違法なドラッグで逮捕されても、アメリカではそれほど騒がれることはない(写真はイメージです)

 ピエール瀧のコカイン所持逮捕事件が、波紋を呼び続けている。CMの放映は中止され、大河ドラマも別の役者で再撮影されるとのこと。それらをめぐって損害賠償はどうなるのかという話題も聞く。

 言うまでもなく、悲しいかなハリウッドは、違法ドラッグがらみのトラブルに関して経験豊かなベテランだ。有名スターがこのような事件で逮捕された場合、アメリカではどれくらいの騒ぎになるのか?

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「キャリアが終わる」ことはない

 答えを先に言うなら、ほとんど騒がれない。過剰摂取(OD)で命を落とした、あるいは落としそうになったとなれば、もちろん大ニュースだ。だが、逮捕されただけならば、誰も大して驚かないというのが、実際のところなのである。

 薬物使用でキャリアが落ち目になったスターも、もちろんいる。しかし、それは逮捕のせいで映画やテレビから締め出されたというより、依存症の影響で職場に迷惑をかけた結果である。遅刻や無断欠勤をする、セリフを覚えてこない、などだ。

 そんな人を雇うと振り回されて大変だし、何しろ保険会社が嫌う。ハリウッドでは映画の製作プロジェクトごとに保険に入るのだが、キャストにこういう人物がいると、保険代が桁外れに高くなるのだ。

「アベンジャーズ」「アイアンマン」シリーズでおなじみのロバート・ダウニー・Jr.は、過去に薬物がらみで服役し、出所してきた後、ウディ・アレンから出演をオファーされるも、出演にあたっての高額な保険代が理由で最終的に断られた。

 彼の場合は、親しい友人メル・ギブソンが、「保険代は自分の懐から出す」と、自らプロデューサーも兼任する映画『The Singing Detective(日本未公開)』に出させてくれたおかげで、復活の機会を与えられている。リンジー・ローハンも、保険が高くなりすぎて「事実上雇えない人」のハンコを押された1人だ。

 1990年代末に、コカイン所持で何度か逮捕されたチャーリー・シーンは、きちんと更生しないまま、2000年代にコメディー番組「Two and a Half Men」でキャリアのピークを謳歌するも、12カ月の間に3度も依存症更生プログラムのため撮影を停止するなど、迷惑をかけ続けた。それでも製作側は我慢し続けてくれたのに、シーンが反省しないばかりか、揚げ句に番組のクリエーターの悪口を公にぶちまけたため、ついにクビになっている。

 人気コメディードラマ「フレンズ」で6人いる主役の1人、チャンドラーを演じたマシュー・ペリーも、放映中、薬物依存症で更生施設に入所したり、その影響で体重が極端に増減したりしたが、番組にはそのまま出演し続けた。

 ゴールデンタイムに放映される子どもも見る国民的人気番組だったが、追い出されなかったのだ。アメリカではとりあえず時間どおりに現場に来て仕事をこなせるなら回復を見守るというのが、基本的な姿勢なのだろう。番組の視聴者からも、そのことに対する異議は聞かれていない。

 それでも、ペリーは、「フレンズ」のシーズンの合間に映画を撮影した折、途中で依存症が悪化して治療のためにロケ地を抜け、ロサンゼルスに戻るということをしている。それによって、製作予算にも影響が出ているはずだ。

 ダウニー・Jr.も、ドラマ「アリーmy Love」出演中に薬物がらみの警察沙汰で出演を続けられなくなったことがあった。だが、そのどちらのときも、シーンが「Two and a Half Men 」を急きょクビになったときも、損害賠償はどうなるのか、などという話題は出ていない。おそらく、契約書ではあらゆる場合が想定され、対応が決められているのだろう。

薬物によって亡くなった場合どうする?

 撮影中にODで死んでしまったという場合も、はたしてどうやって撮影を続けるのか、という物理的な部分の話は出ても、この人のせいで出る損失をどうするか、という話はまず聞かない。実際にそのような問題で頭を抱える人はいるのだろうが、誰かが亡くなったときにそんな話を出すのは不謹慎だという配慮と思われる。

 2008年に急性薬物中毒で亡くなったヒース・レジャーの主演作『Dr. パルナサスの鏡』は、レジャーの友人だったジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人が代役を務めることで完成した。3人はギャラをレジャーの娘に寄付している。

 フィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなったとき、『ハンガー・ゲームFINAL:レボリューション』を撮影中だったが、彼の出演シーンはほとんど撮影が済んでおり、残りは脚本の書き換えで対応した。

 それらの映画が公開されたとき、人々は、純粋に彼らに敬意を捧げ、才能ある人を失ったことを悲しんでいる。違法ドラッグをやるから悪いのだというような声はまるで出ないし、レジャーは死後に『ダークナイト』でオスカー助演男優賞を受賞してもいる。

 リバー・フェニックス、ジョン・べルーシ、ホイットニー・ヒューストン、クリス・ファーレイなど、ハリウッドはあまりにも多くの人々をドラッグのせいで失ってきているがために、この悲しい現実を人は受け入れ、「また起きてしまったのか」と、ただやるせなさを感じるのかもしれない。

 だからこそか、アメリカはまた、カムバックストーリーを非常に愛する。代表の1人は、ドリュー・バリモアだ。明るくチャーミングな彼女が、13歳で依存症更生施設に入ったことは、もはや知らない人のほうが多いかもしれないが、彼女は自分のそんな時代についての回想録も出版している。

 2000年代半ばに何度かヘロインほかの薬物所持で逮捕されたニコール・リッチーも、今では幸せな妻、母として、好感をもたれる存在になった。

アイアンマンを悩ます悪魔

 そんな中でも、やはりいちばんはダウニー・Jr.だろう。6歳のときに依存症の父からマリフアナを教わり、若い時期をドラッグとアルコール漬けで過ごしてきた彼は、2003年にきっぱりと薬物を捨て、カリフォルニア州知事から恩赦も受けた。しかし、そうやって暗い過去とすっかりさよならできるかと思いきや、そうもいかなかった。

 今度は彼の長男でミュージシャンのインディオがコカイン所持で逮捕され、治療を受けることになったのだ(2016年には、リハビリを終了したとのこと)。アイアンマンをもってしても、薬物という悪をやっつけるのは難しいのである。

 悪魔はいつも、すぐ隣にいて、優しくほほ笑んでいるのだ。自分は打ち勝っても、次にわが子や友達が狙われるかもしれない。その戦いにハリウッドが打ち勝つ日は、はたして来るのだろうか。


猿渡 由紀(さるわたり ゆき)◎L.A.在住映画ジャーナリスト 神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。