左から渋沢栄一の新1万円札、津田梅子の新5千円札、北里柴三郎の新千円札(財務省提供)

 偽造対策強化の観点から約20年ごとに行われている紙幣の刷新。次回発行は2024年度上期を予定している。

 5年もあれば偽造団はあれこれ工夫するだろうし、発表前倒しは逆効果なのでは?

 偽造通貨対策研究所の遠藤智彦氏は、

「今回発表されたのはあくまでもイメージで5年後にあのとおりのものが出てくるわけではありません。それにいくら対策をしても偽造はなくなりません。対策のポイントは偽造紙幣を容易に見破れるようにしたことです」

 縦に走るストライプ状のホログラムや、角度により肖像が回転して見える3Dホログラムを世界で初めて採用。仮にニセ札を手に取った人でも「怪しい」と見分けられる工夫をほどこしている。

「自動販売機などの整備に時間を要するため」と政府は言うけれど、新元号のタイミングで発表された紙幣の刷新。

津田梅子はなぜ1万円ではない?

 ジャーナリストの大谷昭宏氏は指摘する。

「刷新まで5年の間隔をおいて発表したことは過去にありませんでした。これは明らかにアベノミクスがうまくいっていない、もう打つ手がないことの表れです」

 新紙幣の刷新は、今秋の消費税10%から目をそらすことや、東京オリンピック後の内需拡大などの思惑が見え隠れしているという。

「何か目先を変えて景気浮揚につながることはないか、と考えて発表したものと思われます。今、発表すれば国民は“5年先”ということは忘れ、今すぐに変わるんじゃないかと勘違いする」(前出・大谷氏)

 偽造団より政権の“偽装工作”のほうがたちが悪そうだ。

 津田塾大卒で作家の北原みのりさんは津田梅子の5千円札の肖像決定を喜びつつ、

「1万円札にしろよ、と思いました(笑)」

 前出・大谷氏も、

「肖像を決定した政権の中にはまだ男性優位な考え方があるのでしょうね。格下げの千円札ではまずい。それで、また真ん中の5千円札に……ということになったのでは」

 と女性活躍推進を唱える政権の腹の内を推測する。

 津田梅子は1871年、欧米視察の「岩倉使節団」の一員として同行した日本最初の女子留学生5人のうちの1人。6歳だった。1900年、女性の高等教育を目指す私塾として津田塾大学の前身である「女子英学塾」を設立。女性の高等教育・地位向上に生涯を捧げた。

「新札になることで、女性の自立、権利を考えて生きた津田が知られるよい機会だと思います」(北原さん)

アメリカ文化を吸収し、成長した17歳ごろの津田(津田塾大学提供)

 千円札の肖像、北里柴三郎はドイツで細菌学の第一人者コッホに師事。1889年に破傷風菌の純粋培養に成功し翌年、破傷風菌毒素に対する血清療法を確立した。

 同大学2年の男子学生は、

「北里大学と言ってもピンときてもらえずでしたが、これからは千円札を見せればいいので説明しやすくなりましたね。北里学祖に感謝です」

忘れないで、2千円札の存在

 刷新の対象にならなかった2千円札。全国でいちばん使われているのは沖縄県だ。

 2千円札と紙幣刷新について取材した沖縄タイムスの與那覇里子記者は、

「沖縄では全国の発行枚数の6・5%にあたる637万枚が流通しています。この比率は全国でいちばん多い数字です」

 どのように使われているのか。那覇市在住の30代男性は、

「親戚の多い沖縄ではお年玉で使うことが多いです。飲み会の割り勘で使ったり。今も財布に入っています(笑)」

 と日常的に使われている。

 沖縄県民のお札への思いは他県と違うものがあるという。

「沖縄県民は沖縄が描かれたお金を大切にしています。それは戦後、沖縄がアメリカの占領下にあり復帰まではドルを使っていたことにあります。復帰を願ってきた沖縄の人にとって日本のお金に沖縄が描かれることはとてもうれしいことでした。2千円札、沖縄に来た記念でお土産にするのもいいし、もっと広まってほしい」(前出・與那覇記者)

 明治時代以降に製造され、過去に使用されていた旧紙幣の中には今でも使えるものがある。日本銀行の担当者は、

「現在使用できる紙幣は製造を中止した18種類を含め22種類。いずれも日本銀行の窓口で現在のお金と交換できます。それ以外の紙幣は使用も交換もできません」

 ただし1円札は1円、百円札は100円、と額面どおり。コンビニなどでも使える。

 刷新後、現在のお札の価値は上がるのだろうか。

「現在使用できる紙幣の多くは流通枚数が多いため、特別な条件がない限り、価値が上がることはありません」

 と話すのは古銭や古紙幣などの買い取りを行う「おたからや」(本社・神奈川県)の谷光晃さん。

 例外的に価値が上がる条件は2つ。お札の記番号がゾロ目。もしくは1から連続して並んでいるなど珍しいものだ。

「理由は流通枚数が少ないからです」(前出・谷さん)

 例えば、日韓併合前後に大韓帝国で使用されていた渋沢栄一肖像の紙幣だ。製造時期が短く、現存数が少ないため、紙幣コレクターの間でプレミアがつき始めている。

渋沢栄一の1円札

 前出・谷さんは、

「1円札は2万~3万円、10円札は3万~15万円の範囲で取引されることが考えられます」

高倉健や美空ひばりの可能性

 お札の肖像の人物はどのように決まるのだろう。

「明治以降の文化人の中から選定する、という前2回の改刷時の考え方を踏襲しています。国民に広く知られ、業績も認められているなじみの人物を多方面からピックアップし、今回の3人に絞りました」

 と財務省の担当者は明かす。

 ほかにも精密な写真があるかや品格など、お札にふさわしい基準が挙げられるという。

「かつては偽造防止の観点から“ひげがあったらいい”と考えられていました」(同前)

 実は1万円札の渋沢栄一、「ひげ」には苦い思い出が。1963年、千円札刷新で候補となった渋沢はひげがないため伊藤博文に負けたといわれている。ひげの部分が複雑なデザインにできるため偽造しにくいのだが、現在は技術の進歩からその基準はない。

 国民の多くが知っている往年のスターやキャラクターは紙幣にならないのか。前出の担当者は、

「高倉健さんや美空ひばりさんら昭和に活躍された方は亡くなってから期間も短く、評価が定まっていませんので現在は難しい。今後はその可能性もあるかもしれません」

 ただ、お札はデザインではなく、偽造されないよう発行するため簡単に描けるキャラクターは難しいという。

 新紙幣はユニバーサルデザインを取り入れたことも特徴。

 数字が小さく外国人や視覚障がい者からわかりにくいと言われていたが、数字を大きく描き誰でも見やすくした。

 色覚障がい者でも見やすい色使いにし、触るとすぐわかる工夫もしているそうだ。