ドラマ『離婚なふたり』のワンシーン
 テレビを見ていて「ふと気になったこと」や「ずっと疑問に思っていたこと」ってありませんか──? そんな“視聴者のナゼ”に『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』など人気番組を多数担当する放送作家・樋口卓治がお答えします!

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「樋口さんが脚本を書かれたドラマ『離婚なふたり』(4月5・12日放送)楽しく見させていただきました。気づいた点といえば『最高の離婚』や『ゆとりですがなにか』といった他局のドラマのオマージュが散見されたことです! こういった局をまたいだオマージュって、アリなんでしょうか……? キャスティングの経緯や裏話もぜひお聞きしたいです」(50代・主婦)

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 ご質問&ドラマ視聴、ありがとうございます。

 ということで今回は、初めて書いたドラマのよもやま話をさせていただきます。

 ドラマはこんな話──。

 夫婦ものドラマの名手である脚本家・野田隆介(リリー・フランキー)が、新ドラマの執筆中に妻・今日子(小林聡美)に「私と離婚してください」と言われてしまう。

 隆介は脚本でも直すかのように夫婦の溝を修正しようとするが今日子は本気。弁護士・堂島正義(岡田将生)に相談。弁護士はこれまでの脚本を読み、実際の夫婦とドラマの夫婦が違いすぎ、これが離婚の要因であると隆介に詰め寄る。離婚の理由を懸命に考える今日子に対し、隆介は世間体など気にしてばかり。夫婦は再起をかけて熱海に旅行に行く。はたして離婚となるのか……。

 そもそもは、'16年に上梓(じょうし)した小説『ファミリーラブストーリー』が原案になっています。

 小説のドラマ化のお話をいただき、テレビ朝日プロデューサーの服部さんから、脚本も書いてみませんかと背中を押され書いてみることにしました。初稿ができあがったところで、主人公・野田隆介をリリー・フランキーさんにお願いしました。

 ここからドラマ以上にドラマチックな怒濤の展開となっていきます。

 リリーさんから、監督に映画『美しい星』で仕事をされた吉田大八さんを推薦されました。

 リリーさんと大八監督は同い年で、見て育った音楽や映画が一緒で、信頼しあう同士。「大八さんの作る作品にハズレがないから」と笑顔で言われ、私もなるほど! と思ったのですが、

 初めて書くドラマを撮るのが日本アカデミー賞の最優秀監督って! 初めて行く海外がモンテネグロくらい大変なことになってしまい……、とりあえず断られるのを覚悟して、プロデューサーと3人で食事をしました。

 大八監督もお忙しい時期で断る気満々だったそうです。結局は受けてもらえることになり、ど素人脚本家とドラマ演出初の映画監督との蜜月の日々が始まりました。軟弱な子どもが厳しいヨットスクールに入学したような気分でした。

 リリーさん曰く、映画『羊の木』は32稿までかかったそうです。ヒェーッ!

 初稿もいったん更地にして書き直しましょうということになりました。

 そのころ、やりとりしたメール。

むしろ今樋口さんに書いていただくべき(新・初稿)は切れば血が出るリアリティと軽みを両立させたような、夫婦のドラマです。長年積み重なった歪み・傷・欲望・打算などを抱えたまま地獄に落ちてもいい覚悟を決めたうえで笑って握手する二人を描ければいいと思います

 険しすぎる……、これを読んだとき、軽くめまいがしました。

(※切れば血が出る〜の言葉どおり、途中、いぼ痔と謎のじんましんにもなりました。笑)

 そこから毎日、せっせと脚本書きが始まり、書いてはメール、打ち合わせしては執筆の繰り返し。メールも打ち合わせも的確なアドバイスをしてくれ、そこからいろんなことを学びました。息抜きに面白かった映画や本、音楽もすすめてくれるサービス付き。

 新・初稿を見せて、「いいセリフありました?」と私がなにげなく聞くと、大八監督は少し思案して、「『燃費がよすぎて入れ時わかんないのよね、この車』くらいですかね」と言われ、あごが落ちそうになりました。

 そこだけかよ! と心の中で叫び、そんな日々を続け、なんとかかたちが見えてきました。

 作中に「夫婦は、そもそも他人でしょ、他人同士が、一緒に困難を乗り越えることで、初めて夫婦としての絆が生まれる、ていうのかな」という隆介のセリフがありますが、これがこれまでの彼の価値観だった。このセリフがドラマで一番ダサいセリフになるよう心がけ脚本を書きました。

 とにかく打ち合わせが楽しかったのも確かです。どMか!?

 質問に《他局のドラマのオマージュが散見〜》とありましたが、

 隆介は脚本家としてはベテランだけど一流になりきれない男だったので、一流の脚本家を意識させるとキャラクターが立つと思い、『最高の離婚』での坂元裕二さんのセリフ、コピーライターの仲畑貴志さんの言葉などを引用させてもらいました。また実名が登場することで視聴者によりドラマを身近に感じてもらえるのではと思いました。

 また、テレビ局がテレビ朝日だったり、小津安二郎監督の『東京物語』の映像をお借りしたり。決して迷惑にならないよう心がけました。これらが成立したのは服部プロデユーサーが先方と丁寧なやりとりをしてくれた賜物(たまもの)です。

 またリリーさん、大八監督と合言葉のように、子どものころに見た、なんか変だけど心に残るドラマにしよう! というのが反映されているのだと思います。

 新・初稿が上がり、脚本をいろいろな俳優さんに読んでもらい、妻・今日子役に小林聡美さん、弁護士・堂島役に岡田将生さんが引き受けてくれました。

 こんな夢のようなキャスティングは吉田大八さんが監督するから! という一点に尽きると思います。

 あ、あと……、ビックリしないでね。

 このドラマは実話も入っていて、ちょうど、私が『天国マイレージ』という小説を書いていたころ、妻に離婚を切り出されたんです。小説では家族の絆を描いているのに、私生活は離婚に悩む中年男性……。客観的に、このときの感情が面白いと思い、『ファミリーラブストーリー』を書きました。

 脚本を書いているときに離婚が成立してしまいますが……。汗

 撮影に顔を出すと、リリーさんがエキストラの方々に、「この話、脚本家さんの実話で、俺はその嫌な夫を演じてるんだよ」と私を紹介してくれました。当然、エキストラの方々の目が点になり、「ボヘミアン・ラプソティみたいなもんですよ」とフォローしたけど、全員ポカンとしてました。

 またリリーさんに、「このドラマを奥さんに見てもらって、なんとか離婚を回避できればいいと思っていたけど、間に合いませんでしたね(笑)」とあのいい声で言われるたび、お酒をおごってもらうことにしています。

 思い出に残っていることはたくさんありますが、ひとつ挙げると、

 撮影が終わったころ、大八監督から、リリーさんと小林さんが演じた野田夫婦を俺たちで接待しませんか? とメールがあり、4人で食事会をしたことです。リリーさんと大八監督が私より一つ年上、聡美さんが一個下なので、同じ高校の先輩後輩が集まったような楽しいひとときでした。

『世の中の出来事を「好奇心」で楽しいに変換する仕事』

 というのが放送作家としてのモットーで、この物語を書き始めることができました。

 そして多くの人に支えられてできたドラマです。

 この場を借りて、ドラマ化を提案してくれたテレビ朝日・奥川晃弘さん、脚本の背中を押してくれたテレビ朝日・服部宣之さん、愛のあるダメ出しをくれた吉田大八監督、演じてくださったリリー・フランキーさん、小林聡美さん、岡田将生さんはじめ俳優、スタッフのみなさまに感謝を述べたいと思います。

『ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ』を聴きながら


<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。