阿部寛演じる桑野信介あってこそドラマの魅力が引き立っている

 令和になって、皮肉屋やまちゃん(山里亮太)が蒼井優と、独身貴族っぽかった小泉進次郎が滝川クリステルと、“結婚しちゃう男”が続々現れるなか、ドラマ「まだ結婚できない男」(フジテレビ系 火曜夜9時〜)も奮闘している。「結婚できない男」から13年後の続編で、これがかなりの好感触。初回の視聴率もまずまずで、見逃し配信の再生回数が関西テレビ制作作品中、過去最高だったとか。

 それもそのはず、13年前よりも増して“結婚できない(しない)男”は注目されている。ドラマではまず、“50歳を超えて未婚の男性が23.4%、女性が14.1%を超えた。”と『厚生労働白書』のデータを紹介したほどだ。13年前は“結婚しない(できない)男”が増えてきたとちょっとしたネタ的だったものが、いまでは国を挙げての深刻な懸念事項。主人公の桑野信介(阿部寛)はそのロールモデルとして格好のキャラクターとなった。

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 桑野信介は、頭脳明晰な建築家。背も高いいい男でおしゃれなマンションに住み、料理も上手。1人でなんでもこなすので、結婚する必要がない。頭がキレすぎて上から目線になりすぎるため他人と共生しづらいところもあるが、不自由はないので独身を通してきた。

 とはいえ、一見完璧に見える男にも弱さがあって、やっぱり1人より2人がいい……という本音が徐々に垣間見えてくるのが前作。最終回、夏川結衣演じる女医・早坂夏美(当時は「女医」といってもさほど問題なかったがいまは言い換える配慮が必要な時代になった)とうまくいきそうな余韻を残して「結婚できない男」はいったん終わった。

前作ヒロインとの恋愛はどうなった?

 ところがだ。13年後、桑野はまだ独身だった。なぜ! 夏美はどうしたんだ。

 前作のファンとしてはちょっともやもやして続編を見始めると、桑野は、ひとりしゃぶしゃぶを堪能し、夜はクラシックを大音量でかけて指揮に興じ、隣に引っ越してきた女性(深川麻衣)のひとり流しそうめん機をさっそくまねするなど、13年前と変わらないおひとりさま生活をマイペースで送っていた。そして、まめなエゴサーチ。ネットの活用の仕方も桑野らしい。

 変わったことといえば、AIアシスタント(名前はミスタースポック)をパートナーのようにしていること。そう、いま、世間はますます1人でも生きやすくなっているのである。

 気になる夏美の様子もさりげなく匂わされた。それがちょっと残念な気もしつつ、13年前と変わらないテンポのいい流れに乗せられて(脚本も演出も一緒)ドラマを見ているうちに気づいたのは、このドラマは主人公・桑野信介さえいればいくらでも量産可能な「男はつらいよ」的な作品なのだということだ。マドンナはそのつど変わっていい。だから今回のマドンナは独身弁護士を演じる吉田羊なのだと思えば気にならない。

 そう思えたのは、ひとえに阿部寛の仕上がりのよさにある。

 俳優として幅広い仕事をしている阿部寛。その十八番といえば、世の中を斜めに見た皮肉屋の役。出世作となった「トリック」シリーズの上田教授がその代表で、ちょっと鼻持ちならないくらいプライドが高いエリート役が人気を博し、関連本まで売れに売れた。自己顕示欲が強くて意地悪なところもあるけど、どこか憎めない。

「まだ結婚できない男」では嫌味を言うときの口元のねじり方、吉田羊演じる弁護士が独身と聞いて「ウホホホッ」と声に出す笑い方がみごと。あからさまに人を不快にする態度をとるが、そういうことが嫌でなく、楽しみになる奇特な俳優だ。

