大人食堂は毎月開催される予定

 今年5月1日。宮城県仙台市で全国初の「大人食堂」が開催された。筆者は3回目の6月30日に現場を訪れた。

 老若男女、約20人のスタッフがこの日調理したメニューはハヤシライス、サラダ、ヨーグルト。18時半の開場と同時に三々五々、利用者が訪れ、受け付けが終わるとスタッフと一緒に雑談を交わしながらの食事に入った。参加者は30代から50代の8人。それぞれは雑談でうち解けるうちに、やがて自身の抱える労働問題や生活問題の吐露へとかわり、本人が望めば、そのまま別室で専門家(弁護士や労働組合相談員など)の労働相談へと流れていった。

見逃せない大人の貧困

 ここでは食事と生活相談、労働相談とをワンストップで受けることができるのだ。

 現在、子どもの7人に1人が貧困との背景を受け、数年前に始まったばかりの「子ども食堂」はいまや全国4000か所で展開。その存在は当たり前の地域インフラとして定着している。

 だが、子ども食堂が増えるなか、見過ごされてきた問題がある。労働組合『仙台けやきユニオン』代表で、『反貧困みやぎネットワーク』事務局次長も務める森進生さんは、「子どもの貧困は同時に親の貧困の問題なのに、子ども食堂の陰で大人が置いていかれた」と語る。確かに、国税庁の「民間給与実態統計調査」でも2017年の年収200万円以下の労働者は約22%と、子どもの貧困率に近い数字が出ている。

 大人食堂を設立したきっかけはホームレス支援の反省からだった。長年、ホームレス支援を続ける団体は、ホームレスに加え、ネットカフェ暮らしのフリーターや非正規労働者も対象に随時炊き出しを行っていたが、本来の目的=「貧困問題の解決」に導けなかった人たちもいた。

10キロ2300円の米だけでしのいだ1ヶ月

「炊き出し活動のジレンマは、プライドが邪魔してか、空腹でも来ない人がいること。また食べに来ても、その場で労働や生活の相談にはつながらず、多くの人が食べたらすぐに帰ってしまった」(森さん)

 子ども食堂の場合、一緒に食べて遊ぶことで子どもとの信頼関係を築き、自然とその子が抱える問題を知るようになる。すると、例えば塾に行けない子には無料学習塾を紹介する、学校関係者に働きかけ学校でのいじめを解決するなど、スタッフが問題解決に動くケースは少なくない。

「大人の場合、互いの信頼を構築するそのワンクッションがなかった。信頼関係もなく初めから“労働相談に来てください”のスタンスでは敷居が高い。必要なのは、まず自分の思いを吐露できる場所だったんです

 そこで考え出されたのが大人食堂だ。

 人目を気にしなくてもいい建物内で温かな食事をとり、スタッフと自由に話し、労働相談をしたいと思えば、そのまま別室で専門家と話す。

 このスタンスで、ユニオンとNPO法人『POSSE』とが共同で大人食堂をスタート。ちなみに、その財源は有志の寄付で賄われている。

 筆者の取材時、数人の利用者がスタッフと食事をしていたが、どの人も淡々と自身の抱える問題を話し、取材にも快く応じてくれた。

 57歳の男性Aさんは、今年に入ってから、建築業でのケガが労災と認められず失職した。以後、幾度の求職でも年齢のためか不採用続きだ。無職となってからは、10キロ2300円の安価な米でおにぎりだけを作り、それで1か月以上をしのいでいたという。

 誰とも話をすることがない生活で、おかずがない冷たい食事は心にもきつい。そんなときに見た大人食堂の貼り紙に「ご飯が食べられるなら」と立ち寄ってみると、その温かな雰囲気にAさんはすぐになじんだ。

 

「ここはいいね。温かい食事はうれしいし、ここのスタッフには何でも話せます。自分の悩みを人に話せたのは本当に久しぶりです」

 Aさんは「明日、介護職の面接に行きます。採用されるかはわかりませんが」と言い残して食堂をあとにした。もし就職が決まらないと生活保護も考えねばならず、そうなるとAさんはまた大人食堂を利用するかもしれない。

「大人食堂は実学です」

 今回の取材で忘れられないのは、この日、厨房で働いていた40代女性のBさんだ。

 Bさんは他県に住んでいたが、家庭ではDV的な扱いを受けていた。家族の借金返済の3分の2を背負わされ、そのため自身が借金を重ねる。その悪循環から逃れようと、今年のGW直前に誰も自分を知らない仙台へと逃避した。

 アパレル関連の非正規職に就いたBさんは、会社と5月20日までの1か月契約を結んだが、直後に会社から「10連休で仕事はない」と言われ愕然とする。Bさんの財布には1200円しかなかった。

 どうしよう。Bさんは助けを求め、福祉関連の団体にいくつも電話をした。そこで紹介されたのが大人食堂だった。

 当時、Bさんの家財道具は電気ケトルだけ。それで沸かしたお湯でつくるカップ麺のみが食事だった。

「だから大人食堂の食事は本当に温かかった。同時に私の今後の生活も相談に乗ってくれて本当に助かりました」

 Bさんの相談を受けたPOSSEの川久保尭弘さんは、まず「所持金が1200円しかないことに驚いた」。

「そして痛感したのは、そういう状況でも助けを求められる場所がなかったこと。とにかくまずは生活保護をとることで一致しました」

 川久保さんはBさんと役所に同行し、職員に状況を説明、はたしてBさんは実家に知られず無事に生活保護を受給することができたのだ。

 そのBさんは、大人食堂3回目の開催が決定すると、「今度は私が手伝いたい」と申し出た。川久保さんは理屈抜きで「感銘した」と振り返る。

 取材時、厨房には約20人のスタッフがいた。その約半数は大学生などの若者だ。参加動機はそれぞれだが、誰もが動員ではなく、自分の意志で参加していた。

スタッフの益子さん。大学でも社会問題のサークルに参加しているが「大人食堂は実学です」

 ひときわ自分の意見をもっていたのが大学2年生の益子実香さんだ。

「私は仙台で、性暴力の撲滅とそのための刑法改正を訴えるフラワーデモを始めました。でも、声をあげたら叩かれる。反貧困運動も同じです。だけど、おかしいことにはおかしいと声をあげてどこがおかしいんでしょう。大人食堂は世の中で起きている問題を生でとらえて関わる現場です。これに関わる私たち学生は無力じゃないと思っています」

 森さんは「これだけの若い力が集まるのは本当に心強い。同時に、弁護士や労組の相談員が常時待機するこの体制は意義がある。できるだけ多くの大人と関わるため大人食堂は今後も毎月開催します」と述べた。実際、第5回の大人食堂は8月29日に開催され、この日も5人がリピーターの8人が訪れたという。


 大人食堂が今後、各地に広がることを期待したい。

取材・文/樫田秀樹 ジャーナリスト。'89年より執筆活動を開始。国内外の社会問題についての取材を精力的に続けている。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)が第58回日本ジャーナリスト会議賞を受賞