世の中には「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」だけでなく、「ヤバい男=ヤバ男(ヤバダン)」も存在する。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、仁科さんがさまざまなタイプの「ヤバ男」を分析していきます。
鈴木おさむ

第1回 鈴木おさむ

 恵まれている人も、そうでない人にとっても、社会で生きていくことは、それなりに困難を伴います。現実が厳しいからこそ、人は“いい話”を求めてしまうのではないでしょうか。作り物ではない、実話ベースの“いい話”に関心が集まります。

 例えば、ちょっと前の話になりますが、2000年に発売された大平光代弁護士の自伝的エッセイ『だから、あなたも生き抜いて』(講談社)。弁護士になる人というと、環境に恵まれた人を想像するでしょうが、大平センセイは違いました。

 中学生のときにひどいいじめに遭い、抗議の割腹自殺を図りますが、発見が早く命をとりとめます。助かってしまったことで、いじめはますますひどくなり、大平センセイは暴走族に入ってしまいます。高校には行かず、暴力団の組長と結婚。周囲にナメられたくないという気持ちから、背中に大きな刺青を入れたそうです。その後、離婚をして生活のためにクラブで働いていたときに、お父さんの友人と偶然会い、人生をやり直す決意をするのです。大平センセイは猛勉強を始め、宅建、司法書士の資格を取得。とうとう超難関資格である司法試験にも合格するのです。

「人はやり直せる」とよく言いますが、現実はそう甘くないことを私たちは知っています。しかし、大平センセイは、それが絶対に不可能ではないことをご自身で証明してみせた。同書は260万部を超える大ベストセラーとなりましたが、多くの人が大平センセイから勇気をもらったのではないでしょうか。

 しかし、“いい話”というのは、ときに差別意識や偏見を映し出す“ヤバい鏡”なのではないかと思うこともあります。

交際0日婚の鈴木おさむ&大島美幸カップル

 例えば、2002年に放送作家・鈴木おさむ氏と森三中・大島美幸が交際0日で結婚したことが話題を呼びました。

 モデルなどきれいな女性とばかり付き合ってきたというおさむ氏が、身体を張ることをいとわない芸人・大島に飲み会で会うたびに、デートもしてないのに「結婚して」と言い続け、大島が「知らない人と結婚したくない」と拒否したというような結婚のてん末を書いた『ブスの瞳に恋してる』(マガジンハウス)を発表、2006年にはフジテレビ系列でドラマ化もされました。

 13年の時を経て、来月17日から『ブスの瞳に恋してる2019』がフジテレビが運営する動画配信サービス・FODで配信されることが決まりました。そのキャンペーンの一環でしょう、おさむ氏がウェブメディア『新R25』のインタビューに答えていました。

 そこでのおさむ氏の発言をまとめると、

・離婚率が高いなか、わざわざ結婚するなら「想像できない結婚」がしたかった
・大島に対して、恋愛感情は昔も今も持っていない
・けれど、芸人としての大島をリスペクトしている
・親の死など、つらいことを一緒に乗り越えていくと、恋愛感情などどうでもよくなる

 というように、結婚に必要なのは「ドキドキする恋愛」ではなく、尊敬や信頼だと話しています。実際に円満な夫婦生活を送っているおさむ氏の言うことだけに、説得力があります。

 しかし、その一方で、おさむ氏の“差別意識”のようなものを感じずにはいられないのです。

なぜ、おさむ氏だけがイケメンポジションに昇進?

 13年前のドラマで、おさむ氏を演じたのはSMAP(当時)の稲垣吾郎、今回はEXILE・NAOTOだそうです。どうして、おさむ氏の役をイケメン俳優が演じるのでしょうか? なぜ、おさむ氏と似た風貌の人ではいけないのでしょうか?

 モデルやアイドル、女優、俳優など外見でお金を稼ぐことができる人を、美女、イケメンと定義しましょう。これ以外の人はフツウ、もしくはブサイクと仮定します。このルールで考えると、おさむ氏や大島はイケメンや美女には該当しません。しかし、このふたりの職業は放送作家、お笑い芸人ですから、イケメンや美女である必要はなく、なんの問題もありません。

 しかし、ドラマではおさむ氏だけがイケメンというポジションに昇進し、大島はブスポジションのまま。もしかすると、おさむ氏が高年収なので、イケメン枠に出世させたのかもしれません。年収が高いことは、イケメンと同じくらい、恋愛や婚活にプラスに働く要素だからです。

 が、年収ということで考えれば、大島も売れっ子ですから、高年収と言えるでしょう。つまり、おさむ氏と大島は、美を必要としない職業に就いて成功し、高年収を得ているという意味では、社会的な立ち位置はほとんど同じはず。

 それにもかかわらず、ドラマでは、おさむ氏だけがイケメンポジションに出世した。これは、おさむ氏もしくは制作側が「オトコはカオではないが、オンナはカオがすべて」「イケメンとブスがくっつくことはありえないので、主人公をイケメンにしたほうが“いい話”になる」と思っていることの裏返しなのでないでしょうか?

施しに似たヤバい愛

 おさむ氏は結婚当初から、妻をブスと呼んでいますが、それではブスでない人、つまり美人に優しいのかというと、それもまた疑問なのです。『新R25』によると、おさむ氏は独身時代、恋人を顔とエロさで選んでいたそうです。しかし、「セックスがどれだけうまくても飽きるし、美人な子にも上には上がいる」と気づいた。

 この選び方、キャバクラや風俗など、金銭を払ってサービスを受けるときの発想ではないでしょうか? 美人にはプライドや性欲を満たしてもらい、美が必要でない職業の女性が成功し、自分の妻となっても「ブス」と呼ぶ。結局、女性を軽んじているようなヤバさを持っているように思えてならないのです。

 すべての結婚は賭けであり、鈴木夫妻が現在うまくいっているのですから、他人が口を挟む筋合いはありません。しかし、おさむ氏の言動からは「愛してやっている」という施しに似たヤバい愛を感じるのは、私だけでしょうか。

 ブスといえば、昨年、日本テレビが、相席スタート・山崎ケイのエッセイ『ちょうどいいブスのススメ』を原作にしたドラマを放送すると発表したところ、SNS上で炎上。放送前にドラマのタイトルを変更するという前代未聞のアクシデントがありました。

 ブスという言葉にあれだけの人が怒るということは、ブスを幸せにすれば、そのぶん、人気が出ちゃうんじゃないの? それなら『ブスの瞳に恋してる』のように、ブスが高収入の男性と結婚する“いい話”をドラマ化すればウケるんじゃないか。万が一でも、おさむ氏や制作側がそんなふうに思っているとしたら、時代についていけていなくてヤバい。

 今の時代、世間は「一方的に人をジャッジし(でも、自分がジャッジされることは好まないし、許さない)、嘲笑(ちょうしょう)する権利は誰にもない」という話をしているのに、おさむ氏や制作サイドは“ブス”として貶(おとし)め、けれど「愛してあげる」ことで、“いい話”にすり替える。この溝は深く、なかなか埋まりそうにない気がします。


プロフィール

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に答えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」。