なぎさ被告 イラスト/スヤマミヅホ

 今年1月、千葉県野田市立小4年の栗原心愛さん(当時10)が虐待を受けた末に死亡した事件。父親の勇一郎被告(41)が傷害致死などの罪で、母親のなぎさ被告(32)が傷害ほう助罪で起訴された。

 心愛さんは、母親に「毎日が地獄だった」(なぎさ被告の供述調書より)とSOSを発信。虐待の事実を把握していた県柏児童相談所などの関係機関も、心愛さんの命を救うことができなかった。

性的虐待という記載は事実

 野田市の担当者は、

「最も重要な課題は、柏児相と連携がとれなかったこと」

 と省み、有識者や関係機関の部長などがメンバーを務める『野田市児童虐待事件再発防止合同委員会』(委員長=副市長)を立ち上げた。心愛さんの虐待事件では、情報がうまく共有されなかった点、情報が同じ重要度によって伝達されなかった点が、悲劇を招いた一因とされている。

 今月、一部報道で明らかになった勇一郎被告の心愛さんに対する性的虐待の疑い。野田市は柏児相から'17年11月、“性的虐待の疑いがある”と電話をもらっていたという。

「児相は“今後調べていきます。両親にも聞き取ります”としていました。児相の一時保護中のことに関して市は管轄ではないので、口は出せません。性的虐待についてはその1度きりで、その後の経過などの報告も何もありませんでした」と不満を漏らす。

 柏児相を管轄する千葉県の担当者は、

「医学診断票に性的虐待という言葉が記載されていたのは事実」

 と認めたうえで、

「その後の調査についてはわかりません。県の児童虐待死亡事例等検証委員会で真相を究明した後、報告書を公表したいと思っています。同じことを2度と繰り返すことがないよう、ひとつひとつ検証していきたいと思っています」

 と真相解明を約束した。

 明らかにされていない事実が残る中で、なぎさ被告の初公判が今月16日、千葉地裁で開かれた。

 検察が冒頭陳述で明らかにした「死亡する直前の食事を与えない」「トイレに行かせない」「寝させない」といった虐待の数々は、まさに拷問。それを母親であるなぎさ被告は、見て見ぬふりをしていた。

 なぜ、なぎさ被告は愛娘でなく鬼畜夫の側に立ったのか。

一般傍聴席70席に対し、463人が千葉地裁前に並んだ。倍率は約6.6倍だった

 裁判を傍聴した千葉市在住の男性(33)は、

「娘に対する謝罪はなく、後悔、懺悔が感じ取れず、母親としての責任を放棄しているとも思いました」

 多くの裁判取材をしてきた全国紙社会部記者も、

「謝罪の言葉が出てくると思っていたのですが、それがまったくなくびっくりしました」

 と、あきれ果てる。

 検察官から「心愛ちゃんに何か言うことは」と問われても、裁判官に「お母さんらしいことをしたことで覚えていることは」「心愛ちゃんの叫びは聞こえなかったか」「最後に言っておきたいことは」と言葉を向けられても、なぎさ被告はただ無言。

 証人として出廷したなぎさ被告の実母は、勇一郎被告の印象について、

「礼儀正しい人だった。話が上手でニコニコしていた。長女を出産してから悪い印象に変わった」

 と証言。それに伴い、なぎさ被告の様子も、

「子育てができないと泣いて怯えていた。何をするにも怖くて、ずっと怯えている状態。よく泣く子になった」と変わりようを証言。娘と孫を守りたい一心で、実母は離婚を助言した。2011年10月、夫婦は離婚したのだが……。

勇一郎被告との関係

「沖縄の両親と暮らしていたのですが、いつの間にか家を出て、勇一郎と再婚していた。実母の証言によると、なぎさから“再婚した”という報告はなく、なぎさの父が偶然2人が一緒にいたのを見て、再婚したことを知ったそうです。

 '16年6月、なぎさから勇一郎に“元気ですか”とメールを送ったことから再接近したそうです。勇一郎への気持ちがあったから再婚したとみられます」(前出・社会部記者)

 '17年、なぎさ被告は入院していた病院を勝手に抜け出し、勇一郎被告の故郷、千葉県野田市に生活の拠点を移した。なぎさ被告にとっては友達も知り合いも誰ひとりいない土地。沖縄の家族や友人の連絡先をすべて消去し、母親に電話さえかけなかった。理由を弁護人に問われると、

「私たちの家族の居場所が知られると、旦那に叱られると思ったからです」

 勇一郎被告の監視下、制御下になぎさ被告は組み込まれ、会話する相手は家族だけ。

 弁護人に「DVを受けていたか」と確認されると「当初はそう思っていませんでしたが、現在振り返ってみるとDVだったかなと思います」

 暴力で支配される中で命令を受けると「絶対にやらなくてはいけないという気持ちになる」「(断ることは)ありません。怒られると思ったからです」と完全服従の姿勢に。

勇一郎被告は裁判員裁判で審理される予定だが、期日は未定

 勇一郎被告の虐待について、

「これ以上やめてと言いました。そうしたら胸ぐらをつかまれて、床に押し倒されて、馬乗りになって、ひざかけを口の中に突っ込まれました」

 それ以降は無抵抗。LINEで心愛さんの様子を勇一郎被告に告げ口するなど、心愛さんの虐待に加担していった。

 逃げる! という選択肢についても「ないです。行き先がバレたら連れ戻されると思いました」と証言。

愛情なのか洗脳なのか

 前出の傍聴した男性は「夫にどこか依存している感じに見えました。裁判全体を通して、夫をかばうような印象を受けました」と話した。

 沖縄で、実母(心愛ちゃんの祖母)と暮らしていたころの心愛さんを、

「優しくていつも笑顔で明るい子でした」

 と、なぎさ被告は振り返るが、千葉に来てからは、「あまり元気そうに見えず、暗い感じだった」という。

 実母が証言した「優しい子でニコニコしていた」「一緒にハンバーグなどの料理や買い物など、楽しそうにしていた」という心愛さんは、千葉で「毎日が地獄だった」という日々を味わい、幼い命を奪われた。

 2人について「離婚してほしい」と実母は証言したが、「夫とは今後どうするか、離婚は?」という検察官の質問に、なぎさ被告は無言。

 前出・社会部記者は、

「検察官が“好きなのか”“別れる?”と質問しても何も言わない。迷っていて気持ちが決まっていないのだろう」

 それは愛情からくるものなのか、恐怖という洗脳からくるものなのか。

 検察側は懲役2年を求刑し即日、結審。判決は6月26日に言い渡される。