自分が養子だと知らずに育ち、31歳で「真実告知」をされた女性の気持ちは…(写真:筆者撮影)

 養子として育った人はどんな思いで人生を歩んでいるのか――。

 日本では、“血縁の両親と子ども”がいわゆる「ふつうの家族」と考えられ、これと異なる環境に育つ子どもは「変わった家の子」「かわいそう」と見られがちです。でも実際、いわゆる「ふつうの家族」ではない環境でも、のびのびと育っている子どももたくさんいれば、形が「ふつう」でも、親との関係に苦しんでいる子どもも少なからずいます。

 今回連絡をくれた千秋さん(仮名)は、32歳。昨年結婚をする際に、親から特別養子縁組で家に迎えたことを聞かされました。「青天の霹靂のような衝撃」を受けたものの、これまでを振り返って自身を「かわいそうだったとは思わない」という彼女の話を聞きに、ある地方都市へ。小雨の降る朝、駅前のホテルにある、静かなカフェで落ち合いました。

結婚を機に両親から「実は養子だった」

「特別養子縁組」というのは「養子縁組」の1種です。養子縁組は、血縁とは関係なく法的に親子関係を生じさせる制度で、「普通養子縁組」と「特別養子縁組」の2種類があります。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「普通養子縁組」は生みの親との親子関係が残るのに対し、「特別養子縁組」は生みの親との関係がなくなります。「特別養子縁組」は、子どもの年齢が6歳未満に限って認められてきましたが、今年の6月、年齢を「15歳未満」に引き上げる法律が可決されました(施行はまだ)。

 現在、特別養子縁組の成立件数は年間約600件。これは10年前の2倍近い数字ですが、今後も増えていくことが予想されています。

 ここ数年、特別養子縁組で子どもを迎えた親たちの情報発信は増えてきましたが、養子となった子ども本人からの声は、なかなか聞こえてきませんでした。そんななかで今回連絡をくれたのが、千秋さんでした。

 彼女の子ども時代は、とても「普通」だったといいます。

「私が家に入ったのは、2歳8カ月のときです。父、母、私の3人暮らしで、何も知らず、本当に“普通の子ども”という感じで育ってきました」

 彼女が養子であることを知ったのは、1年ほど前です。結婚前、両親が娘夫婦の新居を見たいと言って彼女の住む町に出てきたとき、宿泊先のホテルに呼ばれて、話をされました。

「夫と付き合っていることもあまり話していなかったので、もうちょっと考えなさいとか、なにか小言を言われるのかと思ったんですよ。そうしたら『実は養子だった』という話で、もうびっくりです。青天の霹靂という感じですよね。でも、そう言われて納得する部分もあったといえばありました」

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 例えば、親は直毛なのに、自分だけ癖毛であること。子どもの頃、「どうして私だけ癖毛なの?」と尋ねると、「(当時あまり会う機会がなかった)父方のおばあちゃんがそうなんだよ」と言われて納得したものの、「晩年のおばあちゃんに会ったら、きれいなストレートヘアだった」ため、疑問が残っていました。

 それから、周囲の子たちと比べて母親の年齢が高かったこと。授業参観のときなど「母だけみんなのお母さんより年齢が上」であることを感じていました。計算では母親が30代半ばの頃に彼女を産んだことになりますが、20年前、周囲には多くありませんでした。

 親に病院へ連れていかれ、物心がついてから血液型の検査をしたことも。当時は「なんで今、検査するんだろう?」と思っていましたが、出生時の記録がなかったのであれば、なるほどと思えます。

 ほかにも思い返してみると「私が養子だったからなのか」と得心がいくことも、いろいろとありました。

 そもそも両親がこのタイミングで、養子であることを彼女に告げたのは、なぜだったのか。

 それは、戸籍謄本を見れば、千秋さんが養子縁組をしていることがわかるからでした。普通養子縁組は子どもの続柄が「養子」と記載されるのに対し、特別養子縁組は「長女」「次男」などの表記になるので、戸籍を見ても養子とはわからないと思われがちですが、実はそうではありません。

 本籍地ではない場所で結婚届を出す場合には戸籍謄本が必要になるのですが、特別養子縁組の場合、「民法817条の2による裁判確定日」として、縁組が成立した日付等が戸籍謄本に必ず記載され、養子だとわかるのです。

「もどかしい」けれど、知ってよかった

 養子に限らず、大人になってから「親と血縁関係がない」など出自にかかわる事実を知った人のなかには、長い間だまされていたと感じ、怒りや悲しみを覚える人も少なくありません。でも千秋さんの場合、「養親に対して感謝の気持ちを強く感じた」といいます。

「私に養子だということを悟られないよう30年間育ててきて、本当にすごいなと思いました。反抗期にすごい言い合いをしたときなんか、『血のつながってない子なのに』とか、ぽろっと言っちゃってもおかしくないじゃないですか。そういうことを思うと、もう頭が上がらない気持ちになって。

 ただ、やっぱりショックではありました。私はあのふたりを父と母だと思っていて、自分はふたりの子どもだと思っている。でも“本当の子ども”ではないし、生物学的にはつながっていない。かといって、今の父と母の遺伝子をもらって生まれていたら、今の私にはならない。そういうのが、すごくもどかしくて」

