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 いま、日本でいちばん多い国民病と聞いて、あなたは何を想像するだろうか?

「厚生労働省が2017年に発表した国民健康基礎調査では、自覚症状を訴える人が多い病気のトップは男性が腰痛、女性は肩こりです。どちらも老化現象のひとつで、それだけ長生きする人が増えたということ」

 そう指摘するのは、医学ジャーナリストで東京通信大学准教授の植田美津恵先生。通院患者を対象にした別の調査では、男女ともに高血圧が1位だった。これも、高齢化との関わりが深いといわれている。

死亡率の高さでがんの右に出るものはない

「死亡率の高さでいえば、現代日本の国民病は、死因1位であるがんを置いてほかにないでしょう。2位の心疾患、4位の脳卒中も、その代表格といえます」(植田先生、以下同)

 病は時代や社会を反映している。時代や社会が変われば、国民病の中身や成り立ちもまた変わる。例えば戦前には、結核と脚気が2大国民病と呼ばれていた時代があった。

「結核は結核菌でうつる感染症です。衛生状態が悪く抗生物質もなかったことから広がりました。また、当時は栄養学が確立しておらず、白米ばかりの偏った食事をしていたためビタミンB1不足に陥り、脚気が蔓延したのです」

 戦後しばらくの間、1951年から'81年までは、脳卒中が日本人の死因1位を占めていた。

「なかでも多かったのは脳出血。塩分のとりすぎで血管がもろくなり、それが破れて脳内で出血を起こします。そのため塩分のとりすぎが問題視されるようになり、国を挙げた減塩運動に励んだ結果、塩分を控えるように変わってくると脳出血は徐々に減りました。かわって増えたのが脳梗塞。いまでは脳卒中のうち、76%を占めています

 脳梗塞は、脳内の血管に動脈硬化ができ、血管を詰まらせて引き起こす。

「欧米化が進み、塩分にかわって脂質をとる機会が増えたためでしょう。食生活の変化によるものです」

 そんな脳卒中にかわり1981年には、がんが死因1位に。以来、現在までトップに君臨し続けている。

「がんは高齢化が主な原因。食の欧米化が進み、マイカーが普及して便利になり、運動量も減ったというライフスタイルの変化も影響しています。ただ、一見するとがんは増えているように見えますが、高齢化という要因を除けば、むしろ死亡率は下がっているんです」

 国立がん研究センターによれば、'05年から'15年までの10年間で75歳未満のがん死亡率は約16%下がったという。特に肝臓がんや胃がんでの低下が目立つ。

「死に直結するイメージが薄れ、治療して、がんとともに生きる方向へ患者を取り巻く環境も変化しています。'06年に成立した『がん対策基本法』もその一環。がんになると治療と仕事の両立が難しく、離職や廃業する人も目立ち、収入が減る人も多い。そのため'16年の改正法では、企業に雇用継続を求める努力義務を課すようになりました

 国民病の代表格について、もっと詳しく見ていこう。

国民病の代表格はなぜ増える?

 2016年に新たにがんと診断された患者数は99万5132人──。厚労省は17日、全国の医療機関に情報提供を義務づけた『全国がん登録』の集計結果を公表した。すべてのがん患者を追跡し、そのデータを初めて分析している。

 部位別では大腸がんが1位。男女合わせた患者数は15万8000人にのぼる。

「食の欧米化が原因といわれています。ファストフードや加工品をよく食べるようになった中高年以降で増えている印象です」

 とは前出・植田先生。'14年調査で4位だった前立腺がんが、2位に順位を上げているのも特徴的だ。

「長生きすればするほど前立腺がんの発症率は高まります。高齢化が進んでいるという証拠です」(植田先生、以下同)

 地域別の傾向も見ていこう。左のランキングは集計結果をもとに、がんの発症率を都道府県別にまとめたもの(住民の年齢構成を調整した人口10万人あたりの割合)。最も高い長崎県の454・9に対して、最も低い沖縄県は356・3と地域差が目立つ。上位には塩分摂取量の多い秋田県、厚労省による'16年の喫煙率調査で全国トップの北海道が並ぶ。

「喫煙はあらゆるがんのリスクを高めますし、塩分の過剰摂取は胃がんにつながりやすい。胃がんは死亡率こそ減っていますが、患者数は今回の調査で男性1位、女性3位と高いまま。日本人はピロリ菌の感染者が多く、胃がんになりやすい傾向にあるからです」

 植田先生によれば、衛生環境が整備されて家族からの感染が減った現代でも、年代プラス10%がピロリ菌に感染しているといわれているそうだ。

「60代であれば70%、10代でも20%は保菌者という計算に。ピロリ菌がいるだけでは胃がんになりませんが、喫煙や多量飲酒、過剰な塩分摂取やストレスなどが加わると、発がんリスクが高まります」

