息を切らしながらも、先生に立ち向かう著者

 大相撲名古屋場所が7月7日から始まる。

 始まれば連日、わあわあ興奮し、ああでもないこうでもないと勝手なことを言いながら見るのが相撲ファンだが、見るばかりでなく、自分も相撲を取ってみたい! と思うスー女たちも最近は多いと聞く。

 それじゃ、と私が行って来ました。

 何しに? 

 もちろん、相撲を取りに! 

「まわしを直に巻きたいんです!」

 場所は東京・三鷹市のSUBARU総合スポーツセンター。ここには立派な土俵があり、主に外国人向けの相撲体験教室が不定期に開かれているのだ(主催/雷炎)。

「こんにちは~」と土俵のある多目的体育室に行くと、すでに海外からいらした方々が相撲に備えて着替えをすませて集まっている。「ハロー、ナイス・トゥ・ミーチュー」とあいさつをして私も加わると、さっそく先生役、お笑いコンビ『ゆんぼだんぷ』のカシューナッツさんがみんなにまわしを巻いてくれる。カシューナッツさんは学生時代に相撲経験があり、角界にも誘われた本格派だ。

 私もまわしを巻いてもらう。実は、まわしを巻くのは初めてではない。かつて、何度か巻いてもらったこともあるが、よもや50歳も過ぎてまわしを巻くとは! よく「親方は今もまわしを巻いて若い衆に胸を貸す」などという記事を見るが、自分で自分に「和田親方よ……」とつぶやいた。

先生にまわしを巻いてもらう著者。が、これが初めての経験ではない

 この日の参加者は、私も入れて7人。インドから来たアールデックさんとアンケイシュさん、カリフォルニアから来たクリスさんとティナさん、シボーンさん、オクラホマから来たサンドラさんだ。

 なかでもアンケイシュさんのやる気がすごい。「僕はまわしの下に短パンをはきません。まわしを直に巻きたいんです!」という発言に一同「おおっ!」と驚嘆の声を上げ、その男気に拍手が沸く。お尻を出すのもいとわず、アンケイシュさんは紙パンツ一丁にまわしを巻いて意気揚々、稽古に挑んだ。

やる気満々のインドから来た男性2人

 さぞや熱心な相撲ファンなのでは? と聞くと「いや、相撲は全然知らないよ」と、アッサリ。じゃ、なぜそこまで? インドの神秘がさらに深まった瞬間だった。

 稽古はまず、先生による『相撲とは』という講義から。相撲は神様への奉納として日本では長く庶民とともにあり、といった歴史もおさえ、準備運動=discipline、四股=siko、すり足=suri-ashi、ぶつかり=butsukari、取組=torikumi(actual)などと、英語で説明がされていく。通訳さんが立ち合い、これ、相撲英語教室にもなってるわ、と思った。

おすもうさんは毎日500回!

 そして、いよいよ土俵に降りる。全員で蹲踞(そんきょ)の姿勢を取り、塵(ちり)を切る。

土俵上では蹲踞の姿勢を取って、塵(ちり)を切る

「これは手に何も武器を持たず、正々堂々闘う誓いです」と先生が説明すると、みなうなずき、意外と真剣だ。

 四股(しこ)はひとりずつ、先生が説明をして、姿勢を見てもらえる。私も挑戦! これぐらい簡単……なはずが、あれれ? あああっ……自分では阿炎(あび=四股が美しいと有名な幕内力士)のように足が高々上がる気がするのに、ヘッポコもいいところ! あまつさえ、よろける。

 たった10回、四股を踏んだだけでヨレヨレだ。先生が「おすもうさんたちは毎日、500回の四股から稽古を始めます」というと、みんな「えええっ?!」と大いに驚く。すごい。それだけで尊敬多大。

 むか~し、現役時代の元横綱・稀勢の里(現・荒磯親方)が土俵の脇でひとり、四股を踏むのを見たことがある。その四股がとっても美しくて、“ほぉ~”と、ため息が出たのだが、あんな四股が踏めるようになるには、どれぐらい稽古したらいいんだろうか? などと、自分には成しうることは絶対にない境地を想像する。

