ジャニー喜多川社長。今から20年ほど前、成田空港で

 ようやく日差しが和らぎ、夏が終わりに近づいてきた。

 2019年の夏の芸能界は熱かった。熱さを超えて、日本の芸能史における一つの分岐点になるかもしれない。これまで牽引してきた芸能プロダクションにおける「日本的な家族制度」が解体に向かいだしたのだ。吉本興業とジャニーズ事務所という業界の2巨頭に起きた激震がその発端だ。

 吉本では、もともとは雨上がり決死隊の宮迫博之らの闇営業が問題だったのに、芸人と事務所の契約関係にテーマがシフト。結果として従来のマネジメント契約に加えて、新たに専属エージェント契約の導入にいたった。

 そのシフトチェンジの直接的な原因となった7月22日の岡本昭彦社長の記者会見では、「タレント、社員を含めて、吉本興業は全員が家族、ファミリーであると考えております」と話した。これに対し、芸人たちは猛反発。タカアンドトシのタカはインスタグラムで「5990人の芸人はファミリーと感じたことないと思うけどなぁ」と皮肉り、極楽とんぼの加藤浩次は、司会を務める日本テレビ系『スッキリ』で「家族みたいに『大丈夫か』と言葉をかけられたこと、僕は一度もない」と怒気を強めた。

 ジャニーズでは、7月9日にジャニー喜多川社長が死去。12日に行われたタレントら150人による密葬は「家族葬」と自ら呼んだ。17日には公正取引委員会から注意されたことが報じられた。事務所を辞めた元SMAPの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾ら3人を番組出演させないように民放各局に対して圧力をかけたという疑いがあると向けられたのだ。家を飛び出した元家族に厳しくあたることによって、今の家族を守ろうとする行為とも見ることができる。

恋愛禁止令も“親心”あってこそ!?

 吉本とジャニーズのみならず、日本の芸能プロは長らく、タレントとの関係に家族的なノリを求めてきた。書面的なドライな契約より、親が子どもに接するように、精神的な絆を大事にする。その象徴的するものが、「恋愛禁止」というルールだ。AKB48が有名だが、上戸彩や米倉涼子らが在籍するオスカープロモーションも「目安として25歳まではNG」と言われている。まるで厳しい父親が娘に対し「恋愛なんて許さん。うつつを抜かさないでしっかり勉強しなさい」と叱り飛ばしているかのよう。欧米ではエージェントがそのような指導をすることはないし、アイドルも奔放に恋人関係を隠さない。

 旧来的な家族の関係性において重要な存在が、「厳格な父親」だ。プロダクションにも確かに存在した。芸能史をひもとくと、1970年代前半までは、渡辺プロの1強時代だった。渡辺晋社長と美佐夫人がクレージーキャッツ、ザ・ドリフターズからザ・タイガース、天地真理、キャンディーズまでオールジャンルにタレントを育てあげ、「ナベプロにあらざれば、人にあらず」という言葉があったほどだ。

 1970年代後半にナベプロの勢いが下り坂になったタイミングで、勢力を広げていったのが、ホリプロ、バーニングプロ、オスカー、ジャニーズなど、現在の大手プロダクションだ。吉本興業も1980年ごろの漫才ブームとともに東京進出を本格化させる。どのプロダクションもカリスマ的な社長がおり、厳しくも愛情たっぷりにタレント育成に努め、多くの者が大スターとして花を咲かせてきた。

 そんなカリスマ社長が高齢となり、世代交代の時期を迎えた。プロダクションによっては、父から子へ世襲的に社長職の引き継ぎが始まっている。ポストの継承はたやすいが、一代で築いてきた父のカリスマ性を、二世も持ち合わせのは難しい。家族制の激震はそのタイミングで起きている。

 ジャニーズ事務所はジャニー喜多川社長が7月9日に逝去した。すでに姉のメリー藤島副社長の長女、ジュリー藤島副社長が次の社長につくことは既定路線になっているが、ジャニー氏の訃報と付随するように、何人かの退所者が出るのでは、というニュースもすでに飛び出している。つまり、事務所に不満を抱えつつも、ジャニー氏への恩義で退所を踏みとどまっていた者がいたが、彼の逝去で残る理由が無くなるはず、という図式だ。

 吉本興業は、創業家の林家が長らくファミリー経営してきたが、2009年にダウンタウンを育てた大崎洋氏が社長になり、林色は消えていった。さらに今年4月にはダウンタウンのマネジャーだった岡本昭彦氏に社長のポストを引き渡し、自身は会長職に就いた。現状は、ダウンタウンファミリーが会社を牛耳る形になり、岡本社長の家族発言と裏腹に、大半の芸人は「家族からあぶれた」と感じる状況が、今回の騒動を引き起こした要因となったとみてとれる。

'19年7月に“吉本お家騒動”について直撃を受ける加藤浩次

 ただし、注意したいのは、極楽とんぼ・加藤浩次の反発など今回の騒動が拡大したのは、吉本ならではの“特異性”もあるということ。あるスポーツ紙記者は声をひそめる。

「タレントが自分の番組やSNSで社長や会社を批判するなんて他の事務所じゃ考えられませんよ。そこはお笑いプロならではの“風通しの良さ”。他の事務所でそんなことはできる雰囲気ではないし、やったら修復できない確執が残るはず」

 要は、吉本以外の事務所では子が親を批判するなんてとんでもない、という家父長的な風潮はまだまだ残っているのである。

 しかし、吉本は、専属エージェント契約という選択枝をつくることで、家族関係を“改革”する道を新たに用意した。まだどういったものかが分からず、発案者の加藤浩次以外に同契約を結んだ芸人はいないようだが、もしエージェント契約を選ぶ大御所が登場したら、雪だるま式に増えるだろう。そして他の事務所でも同様の契約が普及する可能性はある。また、ジャニーズ以外の事務所でも今後カリスマ社長が他界することがきっかけで“お家騒動”が勃発する可能性は大いに予想される。一つの時代の「終わりの始まり」はもう動き出している。