山田容疑者は雨の日も傘をさし、嫌がらせ行為に精を出す……

「商売クビ~商売倒産~」「アホの建具屋やんか」「いらん商売して、人の家の中まで音入れるような商売やんか」……。

 静かな住宅街に朝も昼も夕方も響き続ける文句に暴言。

「知ってます。すごく有名ですよ。私、25歳なんですけど、小学生のときから暴言を聞いていました」(近隣住民)

 という長期にわたり繰り広げられる、町内の騒音問題。

息子の前では反省

 兵庫県迷惑防止条例違反で県警明石署は3月5日、暴言の主である山田道子容疑者(仮名=63)を逮捕した。

「事案は、2018年5月11日午前10時52分ごろから、9月8日の午前10時27分ごろまで、被害者宅周辺において、被害者に対し粗野乱暴な言動をし、嫌がらせ行為を反復して行ったものです」

 と捜査関係者は説明する。

「明石警察署では、両者の騒音トラブルを2012年ごろから認知していました」

 と付け加える。

 3年前にも書類送検されているが、今回は逮捕され勾留されている。

 面会に行ってきたという山田容疑者の息子(38)は、

「僕に対しては“迷惑かけて本当にごめんな”と話してくれました。周囲に迷惑をかけていると思っているんだな、反省しているんだなと感じました。涙もポロっとこぼしていましたから……」

 被害者は、建具店を経営する鈴木貴浩さん(仮名=54)。容疑者宅とは隣り合わせで、

「20年ぐらい前でしょうか、うちがターゲットになる前には、山田さんの向こう隣の家が嫌がらせを受けていましてね。“引っ越したい”って相談を受けていたんですが……。その後、うちに狙いが変わりました」

 と鈴木さん。トラブル発生までのいきさつをこう明かす。

「逮捕されたおばちゃんの旦那が工務店に勤めていて、仕事でもお付き合いがあって関係は良好でした。

 資材を山田さん宅との境にちょこちょこと置いたんですが、それが気にくわんと文句をつけられたのが始まりですね。すぐに片づけたのですが、今度は仕事をするときの音が気に食わんと変わりました

 山田容疑者は、すぐさま「建具屋の音がうるさい。今鳴っているから測定してくれ」─明石市環境保全課にそう電話をかけたという。

「今回、逮捕される直前までご連絡はいただいていました」

 と明かすのは同課担当者だ。

あの暴言は人権問題です

「記録に残っているもので、最初に騒音の測定をしたのは2004年でした。詳細な測定を10回ほどしています。県条例では60デシベルが騒音の基準の下限ですが、何度測定しても範囲内でした。小さな建具屋さんですから、音が鳴っていないときもあるんです。(山田容疑者に)何度も説明させていただいていましたが、納得していただけない状況が続いていました

 山田容疑者は、警察にも苦情を訴えていた。

山田容疑者宅。写真の手前に工房があり、敷地の境の壁は騒音を抑えるため設置された

「1000回ぐらい警察は呼ばれていると思います。今はもう、事情を聞かれることはほとんどないですね。“また呼ばれたんです”とひと言声をかけてくれたり、山田さんの家にそのまま行ったり。同情してくれています」

 と鈴木さん。暴言は、騒音に関する“うるさい”というものだけでなく、“泥棒”“金持ってこい”“はよ出て行け”などさまざまだ。

「あの暴言は人権問題ですよ。以前、建具屋の向かいには鉄工所があったんですが、そっちのほうがよっぽどうるさかった。ちょっと異常ですよ。よっぽど何かあったんかなぁ」

 と近隣の男性住民は事態の背景について思いをめぐらす。

 前出・山田容疑者の息子は、

「ケンカですから、やはりお互いに何かあったんだと思うんです。詳しいことは僕もわからないですけど」

 と事態が悪化した原因をつかみかねている。

 鈴木さんによれば、山田容疑者の暴言は朝9時から外で始まり正午まで続き、午後は1時から再開し夕方5時で終わるパターンが多いという。

雨の日も傘をさして叫んどるんですよ。雪の日も、毎日ですよ。“金返せ”とか“泥棒”とか、なぜ言われないといかんのかわからない。

 夜にはピンポンの連打。電池を抜いて音が鳴らないようにしているのですが、音が鳴らないからと警察を呼ばれたこともありました。

 以前、自治会長、市役所の人、市議会議員、被害者とおっさん(容疑者の夫)の5者で話し合いの場を持ったことがありました。暴言をおっさんがたしなめるということになりましたけど、守られない。2回目の協議にはおばちゃんも加わりましたが、話し合いになりませんでしたよ」

一番許せなかった暴言

 解決策の合意に至らず、騒音の20年戦争は日々続いた。鈴木さんは大きなヘッドホンをつけ、音楽を流し、ひたすら暴言を我慢してきたという。

仕事中の鈴木さんに向かって至近距離で暴言を吐く山田容疑者

 しかし、

「あれがいちばん許せん。悔しくて、腹が立って、涙が止まらなかったです」

 と鈴木さんが強い口調で振り返るのは、亡き母への暴言だ。

「2階で床にふせっている母に、“バチが当たったから病気したんだ。はよ死んでしまえ”って。母は“絶対許せへん”と恨みながら他界しました」

 さらに信じられない暴言を、山田容疑者から浴びせかけられたという。

2005年7月に母が他界したのですが、母の葬儀の翌日におっさん(山田容疑者の夫)とおばちゃんがニヤニヤして来て、“バチが当たったから死んだんや”と言うたんです。葬儀の翌日ですよ!

 我慢できずキレてしまって、涙を流しながら無言で山田さんの家の外にかかっているすだれをちぎってしまいました。すぐに警察を呼ばれて、その場でお金を払って弁償しました。事情を話したら警察の方も同情してくれましたけど、あれだけ人前で泣いたのはあのときくらいです」

 今、山田容疑者の逮捕によって町内は、静けさを取り戻している。だがこれが、一時的なものであることを、周囲の誰もが知っている。

「今度出てきたらどうなるかわからん。余計なことは言えん」「うるさいと言うてるあなたのほうがうるさいよとは思っていました」「ここらへんの人はみんな我慢しておるよ。下手に文句を言ったら、今度はこっちに来るからな」と近所は飛び火を恐れる。山田容疑者は以前、鈴木さんの妻の職場前で騒ぎ結果的に退職に追い込んだこともある。

 鈴木さんも、「出てきたらまた同じことの繰り返しだと思います……」と終結が見通せず疲労感をにじませる。

 息子との面会で山田容疑者が流した涙が反省の涙かどうかいずれ明らかになる。