キャッシュレス・ポイント還元事業も開始。大手コンビニは実質2%値引きに 撮影/山田智絵

 レシートに印字された消費税10%と、軽減税率8%(持ち帰りの飲食品など)の混在。これだけでもややこしいのに、キャッシュレス決済時のみ小売店の規模によって率の異なる「ポイント還元」を受けられる仕組みも加わり、消費者は混乱をきわめている。

 いつ、どこで、何をどう買うとお得なのか─。

 おばあちゃんの原宿といわれる東京・巣鴨の地蔵通り商店街で取材すると、

「何をどうすればいいか全くわからない」(80代の無職女性)などと“諦めモード”の声ばかり。

 政府は今回の増税にあたり、消費者と中小事業者の負担を減らすためポイント還元制度を導入した。来年6月末までの期間限定で、原資は予算の約2800億円。つまり、私たちが納めた税金だから還元されないと損をする。

 しかし、高齢者をはじめとするアナログ人間にとって「キャッシュレス決済」での支払いはハードルが高すぎたようだ。

キャッシュレス化に躊躇する高齢者

 同商店街でお菓子のシベリア専門店『とげぬき福寿庵』を営む土井征哉代表(48)は、

「うちはポイント還元対応しましたが、お会計でスマホやクレジットカードを出すおばあちゃんは見たことがありませんね」と話す。

『とげぬき福寿庵』の土井征哉代表(巣鴨)

 たい焼き店『飛安』の榎本宏社長(65)はポイント還元の登録申請をしなかった。

「プレーンのたい焼き1個が税込み120円。ペイペイ(ソフトバンクグループのスマホ決済事業者)が“導入しませんか?”と営業に来たけれども断った。カードでたい焼きを買う日本人なんていない

 と理由は明快だ。

 キャッシュレス決済の場合、店はカード会社やスマホ決済事業者に手数料を払う。商品単価が低ければ儲けは微々たるものになってしまう。

 洋品店『越後屋』を夫婦で運営する鈴木裕美さん(47)は「ただでさえ売り上げが悪いのに値上げなんてできない」と困り顔。当面は増税分を店で負担するつもりだ。

 戸惑っているのは消費者も同じ。妻の病院帰りに同商店街に立ち寄ったさいたま市の無職・野村寿美男さん(70)は、キャッシュレス決済をする気にはならないという。

「機械は信用できない。なるようにしかならないと諦めている」(野村さん)

 年金生活のため、増税による支出増加分は夫婦旅行の費用を切り詰める予定だ。

 ベンチに座ってたこ焼きを食べる女性4人組。近くの店で軽減税率対象外のイートインを避けて「持ち帰ります」と言った。

「キャッシュレス化は怖い。政府は進めたいみたいだけれど、もし、使いすぎちゃったら誰が責任を取ってくれるのか。おいしいところだけアピールするのはずるい」

 と茨城県の主婦(68)。

 食べ終えた容器を購入店で捨ててもらおうとしたところ断られたという。テイクアウト(8%)したのに店でゴミを捨てるとイートイン(10%)になるからだろう。

根強い現金払い派は生産者にも

 地方の観光地ではどのような状況か。神奈川・小田原城近くで取材していると、ソフトクリームをなめながら店を出てきた人が……。

「持ち帰り扱いになっているはずだが、溶けてきたのでついペロッと。これってイートインになるんですかね」

 と苦笑いするのは都内で会社を経営する40代の男性。

箱根湯本の駅前商店街は外国人観光客も多く

 神奈川・箱根湯本を観光中の70代主婦は「私は現金払いだからポイント還元のポスターを見るとしらける」。

 小田原市内で地元名産品を製造・販売する男性経営者は、

「完全キャッシュレスになったら、うちみたいな中小規模の店はお金が回らなくなる。漁師さんからいい魚を早く仕入れるには現金払いが鉄則で、それは農家さんも同じ。キャッシュレスで伝票が積み上がっても入金は約1か月後だし、買いつける現金収入が必要。政府はそうした事情をどこまでわかっているんだろうか」

 と、あきれ顔だった。

 なぜ、ポイント還元があってもキャッシュレス決済に切り替えない人が多いのか。

 消費生活ジャーナリストの岩田昭男さんは「政府が誘導を間違えた」として次のように説明する。

「中心をスマホ決済に置いたのがまずかった。クレジットカードや交通系ICカードなど、多くの国民が1枚ぐらいは持っている“板カード”を中心に置けばハードルはグンと下がったはず。そっちで十分訓練を積んでからスマホ決済に移行すればよかった」

 高齢者や初心者にとっては、やり方が簡単か、手持ちの手段であることが大事だという。

「配慮が足りなかったということ。それと、僕はクレジットカード問題を30年取材してきたけれど、そのうち20年間は借金問題に取り組んできた。多重債務者とかね。この先、キャッシュレスで使いすぎる問題が噴出すると思うのでケアも必要」と岩田さん。

現金派もキャッシュレス派も賢い選択を

 では、ポイント還元を受けられない人はどうすればいいのか。ファイナンシャルプランナーの飯村久美さんは「増税にあわせて政府が新設した制度を利用できるか確認しましょう」とアドバイスする。

「年金をもらっている65歳以上の人で、年金収入とほかの所得を合わせて年収87万9300円以下の住民税非課税世帯であれば、年金生活者支援給付金を受け取ることができます。月額最大5000円なので年6万円になることも。ただし、書類申請が必要です」

 ほかにも新制度で、3歳半までの子どもがいる世帯と住民税非課税世帯はプレミアム付商品券を購入できるほか、自宅をバリアフリーに改築した場合などは次世代住宅ポイント制度(※)を利用できる。

「おもしろいのは家事負担を減らすリフォームも含まれること。掃除が簡単なトイレに換えたとか、ビルトイン食器洗い乾燥機を取り付けたとか。ポイントは特定の商品と交換できます」(飯村さん)

飯村久美さん(左)、岩田昭男さん(右)

 キャッシュレス決済ができず、新制度でも対象外の人にはこうアドバイスする。

「現金主義の人は家計の見直しをしましょう。超低金利なので住宅ローンを借り換えたり、子育てを終えた人は生命保険の内容を見直してもいい。光熱費も電力自由化で下げられるか価格比較してみる。固定費は1度見直すとずっと節約できます」

 飯村さんによると、増税によって2人以上の世帯の平均的な家計では、月3000〜4000円程度の負担増になる。

 ポイント還元難民になっても捨て鉢にならず、既存の制度を含め利用できるものは利用してカバーしたい。


※次世代住宅ポイント制度=住宅販売需要の落ち込みを抑えるため新設された。省エネ・耐震性など一定の条件を備える新築、リフォームを対象にポイントを付与。ポイントは家電などと交換できる