川平慈英 撮影/吉岡竜紀

 2017年の2月、東京の日生劇場は感動に包まれていた。ティム・バートン監督で映画化された『ビッグ・フィッシュ』のミュージカル版が、観客の心を満たしていたのだ。

 多くの観客に愛されたこの作品が、この秋、劇場をシアタークリエに移して再演される。主演を務めるのは、もちろんこの人、川平慈英さん。

慈英さんにピッタリ

いやー、うれしいですね。僕はいままでに100本以上の作品に出てきましたが、これはまさに勲章みたいな作品です。キャストが12人とダウンサイジングで新しいものになるんですけど、メインキャストは変わらず。

 しかも、初演に携わったみなさんが“この作品はなんとしてももう1度、お客様に届けなければいけない”と言ってくださった。ありがたいし、その熱意に応えなきゃ、って思いますよ。ただ、このハードすぎる公演スケジュールをなんとかしてくれー(笑)」

 川平さんが演じるのは、自分の人生を大げさに膨らませ、物語をでっちあげて語りたがるエドワード。若き日々から晩年まで、彼が語って聞かせる波瀾万丈の人生と、ホラ話ばかりするエドワードを理解できず、許せない息子ウィルとの確執が交互に描かれていく。

 人が大好きで楽しませ上手、チャーミングなエドワードは、共演者も演出家も「演じる必要がないんじゃないかと思うほど、慈英さんにピッタリ!」と口をそろえて言うほど。

 でも川平さん自身は「そうかな? 自分ではあまりそういう意識はないんですよ」と言う。

ただ、あまり演じているという感覚がなかったので、舞台の上ではエドワードとして生きられたんだろうな。エドワードって、人が好きなんですよね。人の懐にすぐ飛び込んでいって、その人と自分が一緒になってお互いを倍加させていくような、お互いに与え合い、分け合うみたいな生き方なんです。それで人生がカラフルになって、よりハッピーになる。

 そういう、うまい術……というんじゃないな、持って生まれた天性みたいなものがあるんでしょうね。映画版のアルバート・フィニーさんも、“この人と一緒に旅したいなぁ”と思わせるんですよ! 僕もそう感じてもらえたら最高ですね

高揚感、幸福感しかない

 前回の初演をやりきった経験が自信につながったかというと、「それもないなー」と川平さん。

「この年になってくると、自分の中で“調子に乗るなよ、ジェイ。テイク・イット・イージー”って声が聞こえるんです。若いころには“俺、イケる! 俺を見てくれ”っていう根拠のない自信があったけど(笑)、昔の自分がうらやましい。

 でもいまは“俺がよければいい”じゃない。作品を受け取る側のこと、セリフの意味すること、届けるべきことに自分の志向があると思うんです

川平慈英 撮影/吉岡竜紀

 作り手も観客も、初演の後には“『ビッグ・フィッシュ』ロス”に陥ったというけれど、川平さんは?

いや、出会えたこと、完走できたことへの感謝しかなかった。打ち上げの後、家に帰って靴を脱ぐとき“Thank you'Load”って言葉が出たんです。“ありがとう、神様”って。

 次の朝起きて“ああもうないんだ、終わったんだ”と思ったときもそう。でも僕思うんですけど、千秋楽のカーテンコールで挨拶したとき、泣けばよかった(笑)。想像したら泣くと思ったんですよ! でもみんなに迎えられて出ていくとき“なんか楽しーい♪”って(笑)。高揚感、幸福感しかなくて、感慨も涙も全然こみ上げてこない

(演出の)白井さんに“ありがとう!”って言ったときは“ウッ!”ってきたけど、“おーっと、ノーノーノー、危ない危ない”って我慢しちゃった。“賛美!”ってほうにチャンネルが入ったなぁ」

座右の銘は“和顔愛語”

 家族が許し合う姿を描いたこの作品のエドワードを思うとき、川平さんが「僕よりもっと似ている」と思う人がいる。父だ。

「僕の親父は“寛容”という意味で、エドワードに似たところがあるんですよ。若いころの僕にはわからなかったんですが、最近、“親父、すげーな!”ってよく思わされます。父はクリスチャンなんですが、座右の銘は“和顔愛語”。仏教用語だと思うんですけど、クリスチャンの精神にもあてはまるって。優しい、柔らかな顔で愛をもって語る。そういう男なんです

 僕なんか、ときどき何かに腹を立てて毒づいちゃったりするけど、父は失礼な相手にも絶対に怒らない。相手を取り込んで、和やかに包み込むんですよね。昔は“綺麗事を言ってるんじゃないよ、親父”って思ってましたけど、いまは“俺がちっちゃかったな”と思います。あんなふうになりたい

 その“寛容”の精神が、『ビッグ・フィッシュ』にも脈々と流れている。

いまの日本って、どうも不寛容な気がしていて。もっと“許す”ことが必要なんじゃないかな。ウィルも父親のことを許して、大きな幸せを得ますよね。“寛容”というのは、人が許し合うためのツールのような気がするんです。そこに生きる喜びが生まれるんじゃないか。僕も初演から今日までいろいろな経験をしていますから、生の部分でもっと根幹が太い、ピュアな、羽ばたくエドワードになりたい。

 よりはしゃいで“こいつ、生きていることを謳歌してるな”と感じてもらって、“人生、そんなに悪くないぞ、一緒に登っていこう!”と、大きなエナジーを伝えたいですね」

(取材・文/若林ゆり)

『ビッグ・フィッシュ』 (c)東宝
ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』
 
自分の人生を大げさに語るエドワード・ブルーム(川平)の冒険と、妻サンドラ(霧矢大夢)との愛、彼を理解できない息子、ウィル(浦井健治)との絆を描くミュージカル。
 ファンタジックな世界観の中に浮かび上がる家族のラブストーリーが感動を呼び、キャッチーな楽曲も心に残る。今回は12人のキャストによる新演出“12 chairs version”での上演。
 11月1日~28日 日比谷シアタークリエにて。その後、愛知、兵庫公演あり。
問い合わせ:東宝ナビザーブ TEL:03-3201-7777。詳しい情報は公式HP(https://www.tohostage.com/bigfish/)で確認できる。

●PROFILE● かびら・じえい 1962年9月23日、沖縄県生まれ。
 大学在学中に俳優デビュー。歌・ダンス・芝居と三拍子そろった実力で舞台を中心に活躍しながら、サッカーナビゲーターとしても人気者に。出演作に舞台『J・キャグニー』『雨に唄えば』『Shoes On!』シリーズ、『オケピ!』『趣味の部屋』『日本の歴史』『ピカソとアインシュタイン~星降る夜の奇跡~』など。テレビ『ちりとてちん』『コレナンデ商会』など。映画『THE 有頂天ホテル』など。
 '20年7月にはPARCO劇場のオープニング・シリーズ『三谷幸喜のショーガール』に出演予定。