写真右側の木の近くで2人組がもめている様子。この後に刃物で刺したかのような動きをして、片方が地面へと倒れる様子が映っている(ツイッターより)

 “殺人ドッキリ”

 やらかした張本人らは、自分たちが仕掛けた動画を、そう軽い感じで呼ぶ。

 3月15日、ツイッターに、衝撃的な動画が投稿された。

 その映像は“2人の男性らしき人影。揉み合った末にひとりがもうひとりを刺すような”内容。そこに女性の怯えるような声が「えっ、ウソでしょ……」とかぶさる。さらに書き込みが拍車をかける。

 “みんなにお願いがあります。この動画拡散してください。この人が倒れた後にすぐに通報しました。ナイフか何かの刃物で刺されたみたいです。犯人はまだ捕まっていません”

承認欲求が暴走する若者たち

 犯行の決定的瞬間に110番通報がありネット上には情報が拡散された。だがこの動画、まったくのウソ、フェイク、作り物だったのである。

 警視庁町田署は4月、軽犯罪法違反(虚偽申告)の疑いで、町田市の会社員ら20代の男女4人を書類送検した。

 その中のひとりと名乗るパンクバンドに所属する男性は、YouTubeに土下座動画を発表したが、謝罪は、

「今回殺人ドッキリで怖がってしまった方、心配をかけてしまった方、本当に申し訳ございませんでした」

 など一部だけ……。挑発的内容も含まれている。

 2016年の熊本地震でも、

《おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだが》とのデマが、深夜の街を徘徊するライオンの写真とともにツイッターに投稿された。

熊本地震で動物園のライオンが脱走したとする投稿(ツイッターより)

 偽計業務妨害の疑いで逮捕されたのは、神奈川県に住む当時20歳の男性だった。

「犯人が逃走している、猛獣が逃げたという投稿は比較的、若年層が多いというイメージ。投稿で注目を浴びたいと承認欲求が暴走している。反応する人を見て楽しんでいる、深く考えていない愉快犯が多い」

 自作自演で罰せられるケースをそう分析するのはネットのトラブルに詳しい服部啓法律事務所の深澤諭史弁護士。また、誰かが発信したウソを拡散したばかりに、加害者になるケースもある。

「悪いやつを攻撃したい。悪いやつを攻撃することは正義なんだと、どんどん暴走してしまう」(前出・深澤弁護士)

 その手の被害に遭ったのは、2017年6月に発生した東名高速あおり運転死亡事故で、加害者の親族と名指しされた石橋建設工業の石橋秀文さん(48)だ。まったく無関係なのに危険運転致死傷罪で逮捕された石橋和歩被告の「父親」「勤務先」などと決めつけられ、業務は滞った。

「無言電話やワンギリ電話などが1日約100件。脅しの電話もありました」

 恐怖を感じたという石橋社長は、従業員や家族の安全を守るために被害届を提出。名誉毀損容疑で、昨年6月に11人が書類送検された。だが検察は、不起訴処分に。

「再審査をお願いしています。今年3月、示談などが成立した3人を除く8人に計880万円の損害賠償を求め、福岡地裁直方支部に提訴しました。弁護士を通じて連絡をしましたが、返事をしない人もいれば、終わったことでそこまでの必要はないと回答する人もいました。謝罪すらないのは、人としてどうなんでしょうか」と、石橋社長。

個人情報の拡散は違法

 過去に出演したテレビ番組やSNSの画像などを無断転載され、左翼活動家などと虚偽の記事を掲載されたとして、吉岡翔さん(仮名=40代)は8日、ほかの被害者と情報配信サイト「ネットギーク」を提訴したばかりだ。

「記事を知り胃が痛み、頭が重くなり、思考がまとまらない状態になった」

 と振り返る吉岡さんは、顔も晒されているため、外出時にはマスクや帽子をつけるようになったという。

「8日の提訴後、また僕の過去記事を引用したSNSの投稿があったんです。不特定多数のいる場所に行くのが怖くて、花見もやめました」

 同サイトで恣意的な情報を発信されたとして、吉岡さんと一緒に提訴に踏み切った武蔵大学の千田有紀教授は、個人のツイートやテレビ出演時のコメントを都合のいいように使い、個人を貶める“ネットリンチ”について「みんな騒ぎに合流すると一体感を得られるため、安易に情報拡散が行われるのでは」と分析。

「女児が被ばくして死亡」といった書き込みが、反原発の一体感のもと、事実っぽく広まったこともあった。

 前出・深澤弁護士は、ワンクリック拡散に警鐘を鳴らす。

「個人情報を拡散すると違法行為になります。刑事事件にならなくても民事裁判で訴えられる可能性は高い。ネットの投稿からでも個人は割り出せる。注意してほしい」

 匿名であっても、書き込みや拡散などの行為が記録されているのがネットの世界。自覚するべきだ。