インタビューに応じる斎藤('19年)

アッ、やられた! と思いましたが、息子が実際にそんなことをしていなかったことがわかってよかったと安堵したところもありました

 そう苦しそうに、なんとか声を振り絞る俳優の斎藤洋介。

 警察庁によると、オレオレ詐欺をはじめとする“特殊詐欺”の日本全国における昨年の認知件数(警察など捜査機関によって犯罪の発生が認知された数)は、1万6493件、被害額は356億円。

※特殊詐欺とは、振り込め詐欺(オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金および還付金詐欺の4類型)とそれ以外の振り込め類似詐欺をいう

 東京都内では3913件で過去最多に。そのうちオレオレ詐欺は約2107件で被害額は53億円─そのうちの1人に斎藤も含まれていた。

 昨年末のある日の夕方のこと。斎藤の妻のケータイに1本の電話がかかってきた。相手は“斎藤の次男”を名乗る男。まさに「オレだけど」と話しだしたという。電話を受けた際、妻は非通知だったことを不審に思い、電話口の男を問いただした。

「あなたのケータイからじゃないよね。どうしたの?」

 それに対し男は「ケータイは落としてなくした」と話した。そこでいったん電話を切った。その後すぐ《新宿遺失物預かりのハシモト》と名乗る男から電話があり、公的機関の職員を思わせる役職のその男と話すことでケータイを紛失した問題は解決。すると改めて“オレ”から連絡が入る。斎藤は当時を次のように語る。

“未成年の女性を妊娠させてしまって、慰謝料を支払わなければならない”と。僕も電話を代わって話を聞いたんですが、電話の主が息子だと信じてしまったんですね

 まず、息子から非通知の電話という不審を第三者の登場で取り除き、その後、再び連絡をして金をせびるという、順を追った手の込んだ手口。

 最初に貸してくれと言われた金額は500万円だった。

そんなお金、今すぐ用意できるわけないだろう

 そう斎藤が言うと、男は徐々に金額を下げていき、最終的に100万円に。「お金は代理で弁護士が受け取りに行く」と言われ、電話は切れた。

 その日、妻と2人で銀行に行き、100万円を引き出すと、妻がそのお金を持って、犯人が指定した場所に赴いた。

 お金を引き出すにあたって、

「まとまったお金は銀行の窓口だと、銀行員に使い道を聞かれて下ろせない」

 と、男はATMで引き出すように示唆したが、妻は、「その金額ならATMで大丈夫よ」と、相手を安心させるように言ったという。

 受け渡し場所として、犯人が最初に指定したのは、都内私鉄の某駅。妻が駅に着くと、男から連絡が入り、そこから移動するように指示され、向かった場所は公園だった。

 現れた“代理人”は、「○○法律事務所の××」と名乗り、スーツにコート姿。代理人は妻と会っている間、息子を装った電話の男とずっとケータイで通話中。妻が名刺を要求すると、通話中のケータイを渡してきた。息子を名乗る電話口の男は、

お願いだから信じてよ。時間がないんだから早く渡して

 と、急かしてきたため、お金を渡してしまった。2日後、本物の次男から電話があり、詐欺に気づいたが、後の祭り。

 実は、斎藤は数年前にも、オレオレ詐欺の未遂にあっていた。そのときは、犯人は長男を装って電話をかけてきたという。会社の車を運転していて事故を起こしてしまい、車を修理しなければならないので、修理代を貸してくれということだった。指定された口座に振り込もうとした矢先、長男から電話が入り、事なきを得た。今回は、どうして騙されてしまったのか。

うちの家族のことをある程度、調査していたんでしょうね。家庭環境とかもね。こちらの心理を読んでいたのかも。気が動転してしまって、疑うことをしませんでした。声が違うということなんか、頭に浮かびもしませんでした」

 斎藤は、被害に遭う前、特殊詐欺を扱ったバラエティー番組に出演しており、手口を把握していたはずだった。

「こんな手口で騙してきますよと、いろいろ学んだはずなんですが、何の教訓にもなっていなかったですね。

 他人事のときは、引っかかるほうも悪い、バカだなあ、なんて言えるのですが、いざ当事者になってみたら、電話を受けたら気が動転してしまって、冷静さを失ってしまうんですね。これは引っかかるよなあ、って思いましたよ。犯人のほうが一枚も二枚も上手でした」

まじめな人が危険! 詐欺専門家が指摘

顔つきがよい斎藤('09)

 詐欺・悪質商法に詳しいジャーナリストの多田文明氏は、斎藤が出演した番組に専門家として共演していた。収録当時を振り返って、

「斎藤さんの受け答えが少し危ないなぁとハラハラしました。まじめで相手の話をすごく聞いちゃう人は危ないです。疑いながらも、相手の話を最後まで聞いてしまう。そういう人が騙される傾向があります」

 斎藤は、はじめ500万円という提示に対し、「そんなお金、今すぐ用意できるわけないだろう」と、固辞した。

「この返答はもう“払う”と言っているようなものです。犯人側は、金額を下げていけば必ずどこかで払うと感じたと思います。もう、その時点で相手を疑うのではなく、同意してしまっています」(同・多田氏)

