山口真帆(ツイッターより)

 私のような経営コンサルタントの重要な仕事に「組織防衛」というジャンルがあります。NGT48の山口真帆さんの事件を巡ってAKBグループの運営元であるAKSが今、組織防衛失敗の危機にあります。なぜこんな状況に陥ったのか、コンサルタントの視点で解説してみたいと思います。

不起訴=事件じゃない? 会社を攻撃する加害者?

 事態の新展開は昨日、4月21日に起きました。昨年に暴行被害を受けそれに対する運営の対応を批判してきた山口真帆さんが、彼女と仲の良い長谷川玲奈さん、菅原りこさんと3人同時に卒業すると発表したのです。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 そしてその発表のステージで「社長からは“不起訴になった。イコール事件じゃないってことだ”と言われ、そして今は“会社を攻撃する加害者だ”とまで言われています」と組織の中での窮状を主張する手紙を読み上げました。

 夢を求めて頑張ってきた職場から被害者のほうが去らなければいけないという事態に対して、ファンの間からは怒号が巻き起こりました。これまで山口真帆さんから「運営にきちんと対応をして解決してほしい」と投げかけてきた要望は、ある意味でグループ崩壊を救う「くもの糸」のようなものでした。

 それに対してAKS運営側は第三者委員会についての記者会見などで世論を敵に回すなど対応を誤ってきました。ここで今回の事態のかじ取りを間違えば、AKBグループを救うくもの糸はぷつんと切れる可能性があります。

 少し話題がそれますが、この問題に関する私のバックグラウンドをお話しします。

 私がプライベートで所属するクイズ夜会ではアンダーグラウンドな社会問題を研究するイベントを毎月開催していて、実はこの問題についても週刊誌で実際に取材をしている記者の人たちたちを招いて話をうかがっています。イベントの楽屋にいると「まだ記事にしていない情報」なども耳に入ってきます。

 記者の人たちがまだこれから記事にする話をここに書くのは本筋から離れるのでその細部には触れませんが、ひとつだけこの問題の核心になるポイントに触れさせていただくと、この問題について運営側が「組織防衛」という観点で後手後手に回っているのには原因があります。

 ひとことで言えば双方に違う言い分があるようで、そのことが「組織防衛」の障害になっているのです。

 事件の関係者や退任した前支配人とのやりとりなどにいわゆる「藪の中」という問題があって、運営側は山口真帆さんの意見に対しておそらく一部反論をしたいと思っている節がある。ところがそのことは組織防衛という観点で言えば完全に目的を見失った、間違った対応で、それもあってAKSは失敗をしているのです。

 この記事の立場をはっきりとさせておくと、この記事ではどちらかの立場に立って事件の細部について何が正しいのかという議論を展開するつもりはありません。

 そうではなく、このまま事態が進行してしまうとAKBグループが組織としてどうなってしまうのか、そのリスクを示したうえで、組織防衛をしたいのであれば(AKBのファンならその組織を守りたいと思うはずですが)AKSが今と違った行動をとったほうがいいという話をしたいと思います。

ここまでのAKSの組織防衛は0点

 組織防衛の観点からここまでのAKSの対応の結果だけを見れば0点に近いものです。振り返ると、

(1)当初、問題が発覚するまで極力その問題が露見しないように前支配人が事件を隠蔽しようとした

(2)事件が発覚した後に前支配人を更迭し、第三者委員会に事件を調査させた。しかしその調査自体もきちんと行われていないことがわかったにもかかわらず、なぜか第三者委員会ではなくAKS側が「問題なし」という結論ありきの記者会見を開いた

(3)問題は終了したという体をとって、新体制で新スタートすることにした

(4)県や市、企業などスポンサーがつぎつぎと撤退を表明した

(5)事件の被害者側が卒業する今回の事態が起きた

 という結果です。

 つまり問題は昨年末からずっと続いているのです。それをあたかも問題が終わったかのごとく処理しようとしていることが事態を悪化させています。

 ではなぜ結果が0点の対応をしているのかというと、ここが問題なのですが、プロセスとしてはこの対応は0点とは言えないのです。

 読者の皆さんにはあまり感情的にならずに読んでいただきたいのですが、大組織においては上層部が隠蔽という対応を取ることは、事柄の大小などに応じてケースバイケースですが一般的には「あり」なことでもあります。

 企業でも政府でも現実社会は隠しごとだらけです。これは組織防衛論の基本で事件が当事者の間で穏便に解決されるのであればそれをなかったことにするという対応は、有能な管理者であればあるほど巧みに処理するものなのです。

