(左上から時計回りに)春風亭昇太、山田隆夫、三遊亭圓楽、三遊亭小遊三、林家木久蔵、林家たい平

 弱肉強食のテレビの世界では、視聴率が取れない番組はすぐに打ち切られてしまいます。とくに、スポンサーからの広告収入に頼っている民放ではそれが顕著です。どんなに面白い番組であっても、数字が悪ければ長続きはしません。テレビ番組が長く続いているというのは、ただそれだけで価値のあることなのです。

 全国ネットの民放番組の中で、最も長い歴史があるのは1962年に始まった『キユーピー3分クッキング』(日本テレビ系)です。実は、これに続く歴代2位に入っているのが『笑点』(日本テレビ系)なのです。

 1966年に始まった『笑点』は、現在54年目に突入している恐るべき長寿番組です。60歳以下の日本人が物心ついた頃からずっと放送しているわけですから、その歴史には並々ならぬ重みがあります。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

人気の秘密は「大いなるマンネリ」

 しかも、特筆すべきは、『笑点』は現役の人気バラエティー番組だということです。ここ数年は視聴率15~20%を安定して保っていて、週間バラエティー視聴率ランキングではベスト10の常連です。ニュース番組などと違って、はやり廃りの移り変わりの激しいバラエティーの世界で、50年以上も同じスタイルの番組が人気を維持しているのですから、驚くほかはありません。なぜ『笑点』はこれほど長年にわたって多くの人に愛されてきたのでしょうか。

 その理由を一言で言うなら、「大いなるマンネリ」を確立したからだと思います。「マンネリ」という言葉は悪い意味で使われることが多いのですが、この場合は悪く言っているわけではありません。番組を長く保つための「型」を作ったことが成功の秘訣だと言いたいのです。

『笑点』という番組を長年見ていると「今に逆らわず、今に流されない」という哲学のようなものを感じることがあります。いわば、つねに新しいものを取り入れながらも、大事なところは昔からずっと変えていない、というふうに見えるのです。

 例えば、普段見ていない人にはピンと来ないかもしれませんが、『笑点』はそのときの流行をいち早く取り入れたりしています。特番のときには、旬の俳優やアイドルが出演して、レギュラーメンバーの落語家と一緒に大喜利に参加したりします。

 演芸コーナーに出てくる芸人も、少し前まではベテランの寄席芸人が多かったのですが、最近ではほかのバラエティー番組にも出ているような漫才やコントをやる若手芸人も増えてきました。

 また、普段やっている大喜利のお題にも、最先端の風俗流行が取り入れられることが多く、その時代ごとの空気をしっかり意識していることがわかります。

 一方、番組の全体的なフォーマットに関してはかなり保守的です。寄席形式の舞台で、カラフルな着物を着た落語家が座布団の枚数を競い合う大喜利は、番組開始当初からある人気コーナーです。前半に奇術、曲芸、漫才などを演じる芸人が出てくる演芸コーナーがあり、後半に大喜利コーナーがある、という形も長年変わっていません。

 番組の演出に関しても、頑なに同じ形を保っています。出演者が話したことをなぞるようなテロップは一切使われず、説明テロップすらほとんど入りません。観客を入れて公開収録をしているのですが、笑っている観客の顔が途中に挟まれることもありません。

 これは、作り手に「寄席に行っている気分で番組を楽しんでほしい」という意図があるからです。寄席の空間自体を再現するためには、いかにもテレビ番組っぽいテロップやカットは不要なのです。

誰もが安心して楽しめる「笑点」の笑い

『笑点』の「大いなるマンネリ」の核となっているのは、やはり大喜利コーナーです。時代ごとにメンバーは少しずつ変わっていますが、基本的なフォーマットはまったく変わっていません。

 面白い回答をした人に座布団を与えるというシステムは、前身番組である『金曜夜席』で始まり、この番組でも取り入れられました。座っている座布団の高さでそれぞれの成績が一目瞭然になるというのは、いかにもテレビ向きの画期的な演出でした。

 大喜利コーナーでは、毒のあるネタやきつい下ネタはほとんど出てきません。どの世代の人が見ても安心して楽しめる笑いというのが理想とされているのです。

 ただ、もともと『笑点』はそういう番組ではありませんでした。初代司会者だった立川談志は『笑点』を「大人の笑い」を提供する番組にしようと考えていました。大喜利でも自身が好むようなブラックユーモアを軸にしていました。

「なぜ飲酒運転をしてはいけないのか」

「ひいたときに充実感がないから」

 談志はこのような刺激の強い大人向けのジョークを得意としていて、番組でもそういう種類の笑いを推進していました。しかし、番組の方向性をめぐってレギュラーメンバーと対立してしまい、彼らが全員降板することになりました。

 その後、談志は司会を降りて、前田武彦が2代目司会者になりました。談志がいなくなってから、『笑点』では穏やかな笑いが求められるようになり、だんだん今の形に落ち着いていきました。

「キャラ」が生み出す独自の魅力

『笑点』の大喜利のもう1つの特徴は、メンバーの「キャラ」が立っているということです。

 おバカキャラの林家木久扇、腹黒キャラの三遊亭円楽など、レギュラーメンバーはそれぞれが個性的なキャラを備えていて、それを生かした回答をしていきます。回答者同士が相手をネタにしてみせるのも、それぞれのキャラがあるからこそ面白いのです。

 ただ、これらのキャラは初めから存在していたものではありません。もともと落語というのは1人で高座に上がる芸能であり、バラエティー番組に出ている「ひな壇芸人」のように、目立つためのキャラを立てる必要はなかったからです。

 彼らのキャラはあくまでも、大喜利のやり取りの中で自然発生的に生まれているのです。ある回答者が別の誰かのことをイジってみせると、相手も負けじと言い返してきたりします。この言い合いがエスカレートしていくうちに、それぞれのキャラが作られ、次第に定着していくのです。

 フジテレビでは、ダウンタウンの松本人志をチェアマンとする『IPPONグランプリ』という大喜利番組がありますが、そこで行われている大喜利は『笑点』とはだいぶ違います。『IPPONグランプリ』は採点のシステムがより厳密であり、スポーツのような感覚で勝敗を楽しむことができます。いわば、『IPPONグランプリ』は競技としての大喜利を見せている番組なのです。

 一方、『笑点』の大喜利はそうではありません。座布団を与えるかどうかは司会者の一存に委ねられているし、ときには座布団運びの山田隆夫が勝手に座布団を奪っていくことすらあります。『笑点』はあくまでもそれぞれのキャラから生まれる笑いを楽しむ番組であり、大喜利はそのための舞台装置にすぎないのです。

 それぞれのキャラが固まっているので、毎回お題が変わっても回答の方向性はあまり変わりません。だから、いつ見ても同じように楽しむことができるのです。

『笑点』は年配層向けの番組だと思われることが多いのですが、実は子どもに愛されている番組でもあります。番組で提供されている笑いの健全さとわかりやすさがその人気の秘密でしょう。『笑点』が今でも多くの視聴者に愛されているのは、半世紀以上も貫いている「大いなるマンネリ」の美学があるからなのです。


ラリー遠田(らりーとおだ)◎作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など著書多数。