近年はSNSの充実で、地方からも全国的な人気を獲得するコンテンツが誕生している。これからも確実に地方からスターは生まれ、それらの命は、東京のエンタメ観では見つけられない場所で産声をあげています。そんな輝きや面白さを、いち早く北海道からお届けします。(北海道在住フリーライター/乗田綾子)

香取慎吾初個展、来場者100万人突破セレモニー(2019年4月)

 少し前の話になりますが、北海道から飛行機に乗り、東京・豊洲にて開催中のアート作品展『サントリー オールフリー presents BOUM ! BOUM ! BOUM ! 香取慎吾NIPPON初個展』を見にいってきました。

 この行動をアイドルファン的な言葉で表現すれば「ヲタ活」。でも当日の私がそう思い過ごせないほど緊張していたのは、きっと好きなアイドルに“いまだ会えていない”地方民だからでしょう。

 香取さんを含む元SMAPの3人が『新しい地図』を立ち上げて約1年半。ここまでの活動の中で3人は公式SNSの開設、AbemaTVでのレギュラー番組など、着実に新しい活躍の場を広げてきました。しかし、地上波テレビ各局への番組出演は、減少したままになっています。

 テレビ露出が生命線だった地方ファンにとって、首都圏・関西方面に集中する出演舞台や、同じく縁の遠い番組観覧でその喪失を埋め合わせることは、やはり困難なのが実情。

 だからこそ、子どものころからずっとテレビでSMAPを見ていたファンの私は、初めて触れるSMAP以降の香取慎吾を前にして、さまざまな感情がひときわ去来していたのだと思います。

ファンをアイドルの“聖域”に踏み込ませる

 今回、香取さんの個展会場となったIHIステージアラウンド東京は、国内はおろか世界でもかなり珍しい円形劇場。客席が360度回転可能という特徴があり、これまでは劇団☆新感線による『髑髏城の七人』など、主に演劇の舞台として使用されてきました。

 そして香取さんの個展自体も、最初はまるで何かのライブかのように、客席でのオープニング映像鑑賞からスタートしていきます。

 そのオープニング映像はド派手で、でも少し毒っ気も含まれていて、まさにかつてのSMAPライブの幕間映像を思い起こさせるクオリティー。

 この“ライブっぽい”オープニング映像の時点で、ファンとしてはかなり感慨深くなってしまうのですが、思わず頭が懐古的になりかけていた客席の私が、本当に驚かされたのはここからでした。

「まるでライブに来たかのような映像が終わると、来場者は客席という境界線を越えて、自分の足で目の前のステージに踏み込んで展示作品を鑑賞する」

 この表現ひとつで、同じアイドルファンの方なら私の緊張が一気にどれだけ高まったか、きっと自分のことのように想像していただけるのではないでしょうか。

 そして誘われる形で、ついに上がった“アイドルの聖域”。いざそこでスポットライトに照らし出されていたものとは……アイドル・香取慎吾の生々しく、そして、ときに衝撃的な作品の数々でした。

香取慎吾『サントリーオールフリーpresentsBOUM!BOUM!BOUM!香取慎吾NIPPON初個展』(筆者撮影)

「俺はどうせピエロだから」

 個展に登場する作品は全部で121点。その中には従来のアイドルイメージに近い明るい色彩の作品から、行き場のない怒りや悲しみをぶちまけたかのような作品までありました。また、中には、あの解散騒動真っただ中の時期に制作されていたとわかる作品も含まれています。

 もちろん、ひとりの人間としての香取慎吾に喜怒哀楽が存在することは当たり前の話です。

 ただファンは、アイドルとしての彼が「いつも明るく元気で笑顔での慎吾ちゃん」を何よりも大事に守り抜いてきたということを、より深く知っています。だかららこそ、こういう形で、感情をスポットライトの下に晒(さら)していく香取慎吾を目撃するなんて、個展を見るまでまったく想像できていませんでした。

「『俺はどうせピエロだから』。そんなふうに思っていた時期もありました」(展示作品「No title」の説明文より)

 しかし同時に「興味深いな」とも感じたものがありました。

 このアイドル・香取慎吾の感情は、近年よくあるテレビやSNSでの暴露といった流れとは一線を画す形の「芸術表現」の額縁で飾られ、鑑賞者の感性だけに直接、届けられる仕組みになっているということでした。

「芸術表現」の解釈には世の噂や評価、また他者の正論もあまり関与できず、それぞれの感性にともなう答えだけが、後年、唯一の記憶として残っていきます。

 それはある意味、アイドルが普段からテレビやライブを通じて行っている「1対1の感情交流」と、まったく同じなのかもしれません。

 だからこそ、アイドルというアイデンティティーを大事にする香取さんの中で、この生々しい感情の発露も「アイドルエンターテイメントのひとつ」として、絶妙なバランスで成立できたのでしょう。

 そしてそれに気づいても、気づかなくても、個展の来場者はいつしかテレビやライブを見ているかのように、ひとつひとつの作品に夢中になり、時間の許す限り、アイドルの感情に対する自分だけの解釈を、目や心に深く残そうとしていくようになるのです。

香取慎吾『サントリーオールフリーpresentsBOUM!BOUM!BOUM!香取慎吾NIPPON初個展』(筆者撮影)

新たな明日への励まし

 私が個展に行ってから、少し日にちが経過しようとしていますが、それでも刻まれた記憶は醒(さ)めることなく、今回ばかりは遠征してでも見に行って本当によかったな、という実感が残り続けています。

 今回の個展は、舞台でも番組観覧でも、そしてライブでもないので、そこにアイドル本人がいた、会えて手を振ることができた、というわけではありません。

 ただ、遠くとも同じ世界で、確かにアイドルが生みだしていた作品たちの存在。

 そのこまやかな筆致や痕跡のひとつひとつをこの目で追えたことで、自分自身の人生と「SMAP以降の香取慎吾」の歩みはやっと再び重なった気がしました。そしてそこには、今までの活動とはまた違う思い出が育む、新たな明日への励ましが待ってくれていたように感じられるのです。

 テレビでもライブでも、そしてSNS上でもない場所にあるアイドルの感情とメッセージ。もしかするとそれに触れる経験は、アイドルとの近い距離感がこれだけ尊ばれるようになった時代だからこそ、貴重だったのかもしれません。

 そんなことを“会えないファン”にもいま1度、思わせてくれた『サントリー オールフリー presents BOUM ! BOUM ! BOUM ! 香取慎吾NIPPON初個展』。この後も6月16日(日)まで、IHIステージアラウンド東京で引き続き開催中です。


乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版しているほか、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181