花王 アタックZERO  CM出演中の(左から)杉野遥亮、賀来賢人、松坂桃李、菅田将暉、間宮祥太朗

 あなたのお気に入りのCMは、何位にランクインしているだろうか?

 CM総合研究所が毎月2回実施しているCM好感度調査は、東京キー5局でオンエアされたすべてのCMを対象として、関東在住の男女モニターが、好きなCM・印象に残ったCMをヒントなしに思い出して回答するものだ。

 最新の2019年5月前期(2019年4月20日~2019年5月4日)調査結果から、作品別CM好感度ランキングTOP30を発表。その中から、CM総研が注目するCMをピックアップして、ヒットの理由に迫る。

完全リニューアルに見える自信と覚悟

 松坂桃李、菅田将暉、賀来賢人、間宮祥太朗、杉野遥亮。今をときめく人気俳優5人をぜいたくに起用し、大規模なプロモーションを展開している花王「アタックZERO」が広く話題を集めている。広告だけでなく、ドラッグストアやスーパーはもちろんコンビニエンスストアでも、商品がフルラインナップで陳列されていることも多く、実際に店頭で目にした方も多いのではないだろうか。

 同商品は花王が独自に研究開発した洗浄基剤「バイオIOS」を主成分とする衣料用濃縮液体洗剤で、“アタック液体史上最高の洗浄力”を実現したという。30年以上のロングセラーである「アタック」ブランドを完全リニューアルし、一本化に踏み切ったのだからその自信と覚悟は相当のものだろう。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 4月1日の発売に合わせて開始したテレビCMは放送2カ月目の今期(2019年4月20日~5月4日)にますます存在感を増し、CM好感度トップ30の中に3作品がランクインした。CMは洗濯を心から愛している者だけで結成された社会人サークル「#洗濯愛してる会」のメンバーによる商品を通したやりとりを描く。

 CM開始直後から40代の主婦を筆頭に女性から高いCM好感度・購買意向を獲得し、さらに今期は主婦層にとどまらず男性を含む幅広い世代から好評価を得て、その支持層を拡大した。

 期間中にオンエアされたCM全3165作品のうちCM好感度1位に輝いたのは、賀来賢人がビーカーを使って洗濯機の中を再現し、アタックZEROと従来品との汚れ落ちを比較実験するCM。マニアックな実験内容に困惑しつつも、商品の洗浄力に感動するメンバーの“洗濯愛”をコミカルに描いている。

 また、片手でプッシュするだけで必要な分量の洗剤を計量できる新形状のボトルを紹介するCMが8位にランクインした。計量の手間を省き、液だれを防ぐというボトルの形状を “ワンハンドプッシュ”とネーミングし、松坂桃李が自宅で初めて商品を使用する様子を菅田将暉と杉野遥亮に撮影させる内容だ。

 さらに、家電量販店で店員にドラム式専用のアタックZEROが発売されたことを伝える賀来賢人と間宮祥太朗のハイテンションな演技が笑いを誘う作品も26位に入った。

 いずれも放送回数は100回以下で、決して大量出稿ではないが、効率よく支持を集めた。モニターの感想から、「5人のキャラが面白い」「かっこいい俳優さんたちが個性豊かに出演しているので何回見ても飽きない」「5人それぞれの洗剤への思いや服装を見ていると楽しいです」など、個性の異なる5人のキャラクターが多くの人の関心を集めたことが分かる。

 公式サイトによると彼らのプロフィールはそれぞれ「“スダくん”(菅田将暉)=人並みはずれた嗅覚の持ち主。洗剤の消臭力にこだわる、明るいオタク」、「“スギノ”(杉野遥亮)=人にも衣類にもやさしいピュアボーイ。ちょっとドジなみんなの弟分」といった具合だ。

 単に人気の俳優をそろえるだけではなく、既存のタレントイメージを生かしてそれぞれのキャラクターを作り込み、彼らを通して“落ちにくい汚れ0” “生乾きのニオイ0”“洗剤残り0”といった商品特長を印象づけることに成功した。

