近年はSNSの充実で、地方からも全国的な人気を獲得するコンテンツが誕生している。これからも確実に地方からスターは生まれ、それらの命は、東京のエンタメ観では見つけられない場所で産声をあげています。そんな輝きや面白さを、いち早く北海道からお届けします。(北海道在住フリーライター/乗田綾子)

山口真帆(NGT48オフィシャルサイトより)

事件を放置したAKS

 正直、今までどんな言葉をもって表現すればいいのか、ずっとわからないままでいました。NGT48のメンバー・山口真帆さんの暴行事件と、それに関するAKS(NGT48の運営会社)の一連の対応についてです。

 2018年12月、山口さんは自宅玄関先で男性2人から突然、顔をつかまれ、押し倒されそうになるなどの被害にあいます。加害男性は暴行容疑で新潟県警に逮捕されましたが、のちに不起訴処分となり釈放。

 この時点で事件はまだ表ざたになっていなかったものの、山口さんは加害男性の証言から事件へのNGTメンバーの関与(加害男性に山口さんの自宅住所や帰宅時間などを教え、接触を提案したなど)を確信したうえで、グループの健全化を願い、AKSに「事件への適切な対応」「関与メンバーへの厳しい処分」を強く訴えます。

 しかし約1か月たってもAKSは事件への対応、山口さんの訴えを放置。それどころか、AKS側は山口さんに関与メンバーの解雇をいったん、約束しながらもすぐに反故(ほご)にするという裏切り行為まで行っています。

 山口さんは芸能活動に支障が出るほどの心の傷を負った末に、「もう誰も同じ思いをしてほしくない」との理由から、動画配信サービス・SHOWROOMやTwitterで暴行被害、およびAKSへの不信感を告白。ここでファンが事実を知り、翌日からは各メディアでも一斉に報じられていったというのが事の次第です。 

 事件に対してどう言っていいかわからない、というのは、自分が事件の当事者ではない外野の人間という自覚があるからこそでした。山口さんが苦しんでもなお「守りたい」と願っていたNGT48に対し、最後の最後まで健全化を願って見守っておくべきなのではないか、という自制も少し含まれていました。

 しかし最後の最後まで、AKSは山口さんを守ることなく「会社を攻撃する加害者だ」と逆に切り捨て、山口さんはついにNGT48からの卒業を発表します。

 その決断は山口さんの願いが、ついに叶わなかったことを証明するものでもありました。

ファンだけではない、新潟県民の思い

 2005年に誕生したAKB48、そして2008年のSKE48を皮切りに全国に広がっていったAKB48グループの基本コンセプトはいずれも「会いに行ける」というものです。

 特に中心的存在であるAKB48が大ブレイクし、国民的アイドルという肩書を得て以降、その姉妹グループも国民的ブランドの安心感を後ろ盾に地域密着を掲げ、それぞれの地方で活動してきました。

 その中で2015年に国内5番目の姉妹グループとして誕生したNGT48。グループの活動拠点である新潟県は、他のAKB48グループの活動拠点(東京都、愛知県、大阪府、福岡県、瀬戸内7県)と比べても飛びぬけて人口減少率が高く、また高齢化もかなりハイペースで進んでいる地域になります。

 同じく人口減少と少子高齢化に直面している地方に住む人間として、新潟に思い入れを抱いて生きている人たちの日々を思えば、NGT48が掲げた「地域密着」の言葉はどんなにうれしく、そして、どんなに支えになったことかと思います。

 だからこそNGT48の場合は新潟県をはじめ県内各市町村、また地元企業からの手厚いバックアップも早々に実現したのでしょう。

 しかし事件発生以降の対応、特に山口さんの証言に見られるようなAKS側の被害者無視の態度は、NGT48はもちろん、AKB48グループというブランドそのものへの信頼まであっという間に失墜させました。

 そしてここにきて不思議なのは、AKS側にはどうやら新生NGT48プロジェクトをもう一度、始める意思があるらしいということです。

 被害者を救えなかったばかりでなく、何よりも「地域密着」に対する地元の大声援を最悪の形で裏切ってしまったアイドルグループが、はたして地方でこの先どんな夢を紡いでいくつもりなのか。私には新生NGT48の明るい未来が、いまだまったく想像できていません。

暴力的に踏みにじった、少女の夢

 4月21日、新潟の専用劇場で行われた山口さんの卒業発表は、テレビ越しに見ていても本当に悲しいものでした。そのうえで私がずっと忘れられないのは、涙をこらえきれない彼女がそれでも必死に前を向き、客席で聞いているファンに一生懸命、笑顔を見せようとしていたことです。

 実際には笑顔を見せた瞬間も、マイクの下の彼女の手はずっと震えていました。きっと本当の山口真帆の心というのはあの手元にあって、手紙を読み終えるまでずっと、彼女は思いを打ち明ける恐怖や苦しさと懸命に闘っていたのだと思います。

 しかしその一方、スポットライトを浴びてステージに立っている「NGT48の山口真帆」は、どんなときも笑顔でいたいアイドルだったのだろうと、心から感じさせられました。

 そしてその笑顔の努力は、やはり全国トップクラスの人口減少地域である青森県で育っていた彼女が、かつて、ひとりのファンとしてAKB48の渡辺麻友に憧れた“希望の記憶”を持つ人だったからこそ、生みだされたものだったのだろうと、どこか思ってしまうのです。

 それを考えると今回のAKSの対応は、地域密着を掲げた少女たちを温かく受け入れた新潟県民、そしてアイドルに憧れて故郷を出たひとりの少女の夢を、暴力的と思えるほどの身勝手さで完全に踏みにじってしまったものであったと、改めて悔しさや憤りを抱きます。

 そして地方に生きる人々のさまざまな思いを傷つけてまで、NGT48のプロジェクトを守り抜こうとするその意義とは一体、何なのか。

 少なくとも現状を見る限り、もうそこに「地域密着」のかけらもないだろうな、と外野ながら同じ地方民の私は確かに感じています。


乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版しているほか、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181