「日本の学校では朝礼が大切」と若原室長。日本語だけでなく学校でのルールも教わる

「失礼しました。○○先生に用事があります」

 ブラジル国籍の生徒が、宿題提出のため職員室に入る。別の生徒が「失礼します、ですよ」と助言した。

 岐阜県中央部にある可児市には、外国籍の子どもを対象にした『ばら教室KANI』(若原俊和室長)がある。「ばら」は、市の花にちなんでいる。

 人口10万人の可児市は名古屋から私鉄で約1時間の距離にあるベッドタウン。地域には外国人を雇用する派遣会社があり、工場などで働いている。4月時点の外国人登録者数は7660人、人口比率の7・5%に上る。出身国ではフィリピンが4割を占め、最多だ。

 同市で外国籍の人口が増え始めたのは2000年前後だが、学校に通っていない「不就学」や中途退学が問題になっていた。日本人の場合、保護者は子どもに教育を受けさせる義務を負うが、外国籍は対象外だ。

 文科省は3月、外国人の新たな在留資格ができることを踏まえ、外国籍の子どもの就学状況について初の全国調査に乗り出した。ちなみに、毎日新聞の調査では、全国100の自治体で外国籍の不就学児は1・6万人と判明している。

 可児市では全国に先駆けて'03年に地域の実態調査を行って以来、積極的に外国籍の子どもを受け入れている。調査したのは愛知淑徳大の小島祥美准教授だ。

 小島准教授は「阪神大震災で被災した外国人へのボランティア活動を通じて、不就学の子どもたちを知りました。社会に見える形にしたい」と考えていた。浜松市が呼びかけた「外国人集住都市会議」に参加したとき、可児市を知り、訪問調査を協働で実施した。

 その後、市で外国籍が人口の6%を超えた'05年、当時の市長が「外国籍の子どもたちの不就学ゼロ」を掲げ、「ばら教室」を設置したのだ。

「学校に行っていない外国籍の子どもは中学をドロップアウトしていました。なかには年齢をごまかし、仕事をしている子どももいたのです。自分を認めてもらえないことが主な原因でした。日本の学校は独特な文化でしたが、外国籍の子どもたちに合わせたカリキュラムを作ることにしたのです」(小島准教授)

難関の初期クラス突破で道が開ける

 ばら教室の目的は、公立小中学校へ通う前に、希望する外国籍の児童・生徒を対象に、学校教育に必要な、初歩的な日本語と生活指導を行うことだ。

 定員は35人。5月現在は30人がブラジル籍、5人がフィリピン籍。日本語の習熟度別に6クラスに分かれている。毎月、教室を修了する子どもがおり、在籍している小中学校へ戻る。5月は12人が教室での学びを終える予定だ。定員に空きが出ると、随時、待機者が教室に入ってくる。

可児市の「ばら教室KANI」は日本語の習熟度別に全6クラスで構成

「小2から中3が対象です。小1の場合、学校に慣れるのは日本の子どもと一緒。これまでの可児市での経験では、スタートが同じほうが壁は低いとわかっています」(若原室長、以下同)

 朝の会は全員で行う。忘れ物の検査をしたり、歌を歌いながら九九を唱えたりする。まだ日本語で言えない子どもがいれば、指導員が近づき、一緒に唱える。鉛筆のチェックも行う。

「海外では、日直が出欠を確認したり、家で鉛筆を削る習慣がないようです」

 1時間目の授業は「日本語」。初期クラスは平仮名のカードを使って、発音と、その言葉を使った単語を覚える。最上位のクラスでは、過去形を使いながら、前日に食べた給食に関する文章を考えていた。

「いちばん難しいのは、初期のクラス。非常に労力がいります。この教室を経れば、日本の高校へ進学する道が開かれます。なかには、言葉が頭に入っていかないと本人も苦しみ、地域のブラジル人学校へ転出する子どももいます」

 小島准教授は、外国籍の子どもたちが、日本の公立学校で学ぶことが選択肢のひとつとしてあることが大切だと指摘する。

「当初は小学生だった人たちも、いまは成人して、就職して、正社員になっている人もいます。納税者となり、家族となり、市内で生活しています。ブラジル国籍ですが、可児市で生まれ、育ち、“可児市が地元”と言う人もいる。彼らが自ら進路を決めて生きる力をつけられる環境が重要です」