大胆なターゲット設定に消費者が好感

 タレント起用の効果は商品特長を出演者のキャラクターに重ねてわかりやすく伝えただけではない。1987年に誕生した“アタック”というロングセラーブランドをまったく新しいものに見せる役割も果たした。洗濯洗剤の広告キャラクターに男性タレントを起用することは昨今そう珍しいことではないが、旬な若手俳優が一気に5人も登場したのは画期的といえる。

 顔ぶれから考えると、酒類や通信系サービスのローンチキャンペーンであれば想像の範囲内かもしれないが、まさか洗濯洗剤とは思わないだろう。

 同社はアタックZEROのコアターゲットを“洗濯に深い関心を持たないミレニアル層”に設定しているとのことで、そもそも「洗濯洗剤の広告には主婦の共感が不可欠」といった固定概念を大胆に飛び越えている。

 新商品の開発やキャンペーンを企画する際にはターゲットを想定することが基本だ。誰にどのように届けたいのかを具体的に考えることは重要だが、その反面綿密に設計するがあまり自ら門戸を狭めてしまうという皮肉はよくあることだ。

 商品の認知度を上げて購買層を拡大するためにキャンペーンを実施するはずが、その可能性を企業自ら限定してしまいかねない。一方、アタックZEROは商品から最も遠い層をターゲットに据えた遠投力のある施策でブランドのフルリニューアルを印象づけ、多くの消費者との距離を縮めることに成功した。

 以前から商品との距離が近い女性モニターからは「洗濯=女性のイメージでしたがイケメン俳優5人が洗濯をアピールしていて斬新。まったく新しい商品なんだろうとわかります」「若い男の人が洗剤について語るなんて、今の時代だなぁ〜と感じる」といったコメントが寄せられ、おなじみのブランドがリニューアルしたことに加え、商品だけなく“時代”も変わったのだと読み取るモニターもいた。

 男性からも「うちの家もドラム式なので欲しいと思いました」「使ってみたい」「CMが流れるとつい見てしまう。どんな商品か気になる」と普段意識しないであろうカテゴリーの商品に対して“自分ごと化”した感想が寄せられた。

「アタックZERO」が示した新しい家事の描き方

 女性の社会進出や共働き世帯の増加により、近年、家庭内での家事分担が多く話題に上っている。それに伴い家事・育児は女性の仕事だと感じさせる表現は拒絶され、企業姿勢を疑問視されることも少なくない。

 そうした中、テレビCMでも男性が当然のように家事をする描写が多く見られるようになったが、世間からの反応に対して意識や配慮をしすぎるあまり現実味がなかったり、不自然な印象を受けるものもある。

 おそらくそれは家庭内のタスクを“負担”と捉えたまま、それを家族の誰が負うのかという切り口でしか考えていなかったからだ。

 アタックZEROのCMが年齢や性別を超えて支持された最大の勝因は、「洗濯」という家事タスクを愛すべき趣味であり“娯楽”としてポジティブに変換したことだろう。「洗濯をしたくなった」「純粋に洗濯をしたくなるCM」という感想が書かれているのが、これまで負担と考えられていたタスクが楽しいものに見えている何よりの証拠だ。

 超成熟市場となり消費者の顕在的なニーズはほぼ満たされている今、商品特長で差別化をはかることは難しい。洗剤に関していえばブランドごとの「汚れ落ち」の差を識別できる消費者はどれだけいるだろうか。多少の好みはあれど、競合メーカーの商品に替えても日常生活に支障を来すことにはならないはずだ。

 そうした環境でブランドが生き残るためには、その商品を手にしたときに消費者がどれだけワクワクできるか、「好き」と思えるかが大切だ。意思を持って選択・消費され、“道具”ではなく“愛用品”と思ってもらえるか。機能だけでなく情緒的な付加価値の重要性は今後ますます高まりそうだ。

 

関根 心太郎(せきね しんたろう)◎CM総合研究所 代表 1973年神奈川県生まれ。1999年に株式会社東京企画(CM総合研究所/CM DATABANK)に入社後、システム開発局長を経て、2013年より、元コピーライターの父が創業した株式会社東京企画を引き継ぐ。休日はもっぱら趣味の釣りと子育てを楽しむ2児の父。