杖をついて山の根踏切を渡る高齢者を心配し、住民が付き添う姿も(※写真は一部加工)

「事故じゃなく人災ですよ。遮断機も警報機もない長い踏切なので、多くの地元住民が“恐怖の踏切”と呼んで改善を求めているんです」

 と近隣の50代男性。

遮断機も警報機もない踏切は6か所

 春のお彼岸(春分の日)だった3月21日午後5時47分ごろ、神奈川県逗子市のJR逗子駅から東に約500メートルの「山の根踏切」(JR横須賀線の東逗子―逗子駅間にある)で事故は発生した。同県横浜市港北区に住む無職の男性(92)が久里浜駅発上総一ノ宮行き11両編成の普通電車にはねられて死亡。同県葉山町でお墓参りした帰りに事故に遭ったとみられる。

「日没直前の時間帯で、被害男性はイヤホンでラジオを聴きながら踏切を渡っていたようだ。相撲中継でも聴いていたのだろう。右から接近する列車に気づかず、衝突してしまった」(全国紙社会部記者)

 事故直後、現場を目撃した60代男性は次のように話す。

「午後6時ごろ、大きなサイレンを鳴らしてレスキュー車が通ったので、交通事故かと思って見に行ったら電車が止まっていてね。約15メートル先の線路上はブルーシートで覆われていて……」

 列車の乗客およそ200人に負傷者はいなかったが、横須賀線は大船―久里浜駅間で一時運転を見合わせ、上下線13本が区間運休。4本が最大1時間52分遅れ、約2800人の足に影響した。

恐怖の踏切、事故はここで発生した

 山の根踏切は全長約35メートルと横断距離が長いにもかかわらず、遮断機も警報機もない珍しい踏切である。地域を管轄しているJR東日本横浜支社によると、

「当社管内は中央線とJR東海御殿場線を除く神奈川県内、東京都の一部(町田市内の横浜線)、静岡県の一部(伊東線の熱海―伊東間)で、計309か所に踏切があります。遮断機も警報機もない踏切は山の根踏切を含め6か所です」

 とのこと。

 現場に行った。

 亡くなった男性は南側から踏切に入っているので同じように渡ってみる。入り口にはバイクや自転車の進入を防ぐ複数の鉄柵が設置され、ど真ん中に「とまれ!」の標識が立っていた。

 注意書きには「この踏切は警報機がありません」とあり、約280メートル先の歩道橋を利用するよう記されていた。しかし、暗い時間帯に初めて通る人の目にとまるかわからない。

踏切入り口には警報機がないことを知らせる掲示があり、約280メートル離れた歩道橋利用を促している

 踏切内に入ると、左右の見通しはいい。大きなカーブもなく目測で300メートル以上は見通せる。ただ、歩行者感覚では計7本の線路(合流する複線を個別にカウントすると9本)をまたぐため、妙な不安を覚える。

 もし、電車が来たら急いで突っ切ればいいのか、その場で待機するのか、引き返すのか─。都市部に多い遮断機と警報機つきの踏切に慣れているせいか、遮断機内に閉じ込められるような怖さを感じた。線路につまずかないよう1本ずつ慎重に越え、渡りきるのに約30秒かかった。

 実際は7本中、在来線が通るのは横須賀線上り・下りの2本だけ。近隣住民によると、駅が近いため加速中か減速中でさほどスピードは出ていないという。ほかは引き込み線や車両連結などに使う線路だから低速運転らしい。そんな情報はどこにも掲示されていないから、踏切内で前後をビュンビュン通る列車に挟まれたらどうしよう、と内心ハラハラしっぱなしだった。

 近所の30代女性は、

「線路北側の住民が、南側にある京急新逗子駅を利用するときはまずここを渡っていますね。迂回路の歩道橋は上り下りがたいへんですし、歩道橋下の遮断機と警報機のついた踏切は、通勤ラッシュ時には“開かずの踏切”になるので近道するんです」

 と話す。

 ただし、雨や雪の日、夜間に渡るのは避けるという。

「私は毎日、最低1往復はしますけど、視野が狭くなったり、滑ると危険ですからね。でも、自転車を無理やり入れて渡る子ども、かついで渡る男性、カートを引いて渡る女性、赤ちゃんを抱えたまま渡るお母さん、杖をついて渡るお年寄りも見かけます。線路には溝もあるので、それに足や車輪、杖などがはまる心配もありますから、危ないですよ」(同女性)

 観察するかぎり、おおよそ5分に1人の割合で踏切を渡る人がいた。

 JRによると、同踏切の事故は過去5年起きていない。

「10年以上前かな。地元で有名な酔っ払いの男性が電車に轢かれて亡くなったのは覚えています。危ないという声は多いけれど、しょっちゅう使っている住民は慣れっこだから大丈夫なんですよ。踏切を自由に横断したいから、むしろ遮断機も警報機もつけないでくれと思っているし、JRにも要求しています

 と近所の60代男性。

 たしかに、慣れている住民の渡り方は違う。線路を1本越えるごとに左右を確認しながら、ゆっくり落ち着いた足取りで渡っている。慣れていない人は、ほとんど左右も確認しないで足早に渡る。線路と線路の間にはスペースがあるので、そこで止まったり、待機すればいいのだ。

 一方、近隣住民のあいだで「事故時に“大きな警笛”が聞こえなかった」と、いぶかしむ声がある。70代男性が言う。

「大きな警笛もなく電車が止まったから“あれっ、何かあったのか”と思って近づいたら人身事故だった。警笛には大小あり、大きいのは1日5回ぐらい、小さいのはそれこそ無数に鳴らされている」

運転士は警笛を鳴らしたのか

線路わきには花が手向けられていた

 複数の住民から同様の指摘があったため、前出のJR東日本横浜支社に質問した。

 運転士は事故当時、警笛を鳴らしたのか。

 対面取材は断られ文書で、

「運転士は汽笛を鳴らしております」と短い回答があった。

 そこで警笛の大小に触れて追加質問すると、さんざん嫌がった電話取材に担当者が応じて次のように述べた。

「山の根踏切のような警報機や遮断機が設置されていない踏切を通過する際は、人がいるいないにかかわらず、乗務員は踏切の手前約300メートルの地点で“ファ~ン”という通常時の汽笛(小さな警笛)を鳴らすことになっています。

 今回の場合、もっと近い位置で“ファン、ファン、ファ~ン”という非常時の汽笛(大きな警笛)は鳴らしていないと運転士は言っています。ぶつかってから気づいたというのが本当のところなんです

 つまり、事故車両の運転士はマニュアルどおり小さな警笛は鳴らしたが、人影に気づかなかったため大きな警笛は鳴らせなかったということ。

 国の運輸安全委員会は「事故の原因究明や再発防止について調査に着手している。1年をメドに調査報告書をまとめる予定」と話す。

 報告書がまとまる前に、再び死亡事故が起こらないという保証はない。


やまさき・のぶあき ◎フリーライター 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物虐待などさまざまな分野で執筆している