中村メイコさん(85)

 わずか2歳8か月で子役として映画デビュー。以来、人気女優として83年。洋服や着物、靴、アクセサリーなどを人の何倍も所有し、

「買い物ほど楽しいものはないわよね。それに、女優だから同じ物は身につけられないでしょ?」

 ころころと笑う中村メイコさん。その老い支度は5年前の80歳のとき。夫・神津善行さんのユーモアあふれるひと言から始まった。

トラック7台分の私物を手放した

「“君は何でもたくさん持っている。それをそろそろやめないか? もし君が先に死んじゃったら、僕は君の山のようなパンストに埋もれながら、それをどうするか考えなきゃならない。そんなじいさん、嫌だろう? ついては生活を縮小しよう”。キタ───! と思いました(笑)。そして、そのとおりだとも

新婚時代。カンナ、はづき、善之介の1男2女を授かった

 長女で作家の神津カンナさん、次女で女優の神津はづきさん、長男で画家の善之介さんはとうに独立。約30年前に建築した2階建て+地下という、まるで体育館のような大邸宅は、夫婦2人暮らしにはあまりにも広すぎた。

 生前整理をして生活と持ち物を縮小化。老夫婦でも暮らしやすいコンパクトな家に住み替えることに。まずは、作曲家である善行さんの魂ともいえるグランドピアノから敢行。大親友の美空ひばりさんも遊んだであろうビリヤード台もいさぎよく。

 メイコさんの10畳×3部屋の衣装部屋は、まるで百貨店のバックヤード。“東京のイメルダ”とも言われた靴はもちろん、帽子、花瓶……ありとあらゆるものを、なんとトラック7台分手放した。

 愛着あるものを捨てる際の寂しさは、まったくなかったとメイコさん。

私は2歳から役者ですから、セットに合わせる名人なのね。役者って今日、初めて入った家のセットでも、長年使い慣れているように演技しなくちゃダメでしょ? “ここで”と言われたら、“はい、わかりました”と何食わぬ顔で演技するの。だから、ものを捨てて小さい家に越すことは、違う世界に行けるような感じがして、ワクワクしたの

 メイコさんがものを手放す際の基準は、年齢。

「“あと何年生きるか? そのためには何がどれくらいあればいいのか?”と考え、捨てていきました。例えば、ハイヒール。口やかましい娘が2人もいますから、“80歳がそんな高いヒールで歩くものじゃない!”と言われ、確かにそのとおりだなと」

『江戸っ子健ちゃん』(1937年)でデビュー。2歳8か月

 写真撮影に必要な2、3足だけを残し、残りは全部手放した。

「いくら高価なブランド品でも、流行遅れのものを身につけるなんて嫌。古くさいデザインのオーストリッチのカバンよりも、トレンドの千円のバッグのほうがかわいいじゃない?」

 そんな性格も片づけを後押しした。メイコさんの断捨離は週単位。

「今週は“思い出を捨てる週”“手元にあるものを捨てる週”“母親としてのものを捨てる週”など、テーマを決めて淡々と捨てていくことも大事ね」

前列左からメイコさん、善之介、善行。後列左からはづき、カンナ

 映画の台本など、捨てたら2度と手に入らないであろうものも未練なく。

「私、思い出のものを手にしながら“あのシーン、うまくできたかしら?”とか全然、振り返らないの。そんなこと考えていたら前に進めないでしょ?」

 そんなメイコさんでも、捨てるのに躊躇したものがあったという。

「やっぱり親友のひばりさんにまつわるもの。おそろいの着物とかね。最後の最後まで捨てられなかったけれど、しかたないの。人間ってね、しかたがないことばかりに向き合って暮らしているの。

 例えば、今晩のおかずににんじんを切ることだってそう。みずみずしく、きれいに茂った葉っぱを勢いよくザクッと切る。すごく残酷なことでしょう? 自分の生活は、たとえ残酷でもバン! と切っていかないと、とめどなく膨らむばかりになってしまうから

 世は『ヤフオク!』や『メルカリ』などネットでの個人間売買が盛況だが、微塵も考えなかったという。

「それをしたら、(ひばりさんとの)友情を裏切ることになるから」

最期は病院で迎えたい

 10週をかけ、メイコさんのお片づけは完了。

神津善行と交際中だった昭和30年ごろに発売されていたプロマイド

ガランとした部屋に立ち、“ああ、これでいつでも死ねるな”と思ったときのすがすがしさ、気持ちのよさったら! これは、神様がくれたいちばんのプレゼントだと思ったの。ものを手放すことで、私はすがすがしさを手に入れたんだと思うわ。

 女の人って、どうしても思い出にがんじがらめになるもの。“これは息子が初月給で買ってくれたものだから”とか。でも人生って、年齢に合わせてそぎ落とさないと前に進まない。私、このごろしみじみと思いますよ」

 現在は4LDKのマンション暮らし。とても居心地がよく、快適だと微笑む。

でも私、最期は自宅じゃなく、病院で迎えたいの。だって、死ぬときのセットとして、いちばん似合うじゃない? 女優が死を演じるかのように旅立ちたい。生活感ある日常の中に、看護師さんがウロウロするような非日常が持ち込まれたら、家族はつらいでしょうからね。セットのような病室で、悲壮感なく、周りに迷惑をかけずに臨終を迎えたいわ。それが私の今の夢かしら?」

 死ぬまで女優とはこういうことか─。


《PROFILE》
なかむらめいこ。女優。2歳8か月で『江戸っ子健ちゃん』(1937年)で銀幕デビュー。以来、映画、テレビ、舞台などで活躍。