 ばら教室を5月に修了予定の中学1年生、富永ミカエラさん(12)は1歳のときにブラジルから訪れた。

「日本語を学ぶのは楽しい。中学校ではバレーボールをしたい。将来は、人の世話をするのが好きだから、お医者さんになりたい」

 同じくブラジル出身の小学3年生のガルシアよしおくん(8)は、「日本語は難しいけれど、学校へ行く楽しみは友達と遊ぶこと。将来は(ポルトガル代表の)クリスティアーノ・ロナウドのようなサッカー選手になりたい」と教えてくれた。

 若原室長が言う。

「外国人が生きる場、夢や希望を持てる場を作っていくことを真剣に考えないといけません」

夜間学級で知る日本語と青春

母国出身者を含む先生たちのもと、熱心に学ぶ子どもたちが多い

 一方、東京都内の公立中学校の夜間学級には、母国の義務教育を終えていない15歳以上の外国人が通う。

 都内にある夜間学級は8校。そのうち、5校が東部に集中する。葛飾区立双葉中学校では、日本人を含む34人が学んでいる。

 都内に在住か在勤で、通学可能であれば対象になるが、全員が夜間学級に入れるわけではない。日本語自体を学ぶ場ではないからだ。

「母国の中学を卒業したうえで、日本語を学びたいという方からの問い合わせもありますが、その場合は対象になりません。あくまでも学習機会の保障をする場です」(森橋利和副校長、以下同)

 制度上、15歳以下の場合は昼間の中学に通うため、ここでは中学卒業の年代から50代が学んでいる。

「日本で生きていくために、高校へ行くために、日本語を指導し、読み書き、基礎学力を学んでいます。定時制高校に進学する外国籍の生徒もいます」

夜間学級では生徒会活動も。意欲的に学校生活を送っている

 国籍や年齢はさまざま。現在、出身国別ではネパールが12人、中国は10人、日本が5人(このうち、4人が不登校による学び直し)。ほかにはフィリピン、インド出身者がいる。

「ネパールの方は家族滞在が多く、例えば、カレー屋さんを開店させるために来日します。そのとき、中学を卒業するか、卒業間際の子どもも一緒に連れてきています。中国の方の場合は、夫婦で来日。子どもは日本の学校に適応できている一方で、親が日本語を話せない。そのため、子どもとコミュニケーションを円滑にしたいという人もいます」

 葛飾区の人口は約46万4000人。そのうち外国人は約2万2300人で、4・8%に当たる。出身国別では中国、韓国・朝鮮、フィリピン、ベトナム、ネパールが上位だ。

区立双葉中の夜間学級。生徒たちは国際色豊かで年齢層も幅広い

 17時を過ぎると、職員室の一角に掲げられた、生徒たちの名前が書かれた札が「赤」から「白」に変わる。それが出席の印だ。

 日本語がまったく話せない生徒は、教科を学ぶうえで最低限必要になる日本語の指導をメインにした「日本語学級」の初期クラスに入る。半年学ぶと、上位クラスへ。これらの段階を経て、中学の教科を学ぶ「通常学級」に移ることになる。

学校や就学のあり方が問われる

 記者が訪れた日、都内の夜間学級の生徒会が集まり交流会が開かれていた。生徒会役員は比較的、日本語が堪能。日本語で自己紹介やゲームをするなど交流を図っていた。都内8校の「連合生徒会」の役員選挙もあり、多くの生徒が自ら手を上げて立候補。決まると、教室は拍手で包まれた。

 フィリピン出身の中島アイリンさん(31)は、7年間付き合った日本人男性と結婚し、昨年来日。夜間学級へは夫が電話で問い合わせて入級できたという。

「漢字や平仮名、カタカナ、わかるようになりました。ほかのフィリピン人の友達ができました。学校は楽しい。土日は家で掃除したり、花に水をあげたりしています。将来は、コンビニで働きたいです」

 夜間学級は通常、1年か2年で課程を終えるが3年通う場合も。アイリンさんも3年を希望している。

 入管法改正によって、多様なルーツを持つ外国人とその子どもたちが日本で生活することになる。

「教育への対策は変わってないため、これまで以上に、不就学の子どもが増えるでしょう。学校や就学のあり方が問われることになります」(小島准教授)

(取材・文/渋井哲也)


《PROFILE》
渋井 哲也 ◎しぶい・てつや。フリーライター。長野日報を経てフリー。教育問題のほか、自殺、いじめなど若者の生きづらさを中心に取材。近著に『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)がある