経営者、漫画家でもあるモカさん(33)は29歳のとき、マンション屋上から飛び降りた。社会の残酷さに純粋なまで絶望していたためだ。しかし、駐車していた車がクッションとなり、一命をとりとめる。その体験などをまとめた本が『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(光文社新書)だ。そんなモカさんに聞いた、当時のこと、そして「生きる」ということとはーー

元男性のトランスジェンダー、12階から飛び降りたことがあるモカさん

 元男性のトランスジェンダーであるモカさんは、2015年10月、12階のマンション屋上から飛び降りた。これが最初の自殺未遂ではない。ほかの手段も試したことがあり、手首を切って死のうとしたり、首つりを試みたこともあった。薬をたくさん飲もうとしたが、死ねないと思ったため、当時、住んでいたマンション屋上から飛び降りたのだ。

社会は残酷で理不尽

29歳までの5年間で、徐々に死のうと考えたんです。そのため、ネットで死に方を検索したり、死んだ後はどうなるかも調べていました。自分が試みたことは、決して間違っているとは思っていません。なぜなら、そのときに飛び降りなくても、いつか必ずそうしていたと思うから。そうしないと気がすまなかったんです。いま思うと、私にとって自殺未遂は人生の過程だと思っています」

 なぜ、モカさんは強い自殺衝動に襲われたのか。

 自殺をしたいと考える人には、いじめや虐待、体罰などの被害体験、家族や友人、知人が自殺や事故で亡くなったり、失恋などによる喪失体験をしている人が多い。しかし、モカさんの場合はそうした体験に由来していたわけでない。ただ、世界を変えたいと思っていた、というのだ。

とにかく社会は残酷だと思っていたんです。初めて社会の理不尽さを感じたのは、理解できないことを言っている上司の言うことに従うことです。そんなことがあるということは、より大きな権力者にもあらがえない。生活のため、家族のために、その理不尽に従うこともあるし、戦争で人を殺すこともあるかもしれません」

 モカさんなりに社会の現状と、あるべき姿を考えていた。

 そんな中、自分と同じように性の不一致に悩む人たちのために活動を始める。新宿・歌舞伎町で日本最大の女装イベント『プロパガンダ』を主宰。そこで出会った知人の中にも、「自殺したい人」がいることを知った。そして「社会は残酷」だと思っていたモカさんは、残酷なことを気にしない人が多いから、社会は変わらないと思った。

社会は残酷、弱肉強食です。と同時に、情の社会でもあると思っています。しかし、自殺未遂前は、残酷さしか見えていませんでした。そのため、世界を変えられるものなら変えたいとずっと思っていました。

 性別への違和感もあったので、23歳のころに稼いだお金でタイで性別適合手術を受けました。性別を変え、念願の漫画家になり、会社を作ってみたら、経営がうまくいった。そうしていけば、世界は変わると考えていました」

 それなのに、『残酷な世界』は変わらず、モカさんはこの世にいることが嫌になり、脱出したいと強く思って、12階から助走をつけて飛んだ。

元男性のトランスジェンダー、12階から飛び降りたことがあるモカさん

「痛い、痛い」と車のボンネットの上で叫び、意識が戻ったのが病院のベッドの上。腕、背中、胸の骨が折れる大ケガを負い、やがて死をあきらめる。自殺未遂後、モカさんの思考に変化が見られるようになった。“世界の残酷さ”を受け入れたのだろうか。

受け入れたわけではないですが、大人になった部分もあるのかもしれない。純粋な水に不純物が入っているような、グレーな人間になっています。だからこそ生きられています。死んじゃっても、生きていてもいいけれど、どうせ生きているのであれば、人間、楽に幸せであればいいと思ったんです」

 現在は、モカさんは悩みを抱えている人たちの相談に乗っている。

 当初の「お悩み相談」は、新宿二丁目で開いた女装バー『女の子クラブ』で行っていた。しかし、なけなしのお金で店に来た人がいたことをきっかけに、無料でやっていこうと決める。現在では、ホームページからの問い合わせや『みんなと会う会』を開き、約600人の老若男女からのお悩む相談を受けている。

悩みをもつ人と同化する

「メールが届いたら、返信するのではなく、電話をします。(心がけているのは)相手の気持ちが受け入れるようにしています。支離滅裂だったり、たとえ不純なことをしたいと言ったとしても受け入れます。仕返しをしたい、人を殺したい、という声もあるかもしれません。これらに対しても共感し、話し合います。じゃないと話が始まらないですからね。悩みをもつ人と同化するんです」

『12階から飛び降りで一度死んだ私が伝えたいこと』モカ・高野真吾著(光文社)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

「就職ができない」「何のために働いているのか」「仕事を続けるのが不安」など仕事に関する相談もあり、特に就活シーズンやゴールデンウイーク明けは多くなっている。そのため、11月には「就労移行支援事業所「UNUN(ウンウン)」を設立する予定になっている。

 最後に、多くの女性が感じる孤立や子育てへの悩みに関するアドバイスを聞いてみた。

悩みというのは、誰かに話せるほうがいいんです。親、友人、ママ友、誰でもいいので話せる人を増やしましょう。そのためには“迷惑かな?”と思わないで話すこと。相談されたり、頼ってもらうことがうれしいと思う人もいるんです。昔のアドレス帳を引っ張り出して、『この人なら!』という人に連絡してみてはどうでしょう。もし子育てに悩んでいるなら、子どもに向き合い、子どもがしたいと思っていることを一緒に、友達になった気分で遊んでみてください」

 12階から飛び降りても死ねなかったモカさんには、今は生きるチカラがあるーー。


渋井哲也(しぶい・てつや)◎ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。東日本大震災以後、被災地で継続して取材を重ねている。『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)ほか著書多数。