 みんなも身体はどこまで倒していいのか? 足の向きは? などと、細かく質問し、美しい四股を目指すのであった。いや、この教室、遊びっていうより、かなりガチですわ。

なかなか四股が踏めない女性にも、丁寧に教える

 さて、遊び半分で来たら、意外とガチだった相撲教室。稽古はすり足に入る。手の向きなどもしっかり教わり、1,2,1,2。

「これは日本古来の動きで、同じ側の足と手が出ます。相撲はパワーだけで取るものではなく、バランスが大事で、すり足で動くことで相手に押されても動かず、体勢が崩れないのです」と先生が説明をすると、みんな、またとても真剣に聞いている。

 英語でどう言うのだろう? と耳を澄ませてると、「stand planted」とか「keep wide stance」とか「no head swing」とか「keep your knees out」とか、なんとか。相撲で学ぶ英会話、という本が欲しくなった。

相撲は世界友好にピッタリ

 しかし、厳しい! 土俵に沿って円を作って、みんなですり足。通訳さんが持つポールの下をくぐって1,2,1,2って。ギ、ギ、ギブアップ! みなさんは笑いながら初のすり足を楽しんでいらっしゃいましたが、私にはとてもとても……。

腰を落としてすり足で土俵を回る。この体勢が本当にキツイ

 休憩をはさんで、ぶつかりの実践を。いよいよ、稽古も佳境で、私もみんなに見守られて先生にくらいついて行く! へっぴり腰っぷりがひどいですが。

 先生をとにかく押す、押す、押す。

 全力で押すというのは、やってみるとわかるけど、すごい疲れるし、息が切れるし、汗がドッと出る。取組を終えた力士たちが息も荒く、汗だくで「そっすね~」しか言えないの、ものすごく納得した! 私もこの後はハアハアして、口をとがらせ息をするのが精いっぱいだった。

先生めがけてぶつかり稽古をする著者

 それにしても、ともに土俵で土にまみれる、というのは不思議なもので、連帯感が生まれる。ほんの1時間前まで言葉も通じない、見ず知らずのアメリカ人、日本人、インド人が、まあるい土俵で笑い合い、励まし合い、なんだか仲よくなった気持ちがする。相撲は世界友好に、なんてぴったりだろうか。

「楽しかった! 相撲は興味深い」

 カリフォルニアから来た3人に話をちょっと聞いてみると、クリスさんのパートナー、ティナさんは日本語が少しできる。

カリフォルニアから来た3人も「相撲、スキデス」「相撲、タノシイ」と笑顔

「相撲はカリフォルニアのテレビでも見られます。相撲、好きです」とニコニコ言う。ティナさんの友人のシボーンさんも「相撲、楽しい」とうれしそうで、クリスさんは「知り合いで相撲をやってる人がいます。カリフォルニアに帰ったら、僕もその相撲クラブに入って本格的にやってみたいです」と野望を語った。

 そして最後は取組。先生を相手に全員が本気でぶつかっていく。また塵を切って、本格的だ。アンケイシュさんのやる気が炸裂(さくれつ)していた。

直にまわしを巻いて気合十分、インドから来たアンケイシュさんの後ろ姿

 すると、みんなの真剣さに先生もヘトヘト、息が上がった!

 こうして2時間近く、けっこうハードな相撲体験が終了。面白かった! 始まる前と終わってから、箒(ほうき)で土俵を掃く体験もさせてもらったが、これもまた難しい。

 普段、なんの気なしに掃いてるように見える呼び出しさんたち、あれ、すごいんだから! とてもじゃないけど、あんなふうにサッサッサときれいになんてできませんっ。相撲とは、あらゆるプロの技術に支えられているのだ! と激しく実感した。

 ちなみにインドの男性おふたりも終わってから、「楽しかった! 相撲は興味深い」と感慨深げ。よかったよかった。

 最後におふざけ~。と、丁髷(ちょんまげ)カツラをかぶり、化粧まわしをつけて土俵上でパチリ。相撲体験、これにて打ち止め〜

著者の和田靜香さん

和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。

カシューナッツ(左)、藤原大輔(右)

ゆんぼだんぷ◎松竹芸能所属のお笑い芸人 カシューナッツ(1986年生まれ、岡山県出身、O型)と藤原大輔(1984年生まれ、兵庫県出身、A型)。2008年にコンビ結成。体重130キロと120キロのふたりが繰り広げる、身体を使ったパフォーマンスが人気で、日本のみならず世界でも活躍中。カシューナッツは相撲経験もあり、角界からスカウトを受けたほどの実力者。