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 近年、人生の老い支度を意味する「終活」の2文字を耳にする機会が増えたが、場合によっては「妻の存在」すら身辺整理の対象になりうるようだ。実際のところ、「突然、離婚だと言われ困っている」と相談しに来る初老の女性は一定数、存在する。宮迫洋子さん(59=仮名)もそのひとりだ。「夫と一緒にいれば老後も安泰」と思っていた洋子さんには青天の霹靂だった。

離婚と死別、取り分が多いのは?

「今の生活を保証するから、いいだろ?」

 と、夫(71=年収1200万円)が離婚を迫ってきた。決して老い先は長くないのに、なぜ夫は離婚を切り出してきたのか。

「自分の死後、妻が実家を売り払って母を追い出したり、退職金で遊び回ったりするのは許せない」

 それが夫の本音ではないか、と洋子さんは言う。

 夫は宮迫家が代々守ってきた財産(実家の土地建物、墓や駐車場など5000万円相当)を父から相続した。母(93)は健在だ。夫と母が亡くなった場合、夫婦で築いた財産だけでなく宮迫家の財産も洋子さんと息子(30)で折半する。夫がどんな遺言を残しても妻には遺留分があるので一切、相続させないことは不可能。一方、離婚すれば元妻の相続分はゼロだ。

 夫の提示してきた条件を精査すると、洋子さんが80歳まで健在だとして、(1)生活費が月15万円、(2)住宅ローンは夫が返済、(3)年金分割が月3万円なので、洋子さんが21年間で得る金額は約4500万円だった。

 洋子さんいわく夫は過去に脳梗塞で倒れたことがあり、担当医から「次はない」と言われているそう。そこで息子が洋子さんに弁護士を紹介。「旦那さんの条件で離婚する場合と、離婚せずに死別した場合と比べてみては」と言われ、「夫が3年後に亡くなった」と仮定し、比較した。

 まず生活費だが、婚姻費用(生活費)算定表に夫婦の年収をあてはめると夫の提示額(月15万円)ではなく月17万円(×3年間)が妥当な金額だった。次に自宅は夫が亡くなった場合、団体信用生命保険が適用され保険金と住宅ローンが相殺される。年金は、夫が亡くなってから65歳で洋子さんの年金を受給するまでの間、遺族年金を受給することができ、夫の年収から計算すると遺族年金は毎月13万円(×3年間)だ。

 そして、洋子さんが65歳で自分の年金を受給し始めると、その分だけ遺族年金から差し引き、遺族年金(月7万円)+国民年金(月6万円)となる。洋子さんが80歳までに受け取る遺族年金は合計で1700万円。

 宮迫家の財産(5000万円)、夫個人の貯金(800万円)、自宅(2800万円が相場)は妻と息子が折半で相続。そして退職金(2500万円)の第一受取人は「戸籍上の妻」なので洋子さんが2500万円をすべて受け取ることができる。

 死別の場合、洋子さんが受け取る金額は9000万円を超えるのだ。

 このように離婚より死別のほうが4500万円も有利。「主人に早く死んでほしいというわけじゃないんです。でも、なかなか気持ちの整理もつかないし」

 と洋子さんは語るが、もちろん不利な条件で無理に離婚する必要はない。さらに35年も連れ添った相手と離婚するか否かの決断をするのは簡単ではない。洋子さんはとりあえず、何も答えず様子見を続けることにしたそうだ。

 熟年離婚(同居35年以上)は40年で20倍に膨れ上がっているが(昭和50年は300組、平成27年は6266組。厚生労働省調べ)、これは氷山の一角。

 なぜなら、男性の平均寿命は女性より短く(男性は80歳、女性は87歳)、洋子さんのように離婚より死別のほうが金銭的に有利なら離婚に応じずに夫が先立つまで待つケースはここに含まれないからだ。


執筆/露木幸彦 離婚サポーター、行政書士、ファイナンシャルプランナー。1980年生まれ。離婚に特化した行政書士事務所を開業。著書に『イマドキの不倫事情と離婚』『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で!!!!!』など多数