 なぜ「もどかしい」と感じるのか? もしかすると彼女は「血縁の親子」=「本当の親子」というふうに、心のどこかで思っているのかもしれません。でも、「本当の親子」って、いったい何なのでしょうか。

 以前ある女性から取材で聞いた、こんなエピソードを思い出しました。小学生の息子が、血縁関係のない父親と遊んでいたとき、近所の人が悪気なく「本当の親子じゃないのに、仲いいわね」と声をかけたところ、息子が「本当って何? 血がつながっていないと本当じゃないの? これが本当じゃないなら本当の意味がわからない」と泣いたという話です。

「本当の親」かどうかは、子どもが決めること。大人が判断することではないでしょう。このケースとは逆に、子どものほうは「親」と思っていないのに、大人が勝手に「親」にならねばと気負って空回りするケースもよくありますが、どちらも的外れなところがあります。

「もどかしさ」を感じていたのは、彼女の母親が先だったのかもしれません。自分の子どもなのに、自分は産んでいない。「血縁の母」ではないという母親のもどかしさを、千秋さんは内面化していたのでしょうか。

 もうひとつ千秋さんがショックだったのは、「養子だということを、私以外の全員が知っていたこと」でした。父方も母方も親戚はみんな知っていたのに、「私だけが知らなかった」ことについては、嫌な気持ちになったそう。

 生みの親に会ってみたい気持ちは「少し、ある」といいます。いちばん気になるのは「どういう顔なのか、どういう体型をしているのか」といったこと。あとはやはり、親の体質や病歴なども知りたいと思うそうです。

 筆者はこれまでも、AID(非配偶者間人工授精)や産院取り違えなど「血縁の親がわからない」という人に取材をしてきましたが、「血縁の親に会いたい」という気持ちのニュアンスは人によって異なることを感じます。

 彼女の場合は、人から「自分の過去を知ることと、生みの母に会いたいと思う気持ちは別物」と言われて納得し、落ち着いた部分もあるのだそう。

 養子であることを知らないほうがよかったと思うか、と尋ねると、「私は知ってよかったと思いますね。(自分の人生が)1本の線でつながったような感覚があって、モヤモヤした部分がスッキリし、生まれ直したような感じがあるので」ということでした。

知らぬ間に親の夢をかなえていた人生

 なぜ人生の途中で出自を知ったほかの人と比べ、彼女は怒りや悲しみより、感謝の念を多く抱いているのか? 考えながら話を聞いていたのですが、「これかな」と感じたのは、例えばこんなエピソードです。

「千秋が家に来てくれて、われわれは『お父さんお母さんになる』っていう夢がかなえられた、と親はいっていて。幼稚園で急に熱を出したときのお迎えも、高校受験のときの塾の送り迎えも、部活の応援も、千秋が家に来たからこそ、経験することができたと。

 私はただ生きてきただけと思っていたけど、知らない間にこんなにも長く、誰かの夢をかなえ続けていたんだ、と思ったら私自身すごくうれしかった。実親と一緒にいることができずに養子になったというスタートの事実は悲しいけれど、生まれてきてよかったなと思ったんです」

 自分が存在することへの全肯定、とでもいうのでしょうか。こんなふうに「自分がそこにいるだけで誰かが心から喜んでくれている」と子どもが思えたら、親と血縁があろうがなかろうが関係なく大丈夫なんじゃないかな、という気がします。

千秋さんが伝えたいこと

 養子をこれから迎える、あるいは今育てている人たちに、千秋さんは「今この瞬間を大切にしてほしい」といいます。

「血のつながらない子どもを育てている親御さんには、もっとその時間の幸せを感じてほしいと思います。真実告知をいつにしようとか、どういうふうに伝えようとか、不安になってしまう気持ちもわかるのですけれど、子どもがいる生活、わが子を愛し、わが子に愛されている毎日を、大切にしてほしいなと」

 多くの養親がタイミングについて悩む“真実告知”(子どもに「実は血がつながっていない」と伝えること)については、「そんなにびくびくしなくても」と感じているそう。

「ショックを受けるのは正直、当たり前のことだと思うんですね。でも、そんな悲しい状況を支えてあげられるものこそが家族だと思うんです。誰だって大切な人が悩んでいたら助けてあげたくなるでしょう。真実告知のときも同じで、子どもは悲しむけれど、一緒に乗り越えていってほしい。親が怖がっていたら、子どもはもっと不安になります。血のつながりにとらわられず、何かあったら力になるよ、ということを伝えてあげてほしいと思います」

 この夏、千秋さんは、養子の立場の人だけが集まるイベントや、養親向けのイベントを開催しました。ゆくゆくは「養子縁組後の家族を支援するサービスができればいいな」と考えているそうです。

「養子ってすごくセンシティブな問題ですけれど。いまは養親側の意見ばかりがすごく目立つので、養子の子ども側の意見も、社会にもっと伝えていければいいなと思います」

本連載では、いろいろな環境で育った子どもの立場の方のお話をお待ちしております。詳細は個別に取材させていただきますので、こちらのフォームよりご連絡ください。