとも古典にも昭和期の文芸作品にも造詣が深い方なんですね。私は純文学系の作品は全然わからないものですから。それぞれの作品を丁寧に教えていただいて、完全に先生と生徒でした。私、『時間ですよ』とか、プロデューサーとしての久世さんのファンだったこともあり、当日はすごく緊張していたんです。久世さんは白いスーツ姿でいらっしゃって、“今日はよろしくね”と赤いバラを1輪、くださったんですね。出久根さんは久世さんと親しいので、“いつもそうやっていいところを持っていくんだから”と笑っていらっしゃいました。そうしたひとつひとつの出来事が思い出深いです」

30年間書き続けられたことが幸運

 今でこそ日本のみならず世界でも名前と作品を知られている宮部さんだが、デビュー後、しばらくの間はつらい現実に直面していたという。

「作品を評価はしてもらえるものの全然、部数が出なかったんです。自分よりも先に華々しく売れた同世代の作家をうらやましく思ったこともありました」

 しかし、最近はかつての苦しい出来事をあまり思い出さなくなったという。

宮部みゆき 撮影/北村史成

「1993年に大沢在昌さんが作られた事務所に入れていただき、そこで私の担当になったのが、河野ひろみさんという方でした。作家生活25年目のころ、彼女は大腸がんで亡くなってしまいました。病院に会いに行っても泣いてばかりいる私に、ひろみちゃんは“嫌なことや恥ずかしいことは、私が全部持っていって片づけておきますから。この後は気楽に楽しんでください”って言ってくれたんです。彼女はいちばん最後に最大の贈り物をしてくれたのだと思っています

 同じ章の中で宮部さんは、ご自身の幸運にも感謝をしている。

30年間、書き続けられたということ自体、運があったのだと思います。私自身、大きな病気もせず災害にも遭わず、父は一昨年、他界しましたが、両親はともに高齢になるまで元気でいてくれました。そのおかげで、私は好きな仕事のことだけを考えることができたんです」

 そう話す宮部さんに、運を引き寄せるコツを聞いてみた。

「デビューしたばかりのころについたベテランの編集さんに、“エンターテイメントの作家は人気商売なのだから、1日に1回は笑顔になりなさい”って言われたんです。すぐにでも実践できることですし、すごくいいアドバイスをもらったなぁ、と今でも思っています」

 本書のエッセイのページや裏表紙には、さりげなく猫のイラストが描かれている。そのモデルは、宮部さんの愛猫のマルコくんなのだそうだ。

「私は姉夫婦と同居しているのですが、姉夫婦の飼い猫のピースケと仲がよかったんですね。仕事中はいつも足元にいましたし、寝るのも起きるのも、朝食を食べるのも一緒の生活をしていたんです。でも、ピースケは、19歳と半年で亡くなってしまいました。すごく寂しくて、ピースケに似ている茶トラの猫を探していたとき、ペットショップで売れ残っているマルコと出会ったんです。また猫と一緒の生活を送ることができて幸せです」

 最後にあらためて、本書の読みどころをうかがった。

この本は私のこれまでの歩みであり、31年目からの作家人生を築いていくための土台になる一冊でもあります。宮部みゆきという作家がこれまでどんな道を歩んできたのか、チラリとでも見ていただけたらとてもうれしいです」

ライターは見た!著者の素顔

愛猫のマルコくんの名前の由来は、少年漫画『ワンピース』に登場する白ひげ海賊団の『不死鳥のマルコ』なのだそう。「元気で長生きしてくれるよう、不死鳥の能力者の名前をいただきました。やんちゃです(笑)」。ちなみに、マルコくんと一緒にゴロゴロするときに読む本は、スティーブン・キングの『呪われた町』や藤沢周平の『隠し剣孤影抄』、『隠し剣秋風抄』などだそうです。

『宮部みゆき 全一冊』 宮部みゆき=著 新潮社 2376円(税込) ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします    
PROFILE●みやべ・みゆき●1960年、東京生まれ。1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。1989年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞を受賞。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。1999年『理由』で直木賞受賞など受賞多数。

(取材・文/熊谷あづさ)