 また、胃がんと同じく、肺がんの死亡率も近年は減少傾向にある。

「肺がんの患者数は今回、男女ともに4位でした。発症率もほぼ横ばいです」

 これには喫煙率の低下が関係しているという。

「喫煙は20年から25年かけてその影響が出てくるため、最近になって、ようやく喫煙率が下がってきた効果が表れているのでは? ただ気になるのは、若い人たちや女性の喫煙率が依然として高いこと。それを踏まえれば将来的に、肺がんの死亡率が大幅に下がることはなさそうです

 女性とがんについて、次ページでさらに検証しよう。

30代から増え始める女性ならではのがん

『全国がん登録』の集計結果によると、2016年に新たにがんと診断された女性は42万8499人。部位別にみると、1位は乳がんで9万4848人。2位は大腸がんの6万8476人、3位は胃がんの4万1959人と続く。女性特有のがんである子宮がん(子宮頸がん・子宮体がん)も、4位の肺がんをはさんで5位にランクインしている。

「なかでも子宮頸がんの増加が目立ちます。20~30代の若年層に限ると、がんの死亡率ではトップです」

 そう指摘するのは、婦人科がん専門医で『女性のための菊池がんクリニック』院長の菊池義公医師だ。

 子宮頸がんは、性行為でうつるヒトパピローマウイルスに長期間、感染し続けることで引き起こされる。

「30代の発症が増えているのは、若いころに子宮頸がん検診を受けていないため。性的にアクティブな10代後半から20代で感染した人たちが、30代になって発症しているのでしょう」(菊池先生、以下同)

 子宮頸がんと同じく、乳がんもまた比較的若い30代から患者が急増している。

「晩婚化による影響が指摘されています。妊娠すると女性ホルモンの分泌量や分泌期間が安定化しますが、初産年齢が遅いと、それらが安定せず異常が起きやすい。そのため乳がんが増えているのだと考えられています。子宮体がんにも、同じことがいえます。

 また、妊娠は検診のきっかけになりますが、晩産化によってその機会が失われてしまうことも大きい」

 日本女性の平均初婚年齢は上昇を続け、'15年で29・4歳、初産の年齢も30・7歳となった。乳がんや子宮体がんのリスクを考えるうえで、こうしたライフスタイルの変化は切り離せない要素だという。

 2位の大腸がんについては、牛や豚などの赤身肉、飲酒がリスクを高めると言われている。

「パン食が多いと、ソーセージやベーコンなどの肉類が副食になりがち。繊維が多い野菜や穀物を食べるようにしましょう」

 加えて、悪影響を及ぼすのが肥満だ。さまざまな調査で大腸がんの危険因子として特定されている。基礎代謝が落ちて太りやすくなる40代以降や更年期以後の女性は要注意。低脂質・高繊維質の食事を心がけ、運動も習慣づけて適正体重をキープしたいところだ。

10代後半から検診を

「さらに簡単にできる予防法があります。検診です。なかでも子宮頸がんは“検診で唯一予防できるがん”で、『前がん病変』という、がんになる前の状態で発見できます。それなのに患者数が多いのは、検診の受診率が低いことの表れ。10代後半から20代で受け始めるのがベストです。

 一方、子宮体がんは閉経前後から増えるのが一般的ですから、40歳を過ぎたら頸がんの検診と一緒に、体がんの検査も受けたほうがいいでしょう。自治体の検診項目に含まれていない市町村もあるので、事前に確認を。こまめな検診に勝る予防はありません

 女性特有のがんになったら、実際にどのような治療が行われるのだろうか?

「手術でがん細胞を取り除くことが基本。がんの悪性度や進み具合に応じて、必要であれば放射線治療や抗がん剤を使った化学療法を行います」

 再発を繰り返す場合や、悪性度が高く治りにくいがんで、いま、注目されている治療法がある。京都大学の本庶佑博士がノーベル医学生理学賞を受賞する理由となった『免疫療法』だ。

 がん細胞などを攻撃して外敵から身を守るのが免疫の働き。だが、その力が強すぎると正常な細胞にまでダメージを与えてしまうため、免疫の働きにブレーキをかける仕組みが備えられている。これを利用してがん細胞は、免疫の働きにブレーキをかけて、攻撃から免れていることがわかってきた。

 そこで、ブレーキがかかるのを防いで免疫の働きを活発化、がん細胞を攻撃できるようにしたのが「免疫チェックポイント阻害薬」を使った免疫療法だ。

「悪性度の高い乳がんや難治性の卵巣がん、メラノーマという皮膚がんなどで実際に使われています。一部で保険適用されているものもあります。ただ、免疫細胞の働きが活発になりすぎて、正常な細胞まで攻撃して副作用を起こす可能性もある。がんの悪性度や状態などをみながら、使用する量やタイミングを慎重に見極めなければなりません」

 治療の普及に期待したい。