 十八番をもつ一方で、俳優・阿部寛はこの13年間、さまざまな役を演じてきた。東野圭吾原作「新参者」の刑事、池井戸潤原作「下町ロケット」の中小企業社長、是枝裕和監督作『海よりもまだ深く』の、鳴かず飛ばずの作家、そして『テロマエ・ロマエ』のローマ人! 下町の人からローマ人まで多彩な人物を演じてきたうえ、私生活では結婚して、13年前とはパブリックイメージがだいぶ変わったはず。

 にもかかわらず、結婚できない桑野信介は桑野信介だった。その達者な演技にも舌を巻きつつ、いつまでも変わらない漫画のような人物ではなく、13年分の歳を取ったというリアリティーまで伴っているところにこそ、阿部寛と「まだ結婚できない男」の真価があると私は言いたい。

前作を見た人も13年前から歳を取っている

 なぜなら、あなたも私も、前作を見た人は13年前から歳をとっているからだ。生身の視聴者の13年分をも背負わなければ、「まだ結婚できない男」は成立しない。いつまでも変わらない寅さんではなく、ちゃんと年をとるキャラクターであることがドラマを面白くする。

 人間、変わらないところ(やっぱり結婚しないところ)もあれば、変わったところ(年をとったところ、仕事に対する野心もそれなりに芽生えているところなど)もあるもので、そこを阿部寛はみごとに見せていた(脚本家や演出家の力もあると思う)。

 第1話で印象に残ったのは、ペットショップで犬を見て、

「売れ残ったらどうするんですかね」

 と聞くところ。

「それは……」と店員は口ごもる。

 犬と人間を重ねているのは明白で、単なる結婚できない男のコメディーではなく、哀愁があるところに心つかまれる。

 桑野は完璧主義者だから肉体はストイックで中年太りの気配は微塵もない。だけど顔の肌具合は年相応の変化も見える。50代を超えた人間の肉体のせめぎ合い、身体は衰えたくない、でも顔のよさを売りにしていないから顔面のエイジレスにはさほど気を遣っていない。つるつるだったら逆にへんで、経験が顔を作るのだが、どこか迷いもにじむようにも阿部は見せているように感じる。

 そんな人間のありさまを見て、共感した視聴者も少なくないと思う。なにしろ、独身率は増えているのだから。そして、13年分の事情を皆、それなりに抱えているのだから。阿部寛は、そんな日本人の心をみごとに全身に映し出していたのである。私のSNSでも共感している独身男性が数人いた。

 愛らしい皮肉屋キャラがあまりに鮮やかで、阿部寛自身がそういう人なのかと思ってしまうほどだが、何度か取材をしても私には彼の素がまったくわからない。

「トリック」で阿部の魅力を開花させた堤幸彦監督が「もしかして阿部さんは(実は)すごく小さな人で、芝居が終わると身長191センチの阿部寛の外皮を脱いでいるのかもしれない」というようなことを拙著『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』のなかで語っていて、そうなのかもしれないと思ってみたりもするが、本当のところはわからない。

二枚目イメージとのギャップを意識している?

 ただ、デビュー当時、『メンズノンノ』のモデルをやっていて、爽やかな二枚目として人気を博しながら、二枚目のイメージが強すぎて一時期停滞した時代があったからこそ、ギャップを作ることでがぜん広がりが出ることを痛感しているのではないかという気がする。

 恩師であるつかこうへいの舞台で、エキセントリックなキャラを爆発させることを覚えた後、劇的にレンジが広がった。恥ずかしいと思うようなことをやるときも、つかこうへいが稽古に見学者をつねに呼んでいて、その人たちの反応によって恥ずかしさがなくなっていったという。「イケメン」として単純にくくられることにあらがいたいと願う、世の見た目のいい男性の見本となる人物だろう。

 公式ホームページが昔ながらの素朴なデザインのままでいることも好感度を上げている。どんなに名優になろうとも、ちょっとだけとりつくしまを与える、それを続けている阿部寛演じる桑野信介は、令和の国民的キャラクターになりうるかもしれない。(敬称略)


木俣 冬(きまた ふゆ)○コラムニスト 東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。