昨年10月20日のお誕生日に際してのお写真

 '03年より皇室取材を行い、'14年に著書『天皇陛下の本心―25万字の「おことば」を読む―』を出版した山本雅人さんが、今でも心に残っている美智子さまの「おことば」を語ってくれた―。

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 '04年に両陛下が埼玉国体にお出ましになった折、県内の福祉施設『東松山市総合福祉エリア』に訪問されたことがありました。私も記者として同行して、美智子さまが入所者にお声がけをしているところを拝見していました。

 その中に、以前は言葉を発することが困難だったけれど、言語療法で話せるようになった高齢の女性がいました。その女性が療法を施した言語聴覚士を指して「この人のおかげでよくなりました」と、美智子さまに伝えました。

 すると美智子さまは、言語聴覚士に「あなたのおかげで……ありがとうございました」と、自分のことのように感謝をお伝えしていたのです。皇后として“国民のために尽力した人に対してお礼を伝える”という、美智子さまのお人柄が表れていた場面だと感じましたね。

'04年10月『東松山市総合福祉エリア』ご訪問の様子

 両陛下が退位された後、公務などのお仕事はされない予定ですが「上皇」「上皇后」になられます。今後どういったことをなされるかを美智子さまの'18年のお誕生日回答で語られていて《私も陛下のおそばで、これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ》と、上皇后になられても陛下とともに祈り続けると、おっしゃっています。

 以前から“祈りの大切さ”を述べられていた美智子さまですが、これはどちらかといえば「公」のお話です。「私」のお話で言うと、お代替わりのあとに『仙洞御所』にお住まいになることを、楽しみにされていると思います。

かつてのお住まいの“お気に入りの一部屋”

 皇太子ご一家が生活されている『東宮御所』を改修して『仙洞御所』に呼称が変わりますが、'05年の美智子さまのお誕生日でのご回答では、

《清子の嫁ぐ日が近づくこの頃、子どもたちでにぎやかだった東宮御所の過去の日々が、さまざまに思い起されます》

 と述べられています。'18年のお誕生日でのご回答でも、

《仙洞御所となる今の東宮御所に移ることになりますが、かつて30年程住まったあちらの御所には、入り陽の見える窓を持つ一室があり、若い頃、よくその窓から夕焼けを見ていました。3人の子ども達も皆この御所で育ち戻りましたらどんなに懐かしく当時を思い起こす事と思います》とおっしゃっていました。上皇后になられてからは、仙洞御所で昔を思い出されながらお過ごし、できればお子さま方もお集まりになると素晴らしいお時間になると思います。

 ご結婚50年の記者会見でも、印象に残っているお話があります。「夫婦としてうれしく思われたこと」についての質問で、赤坂御用地内を散歩されていたときのことをお話しになっている箇所です。

《赤坂のお庭はくもの巣が多く、陛下は道々くもの巣を払うための、確か寒竹だったか、葉のついた細い竹を2本切っておいでになると、その2本を並べてお比べになり、一方の竹を少し短く切って、渡してくださいました。少しでも持ちやすいようにと思ってくださったのでしょう。今でもそのときのことを思い出すと、胸が温かくなります》

 美智子さまに対する陛下の愛情が、よく表れている素敵なエピソードです。

'04年に訪問された埼玉県内の福祉施設でも「愛」のこもったおことばを……