古舘プロジェクト所属の鮫肌文殊、山名宏和、樋口卓治という3人の現役バリバリの放送作家が、日々の仕事の中で見聞きした今旬なタレントから裏方まで、TV業界の偉人、怪人、変人の皆さんを毎回1人ピックアップ。勝手に称えまくって表彰していきます。第66回は樋口卓治が担当します。

市原悦子さま

市原悦子さん

 先日、俳優の市原悦子さんが逝去された。

 今回、『TV勝手に表彰状』で勝手に市原さんの死を悼むことにする。

 私が知っているのはドラマではなくバラエティ番組に出演した在りし日の市原さんだ。

 市原さんはどんな方かというと、当代きってのアナウンサー安住紳一郎が緊張する人だ。『ぴったんこカン・カン』(TBS系)でいつもそつなくゲストをエスコートする安住アナの身が引き締まる。司会者魂に火がつくゲストだ。

 市原さんは2回番組に出演されている。1回目は平成25年のことだった。

 オープニングは絵画館前にある銀杏並木。電柱の陰から安住アナの様子を覗いている。

「なんか今日はお会いできるような気がしてここを歩いておりました」と笑う。自ら家政婦は見たのパロディをスマートに照れなくこなし、それがなんとも上品な笑い。

「私、この辺りをよく散歩するの。銀杏並木、権田原、四谷、三番町を1時間ほど歩くの」の言葉に安住アナが感心すると、「帰りはタクシーだけどね」。話にちゃんとオチがある。使いやすくて面白い、ディレクターが一番欲しいコメントだ。

 ブティックでは洋服を見ながら、

「安住さん、この服、奥様にどう?」

「えー私、独身です」

「あら……」

 微妙な空気が流れるが、それが笑える。試着した洋服の背中から値札をブラブラさせながら夢中で洋服を見て回る後ろ姿。まぬけだけど安心する。ロケがどんどん面白くなる気がしてくる。バラエティ番組は、面白そうという空気が大事なのだ。

 カメラを意識せず、スタスタ歩きまわり、安住アナを翻弄。それが面白い。女優の素顔を見たい、そんな視聴者の要望をさらりとやってのける。

 安住アナもその様子を突っ込み、ロケにリズムが出てくる。心地よい漫才のようだし、親子のようにも見えてくる。市原さんの一言一言に引き込まれる。

 銀座で釜飯を食しながら『まんが日本昔ばなし』の話。力持ちの大男の声をどうだそうかと悩んだ時、関取の高見山の姿が浮かんだ。高見山は力持ちだが、声はかすれている。そうだかすれた声でいこう。そんなエピソードを披露し、その場でやってみせてくれた。声だけなのに情景が広がる。

 さりげないサービス精神。安住アナが秘訣を聞くと、「心を寄せるのよ」と一言。思いを寄せるとその人物の声が聞こえてくるのだという。そう言いながら、目の前にある釜飯の釜の声を即興で聞かせてくれた。安住アナはただただ頷く。声を生業にするもの同士、心が共鳴しあっている。

 言わずもがなだが、大女優だからといって気取ることもなく、創造者は心で仕事をしていることをさりげなく伝えてくれる。女優の休日、試食したり、買い物したり、銀ブラしたり、優しい時間を堪能。最後は子供たちを前に朗読を披露された。子供たちをまったく緊張させず大爆笑の渦に引き込む。すごい。次第にその語りに引き込まれた子供たちの目の色が変わる。

 1時間がなんとも短く感じる、とにかく素晴らしいロケだった。

 安住アナの方に話を変えると、こういったセッションのような回があると、それがアナウンサーの胸に刻まれ、次のロケに繋がってゆくのだと思う。

 また番組で出演オファーすると大沢家政婦紹介所から来たような感じで番組に登場するようでならない。

 市原悦子様、ご冥福をお祈りします。


<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。