赤沼秋子さんが運ぶのは「どんこ唐揚げ丼」とワカメラーメンのセット(税込1200円)

 岩手県宮古市田老地区。過去にも大津波で壊滅的な被害を出しており、地区には「万里の長城」の異名を持つ高さ10メートル、総延長約2・5キロメートルの長大な防潮堤が築かれていた。

泣きながら道具を拾い集めた

 赤沼秋子さん(68)が営む「善助屋食堂」は震災前、この防潮堤のそばにあった。

 '11年3月11日、経験したことのない大きな揺れが赤沼さんを襲った。棚のどんぶりは落ちて割れ足がガクガクと震えた。店の裏はすぐ海。無我夢中で高台まで避難した。

 避難先の高台で「津波がきた!」と聞き、街が見える場所まで移動すると、

「この世の光景ではありませんでした。うちはどこに行ったの? 何これって……」

 店と家のほか、漁師の夫と息子が使っていた船もすべて流されたが、幸い家族は全員無事だった。

 赤沼さんは声を詰まらせた。

「津波の後、店の跡や漁の道具をしまった倉庫があった場所に行きました。夫は泥の中からうちのカゴとか漁の道具とか見つけてはそれを拾うんです。拾ったって船もないし、集めたって……。いいからって言って私は堤防の前で泣きながら見ていました。でも夫が一生懸命、拾って歩いているのね。……かわいそうになって私も手伝いました

 長靴に泥がつき、重くなり歩けなくても、雪が降ってきても、2人で泣きながら道具を拾い集め続けた。

 避難所で生活していた赤沼さんは次男が住む宮城県仙台市に行こうか考えたというが、

「なじみのお客さんから“善助屋のラーメンのスープが飲みたいな”とか“絶対やってね”って声をかけられるようになりました。それにだんだん悔しくなってきて……。津波になんか負けてられるかと思うようになったんです」

 震災から2か月後の5月15日、同市のグリーンピア三陸みやこ敷地内の一角にテントで善助屋食堂を再開させた。メニューに選んだのは震災前に完成した「どんこ唐揚げ丼」(税込み880円)だ。

「どんこ唐揚げ丼」とワカメラーメン

 “どんこ”とはエゾイソアイナメという地元ではなじみの魚。みそ汁や鍋、焼いて食べるのが一般的だが、赤沼さんはから揚げにした。

「震災前、三陸鉄道から“駅-1グルメ”のひとつとして地元の食材を使って何か作ってくれないか、と持ちかけられたのがきっかけでした」

 当時、田老地区の商店街は客足が減り、閑散としていた。地元を盛り上げるために考案したメニューだった。

 甘辛い味がついたフリッタータイプの衣の中にはふわふわとした食感のどんこ。くさみはなく、上品な味わいの白身。青じそ風味のタレが食欲をそそり、揚げ物が苦手な人でもペロリと食べられる。

「テントで店を再開した初日はすごい人でした。みんな喜んで食べてくれました」

 同年9月には仮設店舗で、そして’16年11月には現在の場所に店を再建した。

 しかし、店を続けるか、やめるかでずっと悩んできた。

「復興工事が終わったら客足が途絶えるのではないかと今も不安です。でも、お客さんから力をもらっているから、みんなが来てくれるから私は店をやれる。頑張れる」

 うわさを聞き、地元はもちろん全国各地、海外からも観光客が訪れるという。今後、期待するのは田老地区を訪れてくれる人が増えることだ。

「バックはできないから前に進まなきゃいけない。『どんこ唐揚げ丼』は今年で9年目。まだまだ泳ぎ続けますよ」

 どんこに地域の未来を託す。


《INFORMATION》
岩手県宮古市田老2-5-1   0193(87)2054
営業時間:昼・午前11時半~午後3時
夜・午後5時半~午後8時
水曜、日曜夜は定休