娘婿のレオナルドさん(右)もイタリア会館で働いている。ドリアーノさんのファッションはさすがイタリアーノ

「琵琶はただの楽器じゃない。美しい音色を奏でる“彫刻”なんですよ」

 琵琶の魅力について、ドリアーノ・スリスさん(71)に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

琵琶の音色はとても“現代的”

 福岡県福岡市の中心部近くに、ドリアーノさんの自宅兼工房がある。イタリア人でありながら日本で唯一の琵琶修復師だ。

「生まれたのはイタリアのサルディーニ島です。地中海に浮かぶ美しい島。その後、ローマに移りました」

 ドリアーノさんは、国立の音楽アカデミーでクラシックギターを専攻し、人形劇団にも入った。その後、自身でも人形劇団を立ち上げて、自ら脚本と演出を手がけるようになる。

 そのころ、日本人女性と出会い結婚。妻を通して日本に興味を持ち、1974年、初めて日本を訪れた。

文法をできるだけ省き、「楽しく学べる」を主体にしたイタリア語の教科書。大学などでも教材に採用されている

「日本に来て半年が過ぎたころ、たまたまラジオから琵琶の音が流れてきたとき、ものすごい衝撃を受けました。独特で、不思議な音色で、とても魅力的でした。西洋の人間には、琵琶の音色はとても“現代的”に聴こえるんですよ。日本人には“古い音”に聴こえるようだけど(笑)」

 その衝撃が忘れられず、友人のツテをたどって、福岡県の無形文化財で、日本でただひとりの筑前琵琶職人・吉塚元三郎さんの工房を訪ねる。弟子入りを懇願すると、吉塚さんは快く「明日から来なさい」と言ってくれた。

当時は、日本語もあまりよくわからなかったので毎日、琵琶の作り方と同時に日本語も勉強しました。師匠が話しているのをメモして、夜、家に帰ってそのメモを見て辞書で調べようとしてもわからない。“イキヨッタタイ”とか“バッテンクサ”なんて辞書には載っていませんからね(笑)。私は長いこと、鋸のことを“ノコッタイ”と思っていたくらい(笑)

日本文化を好きになるほど母国も好きになった

作業中のドリアーノさん。琵琶の本体はクワの木で中をくり抜いて作られる

 苦労しながらも5年間、琵琶職人として修業に専念した。そして'81 年、イタリア語教室を併設する『イタリア会館・福岡』を設立する。

「生活して日本文化が好きになればなるほど、イタリアの文化も振り返り、日本に来る以前より好きになっていった。そこで料理やファッションなどのイメージとは異なる側面を紹介できるように、イタリア会館を設立したんです」

 イタリア会館では、語学教室をはじめ、映画、美術、音楽などのイタリア文化をさまざまな角度から紹介している。会館ではイタリア人のスタッフ5人が働き、ドリアーノさんの娘さんもいる。

 ドリアーノさんは現在、火・水・木にイタリア会館へ出勤し、それ以外は自宅の工房で琵琶の修復に専念している。

 琵琶の修復は琵琶奏者だけでなく、博物館などからも依頼があるそうだ。

修復された筑前琵琶。琵琶には薩摩琵琶、肥後琵琶などもある

僕は琵琶で商売はしたくなかったんです。それに琵琶の修復には時間がかかる。“修復”と“修理”とは、ずいぶん違うんです。修理は、ただ音が出るようになればいいのですが、修復は“もとに戻す”のが目的です。作った人の意図どおりに再現するということですね。

 例えば琵琶の前面に傷がついた場合、修理だったらカンナで削ればいい。でも、それだと木の厚みが変わるので音色も違ってきます。修復では琵琶に濡れた布をのせて、そこに焼きごてを当てて大量の蒸気を木に浸透させ、少しずつへこみをなくしていく。そんな気の遠くなる作業ですから商売にはなりません」

 商売として成立しないゆえに弟子はいない。7~8世紀には日本へ伝来していたと言われる琵琶。失われつつある伝統の技術を、ひとりのイタリア人がいまに伝えてくれている。