宇野昌磨

 7月15日、全日本フィギュア強化合宿中の宇野昌磨から、驚きの発表があった。新シーズンにはメインコーチをつけずに臨むという決断をしたのだ。

「“1人でやれると思っている。1人だからこそ、今まで以上にうまくならないといけないと思う”と話していました。宇野選手は冷静でしたが、あまりの異例の発表に記者たちは驚きを隠せずにいましたね」(スポーツ紙記者)

“やる”選手になりたい

 コーチ不在というのは、トップのフィギュアスケーターとしては危険な賭けだという。

「フィギュアスケートには、常にプロの目線が必要だと言われています。コーチは技術指導を行うだけではありません。本人がビデオを見ても気づかないクセを教えてくれるし、客観的な視点を持つという面でも重要な存在です。コーチをつけないという選択は、かなりのリスクですね」(フィギュアライター)

 宇野が重大な決断をしたのは、どんな理由からなのか。

宇野選手は今年6月、5歳のころから師事していた山田満知子、樋口美穂子両コーチ兼振付師のもとを離れました。彼女たちの指導のおかげもあって'18年の平昌五輪では銀メダルを獲得。恩人であり、家族同然の関係です。宇野選手いわく“満知子先生のほうから離れたほうがいいんじゃないかと持ちかけていただいた”と話していました」(前出・スポーツ紙記者)

'18年の平昌五輪で、フィギュア団体の際も宇野の隣には樋口美穂子コーチが座っていた

 宇野が環境を変えようと考えたのは、3月に行われた世界フィギュアスケート選手権で4位に終わったことも関係しているようだ。

「2月の四大陸選手権では、ルール改正後の世界最高得点をフリーで叩きだして優勝。自信を深めた宇野選手は、世界選手権を前に“初めて結果を求めて臨む”と語っていました。しかし、4位と表彰台を逃す結果に。優勝したアメリカ代表のネイサン・チェン選手と50点以上の差がつく惨敗でした」(同・スポーツ紙記者)

 この大会では“打倒・羽生結弦”を目標にしていた。大会前には「追いかけているだけじゃなく、追われるというのを考えつつ、“やるぞ”というところで“やる”選手になりたい」と発言。これまでにない闘志を見せたのだ。

「宇野選手はまぎれもないトップスケーターですが、国内では羽生選手に次ぐ2位。羽生選手を超えることを目標としていた大会ということもあり、自身の結果にかなり悔しさを滲ませていました。彼は“羽生選手が現役で活躍しているあいだに勝ちたい”と話しているそうです」(前出・フィギュアライター)

“絶対王者”の羽生を倒すべく、ひとり国内外で武者修行に励む決断を下した

単身ロシアへ

 勝利のため、新たな武器にしようと考えているのが、誰も成しえていない“5回転ジャンプ”。フィギュアスケート解説者の佐野稔氏は、不可能なことではないと語る。

「技術的な可能性を考えてみても、5回転はまったくの夢物語ではないと思います。その前に4回転半があると思いますが、5回転が飛べれば、世界でトップになれることは間違いありません」

 新たな挑戦のため、自らの可能性を探るために、6月には単身でロシアに渡った。

「メドベージェワ選手やザギトワ選手ら女王を育てた“名伯楽”エテリ・トゥトベリーゼコーチ主催の夏合宿に参加しました。彼女は指導が厳しいことで有名。古巣を飛び出してでも、自分の実力を上げていきたいという執念が感じられました」(前出・スポーツ紙記者)

 エテリ氏は、それぞれの選手の個性を引き立たせる指導法に特徴がある。

「彼女が育てたザギトワ選手は、総合的なバランスがとれた選手だったので、すべての平均値を上げていくような指導でした。メドベージェワ選手の場合はまったく別の方法で、彼女の表現力の高さを伸ばすことに力を入れていた印象でしたね」(佐野氏)

 宇野は拠点を海外に移すことを視野に入れて海外合宿を行い、国内外で新たなコーチを探していたという。現地メディアは、エテリ氏が最有力候補だと伝えていたが……。

「双方のやりとりで行き違いがあり、契約に至らなかったようです。宇野選手は報道陣に対して“あくまで夏合宿だけが目的だった”と話していましたが、実はエテリ氏の合宿に参加する際、彼女を今後のコーチにつけるつもりで準備を進めていました。しかし、エテリ氏は“一時的に見るだけ”という認識でいたため、最終的な契約時に宇野選手サイドの細かい条件をのむことができなかったようです」(スケート連盟関係者)

 契約NGとわかったときは、すでに山田氏と樋口氏からの卒業を発表していた宇野。エテリ氏との重大な“行き違い”によって、彼は突如、居場所を失ってしまったのだ。

たった1人の“武者修行”

 専属コーチとなると、スケジュールもかなり拘束されてしまう。契約のハードルが高いのは確かだが、いったいなぜ、このようなズレが生じてしまったのか。

一般的に、交渉では選手とコーチの間にスケート連盟関係者が介在します。羽生選手を指導するブライアン・オーサーコーチは、元フィギュアスケート連盟の城田憲子氏の紹介です。宇野選手とエテリ氏の間にも関係者が懸け橋にはなったと思いますが、行き違いが生まれてしまうのは連盟の詰めが甘かったとしかいいようがありません」(同・スケート連盟関係者)

 宇野は今シーズン、本当に1人で戦うのだろうか。

「ジャンプ指導を受けている本田武史氏をメインコーチとして迎える可能性はあるかもしれませんが、本田氏もアイスショーに出場したり解説者としての仕事もあったりと多忙なため、マンツーマンで見るというのは難しいでしょう。いろいろな合宿に参加しつつ、コーチも探していくという形を取ると思いますよ」(同・スケート連盟関係者)

 “コーチ不在”という決死の覚悟を決めた宇野だが、今回はアクシデントで指導者がいなくなってしまったという特例だ。この緊急事態で、山田氏と樋口氏のもとへ戻るという選択肢はないのだろうか。

今、宇野選手は1人でやることに前向きな姿勢を見せているので、古巣に戻ると周囲にネガティブにとらえられてしまったり“なぜ戻ったの?”と探られる可能性を避けているのかもしれませんね。これまでにコーチをつけないという決断をした選手の事例がないですし、それくらいリスキーなことなので、戻ってもいいと思うのですが……」(同・スケート連盟関係者)

 山田氏はどう思っているのか。マネージャーに問い合わせてみたが、

「そういった取材にはご対応していません」

 宇野の所属事務所にも問い合わせたところ、「当初より今回は短期合宿としての計画だったため、双方に相違はなく、今シーズンは武者修行として国内外の合宿に参加しながら見聞を広めていき、今後の方針を見極めていく所存です」と、あくまで“行き違いではない”ということらしい。

 ボタンのかけ違いとはいえコーチがいない状況でも前向きな姿勢を見せている宇野。勇気ある行動がポジティブな結果を生むと信じたい。