 AKSの場合の問題は、前支配人はその点で有能ではなかったということでしょう。相手によって巧みに言葉を変えてことをおさめようとしたのでしょうが、結果を悪化させて事件を露見させてしまいました。

 では、事件が発覚してしまったときにはどう対応するのが組織防衛論的に正しいのでしょうか。

 正しいプロセスとしてはスケープゴート(いけにえ)を用意して迅速に処断することです。もしAKSがもう少し腹黒い組織であったならば、前支配人と一部の関係者に責任を押し付ける形で厳しく処分していたはずです。そうしていれば、そこで組織は防衛されたはずです。

 こう書くことでたぶん多くの読者は気分を悪くされたのではないかと思います。別にこうしたらいいという話をしているのではありません。そうではなく「世の中の腹黒い組織では日常的にこういった組織防衛がなされている」という話を紹介しているのです。そこは誤解しないでいただけたらと思います。

「腹黒くなりきれなかった」ことで状況を悪化

 ところが今回の問題の本質は「藪の中」なのです。迅速に誰かに責任をおしつけて処分するということは、山口真帆さんではない別の誰かについて、事実をきちんと確認せずにその夢を奪うという処分になりかねません。

 そこまで悪になりきれなかったというのがAKS上層部の対応のぐだぐだの原因だと私は見ています。悪い言い方をすれば「腹黒くなりきれなかった」ことで状況を悪化させました。

 それで第三者委員会です。双方へのヒアリングも十分にできないまま事件が解明されたとはいえないという報告書を提出し、それを受けて運営側が「結局細部はわからないので処分はしません。心機一転再スタートしますのでよろしくお願いします」とやったのが、前回のぐだぐだ記者会見以降の顛末でした。

 ここまでのプロセスとしては0点とは言えませんが、40~50点と言うところでしょう。しかしそれで引き起こされた結果は、前述のとおり0点。いまや問題はNGT48ではなくAKSの吉成夏子社長と松村匠取締役に着火しています。言い換えるとAKB48、HKT48を含むグループ全体に火が広がっているのです。

 私の想像ですが経営陣はここにきてまだ「事実について争いたい」と考えているのかもしれません。山口真帆さんが主張する事実とは別に、新潟の運営サイド、他のメンバーたちから耳に入ってくる違う事実がある。藪の中をあきらかにしていかなければ正しい組織運営はできないと正直に考えているのではないでしょうか。

 ある意味で善良なひとたちなのかもしれませんし、10年前ならそういう経営もありだったのだと思います。またこれがブラック企業として問題になっているような業態の組織であれば、多少の世論の反発は無視してもいいという経営方針はありかもしれません。

 しかし今の時代の芸能プロダクションの組織防衛論としてはこの対応は大きく間違っている。そこが問題です。

 最も重要な判断ポイントとしては、大スポンサーがつぎつぎと契約更新を止めた段階。ここで対応方針を変えたほうが望ましかった。ビジネスとしてはスポンサー相手の商売をしているのがAKSです。経営に関わる甚大な結果が起きてしまったわけです。

 そして客観的にみてもこの段階で「山口真帆が卒業すれば最後の一押しになる」ということも見えていたのです。にもかかわらず運営はその結果を引き起こしてしまいます。

やさしさがAKBグループを壊そうとしている

 ファンの皆さんにはあらためて気づいてほしいのですが、山口真帆さんの手紙をステージで読ませるということ自体が、組織防衛論の教科書的には0点の行為です。にもかかわらず運営はそれを許容した。つまり組織を守りきることができない徹底的にやさしい人たちが運営している。そのやさしさが今、AKBグループを壊そうとしているのです。

「平成」の時代は善良でやさしい人が苦悩をする時代でした。しかしこれから始まる「令和」の時代は違うと私は思っています。周囲や世論をしたたかに動かすスキルを身につけないと生きていけない、苛烈な時代がやってくるのです。

 令和の時代には経営者もユーチューバーになったり、ZOZOの前澤友作社長がかつてやっていたりしたように、ツイートを繰り返して世論を動かすことの意味を体感していかなければもはやダメな時代がやってくる。そんなことをAKSの事件から私は感じました。

 これまでAKBグループについてはその影響力から芸能界では一定の忖度がなされてきました。私も関わっているBSスカパーの『地下クイズ王決定戦』は「地上派で放送できないアンダーグラウンドなクイズがつぎつぎと展開される」と銘うっているのですが、それでもAKBのスキャンダルについてはこれまで出題されることはなかった。

 もしそういった芸能界の忖度が崩れるとしたら、そうなったタイミングがAKS組織防衛の最後の防衛ポイントなのかもしれません。


鈴木 貴博(すずき たかひろ)◎経済評論家、百年コンサルティング代表 東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。近著に『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。