 警視庁によると、都内のオレオレ詐欺の被害者の77%が女性。また60代以上が90%だ。被害に遭わないためにはどうしたらよいのか。

「今回の斎藤さんは、事務所の電話から転送されて携帯電話に着信があった形ですが、自宅の固定電話にかかってくるケースが9割以上です。オレオレ詐欺の犯人側がターゲットにしているのが、昼間に在宅しており、固定電話に出てしまう人。読者にぜひお伝えしたいのは、電話にしっかりと“鍵”をかけていただきたい”ということです」

かつては“激ヤセ”報道も('11年)

 そう警鐘を鳴らすのは、警視庁犯罪抑止対策本部の山上嘉人管理官。斎藤の場合は、ケータイに非通知での着信が事件のはじまりだった。

「犯人からの電話に出ないための対策として、携帯電話でも固定電話でも、非通知の電話や知らない番号からの着信には出ないようにしてください。

 警視庁では、オレオレ詐欺対策を進めておりますが、問題点として、相手側の番号を確認できる『ナンバーディスプレー機能』のある電話機を使っていない人が多いということもあります。相手側の番号がわかる状態でないと防犯対策に活かせません」(同・山上管理官)

 都内の一部自治体などでは、オレオレ詐欺対策として『自動通話録音機』を無償で貸し出しもしている。これを電話機につけると、着信音が鳴る前に自動的に“詐欺対策のために自動録音する”という旨のメッセージが流れる仕組みになっていて、証拠が残ってしまうことを嫌がる犯人側は通話をあきらめ、被害を未然に防止できる。

家に鍵をかけることと同じように、電話にも鍵をかけるという認識を持ってください。それ以外では留守番電話設定にして、非通知や知らない番号には出ない。本当に用事がある場合は、留守番電話にメッセージを残すはずですから、必要がある着信のみ折り返すという形にしていただきたいです」(同・山上管理官)

 昨年の特殊詐欺の件数は、首都圏では増加しているが、全国的には減少傾向にある。しかし、前出の多田氏は、

「減少といっても、被害額的には1日1億円が出ている。減っている地域は集中的に狙われていないだけなので、今後増える可能性もある。地方を狙う新たな手口が出てくることは十二分にあります」

 愛知県を中心に、警察署での講演などオレオレ詐欺撃退アドバイザーとして活動する藤本和浩氏は、地方での被害について次のように続ける。

「首都圏に比べて地方は大丈夫ということはない。愛知県警の特殊詐欺のデータを見ると県内でさまざまな手口が地域ごとに順繰りに回っていることがわかります。この地域はこの詐欺、あの地域はこの詐欺という具合に。ATMを使った詐欺がこの地域に集中し、警備が強くなったら違う形が多くなったり。いま少なくても安心できるということはまったくありませんね」

 オレオレ詐欺被害は、ただお金を騙し取られただけではすまないケースに及ぶことも。

家族をかたった詐欺の場合、被害者となってしまった人が、自分を責めてしまうことがあります。例えば息子さんをかたった詐欺に遭ってしまって、息子さんから“俺の声が聞き分けられないのか”“なんでこんなのに引っかかるんだ”などと被害者に追い打ちをかけるような言動があったり、それでさらに自分を責め、病んでしまったり……。

 “誰でも騙されてしまう”という前提で、“こういう電話は無視する”などと家族で話し合ったり、みんなで守り合うようになってほしいですね」(前出・山上管理官)

東京都で起きた特殊詐欺の件数

忘れるために、自分で笑い話に

 斎藤は事件を振り返っていま、どう感じているのか。

「騙されてお金は取られてしまいました。あの金は戻ってこないんだなと思いつつも、次男が未成年を妊娠させるようなことをしてなくてよかった、というのが素直な気持ちです。最初に電話が来たときは金銭的なことで解決できるなら、それでいいだろうと思ったのは事実です。なんで息子を疑ってしまったのか、恥じる気持ちになり、自分を責めてしまいました」

 なんとか今は舞台で共演した人たちに自虐ネタとして話せるようにはなった。ただ、早く事件のことを忘れてしまいたいという気持ちも強い。

「事故のひとつと考えるしかないですね。勉強したともいえますが、授業料は高くつきました。でも、早く忘れたい。忘れるためには、笑い話にするのがいちばんいい方法だと思うんです。“バカだろう、俺って”と言っているほうが、自分の傷が癒えるのが早いと思うんです」

 オレオレ詐欺の撲滅には時間がかかる。被害に遭った斎藤は、これから被害に遭うかもしれない人に向けて、次のように締めくくった。

「被害に遭わないように、用心してくださいとしか言えませんが、もし被害に遭っても、いつまでも悔やまない、思い詰めないほうがいいと思います。

 私は加害者にならなくてよかった。被害者でよかったと思っています。そのほうが逃げ場があるじゃないですか。金額の大小じゃなく、ケガをさせられたり殺されたりじゃなく、お金ですむ話でよかったと、自分を納得させるしかないと思う」

 インタビュー終盤には笑顔も見せた斎藤だが、その奥にはやはり、本物の詐欺の前では無力でしかなかった悔しさをのぞかせていた─。