山本志乃さん 撮影/北村史成

 地方の町を歩いていると、通りでやっている朝市に出会う。野菜や花、魚や加工食品などを売る店が路上に並び、近隣の住民が買っていく。そこには、都会のスーパーや商店街では感じられない活気に満ちあふれている。

 本書の著者・山本志乃さんは30年にわたって、各地で開催される「市」を訪ね、そこに集まる人たちの話を聞いてきた。そのきっかけは?

目の肥えた常連客がいい市を維持させる

大学院のとき、千葉県大多喜町の朝市に行きました。私は市を勝手に雑然とした駆け引きの場ととらえていて、軽く“まけてくれない?”と聞いたら、売り手のおばさんに“だめだよ”って断られたんです。

 思い込みをくつがえされたことで探究心が湧いて、出店する農家に住み込んで一緒に市に出させてもらったんです。

 出店者の話を聞くほか、店にカセットレコーダーを置かせてもらい、店主と客の会話を分析しました。

 常連客は最初から買うものを決めて来るし、売るほうも相手の好みや家族構成を知っているから量も調節できます。それで買ったあとに、ちょっとだけ“おまけ”を渡すんです

 市の内側から見ると、景色が違ったと山本さんは言う。全体を見渡せることで、人の動きがよくわかった。学生だったから警戒心を持たれずに、店の人たちにも歓迎されたという。

「そこで会ったのが末吉之子(ゆきこ)さんでした。もち、水ようかん、漬物などの加工食品をずらりと並べて売っていました。その18年後、之子さんと再会し、彼女が40年書いてきた日記を預かりました。そこには畑仕事や市で売ったものが詳しく記録されていました。

 農作業の機械化によって時間ができることで、作物よりも加工食品に重点を置くようになった。また、お客さんとの会話から、かつてつくられていた“焼き米”を再現しています。そうやって工夫することは、単に商売のためだけでなく、之子さんの生きがいでもあったんです

 山本さんは就職後も、時間を見つけて各地の市に通った。

「高知市の日曜市に初めて行ったときは、出店数の多さに圧倒されましたね。どこから見ればいいかわからないほどでした(笑)

 市の世話をする市役所の街路市係の女性に協力してもらって、店主やお客さんに話を聞きました。

 日曜市の店主は客引きをしないし、礼儀正しいです。きちんとルールが守られている。観光客が多いイメージがありますが、この市を支えているのは地元の常連客です。

 毎週来て目が肥えている彼らを満足させる品物がそろうから、レベルが維持できるんです。“観光客は増えたけど、観光化はしなかった”と関係者は言っています」

規模が小さいから非常時に復活できる  

 市の出店者は実にさまざまだ。たとえば、宮城県内の市で知り合ったある夫婦は、山形や福島の市まで足を延ばす。

「東北各地で開催周期の異なる市が行われていて、このご夫婦はそれらの市を回って商売をしています。私はあえて電話番号を聞かなかったんですが、次にどの市に出るかを知っていれば確実に会えるんです。会うと“また来たの?”と笑われますが(笑)

 2011年の東日本大震災の際には、被災地である気仙沼の朝市が1か月後に再開した。

山本志乃さん 撮影/北村史成

ここでやめてしまうと復活できないと、頑張って再開したそうです。無事だった人たちが市で再会し、連絡板のような役目を果たしました。

 ほかにも閖上(ゆりあげ/宮城県名取市)の朝市が3週間後に復活しています。熊本県益城町でも'16年の地震のあと、2か月後に市が再開しています。

 規模が小さいから、自主的な熱意で再開できる。非常時に強いんです

 いっぽう、鳥取県の湯梨浜町松崎で再興された「三八市」では、「地域の人も出店者も楽しめる市」をテーマにファッションショーやフリーマーケットを行っている。

「商品は昔と違っていても、人が集まる場をつくるという点で、これも市なんですね。時代に合わせて変化していくものだと思います」

 それにしても、本書で紹介される「市に立つ」人たちのなんと生き生きとしていることか。働き方が問われている時代に、彼らの姿はまぶしいほどだ。

「市で商売する人の価値基準はお金だけではありません。自分で工夫を重ねてお客さんとの付き合いを長く続けていくことを大事にしています。

 お客さんたちとのやりとりなどから、新しいアイデアが生まれることもある。五感で仕事をする面白さを知っているのだと思います

 山本さんはあるとき、「市風に当たると1年中、風邪をひかない」という言い伝えを聞いたという。

市という場に出ることで世間を知ることができるという意味があるのでしょうね。私自身も市で会った人生の先輩にさまざまなことを教えてもらい、お手本になりました。きっと、市風に当たって成長したんですね(笑)

 いまは、行商に携わる女性を調査しているという山本さん。市に通う日々はまだ続きそうだ。

ライターは見た! 著者の素顔

 山本さんは市を調査するときに、つい自分でもいろいろ買ってしまうという。

「珍しい食材を見つけると、食べてみたくなります(笑)。でも、旅先だと生鮮食品は買えないので、豆や芋や味噌、つくだ煮のように日持ちのするものを買います。

 高知の日曜市に行くと、野菜や果物を2箱分ぐらい買って自宅に送りますね。スーパーで買うより格段に日持ちします。市で買い物をすると、料理の仕方も教えてもらえますよ

 山本さんについて市を回りたくなった。

『「市」に立つ定期市の民俗誌』(創元社)
山本志乃=著 1800円(税抜)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
PROFILE
●やまもと・しの●1965年、鳥取県生まれ。旅の文化研究所研究主幹。定期市や行商に携わる人たちの生活誌、庶民の信仰や女性の旅などについて調査研究を行う。著書に『行商列車 〈カンカン部隊〉を追いかけて』『女の旅 幕末維新から明治期の11人』などがある

(取材・文/南陀楼綾繁)