ライトノベルの作家志望だという内田さんの書棚には、びっしりと本が並ぶ

 子どもの貧困が社会問題となるにつれ、注目が集まる『教育格差』。一般に、親の経済状況が学歴に影響して、将来の選択肢を狭めるリスクが指摘されている。

 特定NPO法人『若者就職支援協会』の代表・黒沢一樹さん(38)は、進路多様校─かつて教育困難校と呼ばれた高校などでキャリア支援を行っている。

 黒沢さんは、定時制高校を「日本の縮図」と話す。特に都内の定時制高校は多国籍の生徒たち、不登校やいじめ被害の経験者、発達障害の子どもたちが多い。かたや地方は、夜間定時制が中心で、県内に1校しかないことも珍しくない。

「地方は情報を得づらく、選択肢が少ない。反対に、都内は情報があふれているため、かえって選択が難しいことがあります」

 都市部では、親の収入で格差も見られる。

「自然体験活動の一環として近年、山登りや川遊びをする学校は多くあります。ただ、都市部では場所がないから、例えば北海道でやろうとなる。教育現場もサービス業と同じ発想で、お金を持っている家庭の子どものために手間をかけています。お金がないと修学旅行さえ行けません

 これでは親の年収によって子どもの教育が決まってしまい、それを繰り返せば負の連鎖になりかねない。

「格差は、行動できるかどうか、に現れます。お金がないなら、せめて行動範囲を広げないといけません」

 一方、不登校やいじめなどをきっかけに、教育格差が生まれることもある。

「どうにかなると思っていた」けれど

「いま考えれば、人生につまずいたのは10歳のときです」

 関西地方に住む内田隆男さん(仮名=36)は、小学5年から中学3年まで不登校だった。その経験により、社会に対する不安や恐怖を植えつけられ、その感覚がぬぐい去れない。

 学校は、学力を身につけるだけの場所ではない。問題が起きたとき、誰かに頼るべく「つながる能力」や、「解決を目指す意欲」を培い、社会性を育む場所でもある。そこでの挫折体験が尾を引いて、他人や社会との関わりを遠ざけるようになり、のちの人生に長く影響することが少なくない。内田さんもそのひとりだ。

 小学4年までは「勉強ができるキャラ」で、テストは100点を取るのが当たり前。勉強が嫌いではないものの、父親に点数が悪いと怒られるため、それが嫌でテスト勉強に励んだ。父親は母方の祖父母と不仲で、怒鳴りちらしていた。

「僕が勉強を頑張れば、どうにかなると思っていた」

 しかし、5年生のときにエネルギーが切れ、中3まで不登校になる。両親はケンカばかり。そんな親と一緒にいたくないため、ただ眠ることでやり過ごした。保健室登校をすることはあったが、「何もしなくていい」と言われていたのに、課題を与えられるのが嫌だった。

 だが不登校でも、学習塾には通うことができた。

「やさしく、勉強もスポーツもできる塾の先生を見て、そうなりたいと思い、勉強は頑張りました」

 そのかいあってか、無事、高校へ進学を果たす。

「楽しい場所という感覚はないが、1度休んだらまた通えなくなるのではないかという強迫観念もあって、高校では皆勤賞でした。勉強が嫌いではないですからね。むしろ、したかった」

 中学時代とは違い、高校も大学も行き渋ることはほとんどなかった。周囲から見れば、不登校の問題から脱し、社会的な関わりができるように見えたことだろう。しかし、就職活動はほとんどせず、いまに至る。

事実上、ひきこもり状態に

「19歳から小説家になりたいと思っていました。賞に応募もして、一次選考は通過しました。就活では大手出版社を受験。一次面接に進んだのですが、東京までの交通費が出ないというので面接には行きませんでした。(編集者ではなく)物書きになりたいからです。でも、ネットで見ると、そんな人はいっぱいいる」

 働きながら小説家を目指すこともできるはずだ。

「社会に出たり働くことへの不安は強い。(父親にされたように)怒られるんじゃないかと思ってしまいます。それなら、やりたいことを最初からやったほうがいい」

 アルバイト経験はある。

「26、27歳のとき、書店でバイトをしました。文芸コーナーの担当です。しかし、賞の締め切りが近いときに休もうと思ったんですが、店長に“バイトか小説か、どっちかにして”と言われて、小説をとった。書いてさえいれば、自分のなかで(働いていないことへの)免罪符になったんです」

 ただ、1年中、書くエネルギーも集中力もない。事実上、ひきこもり状態だ。両親と話すことはない。外出は、食事をコンビニで買うときの1日3回。時折、大阪へ飲みに行く。大学時代から通う精神科で精神疾患の診断をされたことにより、障害者手帳の2級を取得。それで得る障害年金の支給のみが収入だ。足りない場合、母親に要求する。

 この先をどう考えているのか。

「応援してくれる人がいます。でも、(恩師である)塾の先生が去年亡くなって、ずっといてくれるわけじゃないとわかった。どうにかしなきゃ、とは思うんですが、原稿が進みません」

貧困により希望が損なわれていく

 内田さんのような不登校経験者は増加傾向にある。文科省の調査('17年度)によれば、全国の小中学生で不登校を経験した児童・生徒は14万4031人と過去最高を更新、高校では4万9643人にのぼる。

 内田さんの場合、不登校から社会への不安が広がり、困っているのに身動きができない。一方、「ネットで簡単に情報が得られるせいなのか、既存の情報にとらわれて、自ら動こうとしない子どもが増えています」と前出・黒沢さん。行動は、自ら考え、試行錯誤することでもある。

教育格差は意欲格差でもあると話す黒沢さん

「困窮世帯の子どもたちは“貧乏だからやりたいことができない”と、あきらめ続けた結果“最初から考えないようにしよう、希望を持たないようにしよう”と思うに至る。部活もお金がかかるから、やりたいだなんて思わない。かつては地域でフォローできる子どもたちもいましたが、いまは社会に余裕がなく難しい」(黒沢さん、以下同)

 ただ、教育格差に至る原因は何であれ、行動を促すきっかけと周囲の理解があれば、それを乗り越えることも可能だ。

「協会で働く人のなかに、大学院を中退し、3年間、ひきこもっていた男性がいます。週5日も働けないし、朝は頭が痛いという。そこで、きついなら来なくてもいいと伝え、会計ソフトを教えて、自宅のパソコンで入力作業をしてもらっています。ただし、連絡をするというルールは守ってもらう。雇う側が環境を整えることで、他人や社会と関係を結び直せたのです

 格差の時代をどう生き抜けばいいのか。

「住まいと食が保障されれば、安心・安全は満たされる。教育無償化も必要。これは国や行政がやるべきです。子どもたちには、人に話をしたり聞いてもらいに行くことをすすめます。思いを言語化できるからです」

 まずは失敗を恐れずに一歩を踏み出すことだ。行動範囲を広げていけば、未来を考えることもできる。

(取材・文/ジャーナリスト 渋井哲也)