政府は10月に『改正電気通信事業法』を施行。携帯会社各社に携帯電話代金の値下げを促した。総務省が発表した『令和元年版 情報通信白書』によれば、個人のモバイル端末の保有状況は84・0%。
 ニュースや旅行先の情報、今日の星座占い、SNSで友人の投稿をチェック……。調べればなんでもわかるという便利なネット社会の恩恵を受ける反面、同白書によれば、『インターネット利用に伴う被害経験』も増加している。多くは迷惑メールなどによるものだが、ここ最近増えているのは“炎上”や“誹謗中傷”である。
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「ネットの世界の怖いところは、いつ被害者になるかわからないということ。それと同時に、自分が意図しないうちに加害者になってしまうことです」

 こう語るのは、お笑いタレントで俳優としても活動するスマイリーキクチ氏(47)。とある事件が彼と紐づいてしまう人も多いだろう。実は彼も長年、誹謗中傷を受けてきたインターネットによる人権侵害の被害者だ。’99年に開設されたネット掲示板の草分け『2ちゃんねる』や、彼の公式ブログのコメント欄などで、’89年に発覚した『女子高生コンクリート詰め殺人事件』の実行犯であるという書き込みが相次いだのだ。

「インターネット黎明期だったこともあり、情報の取捨選択を行う“リテラシー”の概念がまだ根付いていなかったこともあると思いますが、本当に僕が犯人だと信じてしまう人も少なくありませんでした。事実無根であることを発表したものの、今でも僕の名前を検索すると、公式のサイトやSNSよりも“中傷事件”とか“人殺し”などの見出しが上に来てしまうんです」(キクチ氏、以下同)

 キクチ氏が初めて中傷を受けた日から約20年が経過。それでもなお、ネット上で彼を叩く人もいるという。これだけの月日が経っても、ネットリテラシーは向上しているとは言いがたく、むしろインターネットが身近になったからこそ危険は近くに潜んでいるのだと警鐘を鳴らす。

デマを鵜呑みにしやすい人の特徴

「今年7月、堀ちえみさんのブログのコメント欄に何度も“死ね”と書き込み、脅迫していた主婦が書類送検されました。北海道に住むこの主婦は、“みんな書いている”と反省の色がないような報道がされていました。実はこの人に限ったことではなく、TwitterやInstagramなどのSNSでほかのユーザーを中傷している人の投稿を見てみると、家族の写真を普通に載せているんですよね。

 お子さんの顔の写った写真を投稿して、“今はこういう帽子が流行っています!”とか、“ヒーロー物のグッズを買いました!”とか……。そういう日常的な投稿をしているような普通の人が、誰かに噛み付いていることが多いんですよ」

 また、茨城県の常磐自動車道で8月に起こったあおり運転殴打事件で逮捕された宮崎文夫容疑者と、その車に同乗して犯行をガラケーで撮影していた女は世間を震撼させた。この“ガラケー女”と勘違いされてしまった女性の個人情報が、ひと晩のうちにネット上で流布され、Instagramのコメント欄に誹謗中傷の書き込みが連なるという騒動も起こっている。

「彼女の情報を拡散して、“こいつを叩きのめそう!”と憤慨していた人たちのTwitterを見ても、一般的な会社員の方が大半でした。そういう人たちって、自分の真面目さや正義感の強さをアピールするために人を攻撃しているように感じます。

 モラルを振りかざす人ほど、悪を制裁するには何をしてもいいと思っているのか、ネットでのマナーが欠けているように見受けられますね。感情的になればリテラシーも低くなります。“デマ”を鵜呑みにする危険性は誰にでも起こります

 書き込まれた人を疑う前に誰が書いたかを疑う。その発信元(ソース)がどこなのか、信頼に足るのかなど、多くの検証を重ねるなどして初めて、“情報”として信じていいかどうかを判断するもの。信憑(しんぴょう)性を確認することを怠っただけで、知らないうちに誹謗中傷というネットリンチに加担してしまう可能性があるのだ。

拡散ボタンを押した“だけ”が命取り

スマイリーキクチさん

「Twitter上でとある情報があったとして、それが数回リツイートされてしまうと、それがデマだったとしても真実かのように化けてしまいます。それがひとり歩きし始めると、こちらでは制御ができなくなる。リツイート数が多ければ多いほど、真に受ける人が増えてしまうんです。あくまでも“共有された数”というだけであって、数が多いから情報の信憑性が高いというわけではないということを知ってほしいです」

 というのも、今年9月、橋下徹元大阪府知事が自身に関する投稿をリツイートしたジャーナリストを相手取り、「事実とは異なるにも関わらず、パワハラをする人物だという印象を拡散された」と大阪地裁に提訴。橋下氏の勝訴判決が下され、賠償金を支払うよう命じられたのだ。たった一度、拡散ボタンを押すという行為をした“だけ”のようにも感じるが、

「実は、僕の件で'08年に捕まった人たちの中には、2ちゃんねるのデマや中傷の書き込みをコピーして、僕のブログのコメント欄に貼りつけた“だけ”で書類送検された人もいます。最初にツイートした人の情報が借金だとしたら、リツイートボタンを押すという行動は、自分は連帯保証人になることに同意したと考えなければいけないと思います。Twitterでの“いいね”は“承認”であって、自分が気になったものを集めているだけですが、リツイートは“拡散”する行為。全世界にデマや中傷を広める片棒を担いでいるということを忘れてはいけません

SNS上に「内緒」は存在しない

 主にアルバイトの人などが勤務先で悪ふざけをした動画をSNSに投稿し炎上する『バイトテロ』も、情報の拡散性を軽視してしまった結果だという。

「例え、面白がってくれるような知り合いにしか見られないように設定にしていたとしても、悪意なく第三者に見せてしまうこともありえます。また、Instagramのストーリーは24時間で消える設定だと考えている人もいますが、24時間も世界中に公開されているんです。見ている人がスクリーンショットや画面の挙動を動画で撮影すれば、デジタルタトゥーとして一生残ってしまう。SNSは、内緒の話をしているつもりでも、全世界の人が見られる状態にあると思っていたほうがいいと思います」

 万が一、自分がデマや中傷被害に巻き込まれてしまった場合、どうしたらいいのだろうか。

「僕のところにもたくさんの相談がきますが、TwitterやInstagramに嫌がらせをしてくるアカウントを報告しても、“利用規則の範囲内”となってしまい、情報開示やアカウントの凍結、強制退会などの措置に至ることはほぼありません。

 もし法的措置に出る場合は、まず第一にURLがわかる状態でスクリーンショットを撮るなど、証拠を集めます。第二にその後、誹謗中傷を書かれたとしても絶対にやりあわないこと。つい感情的になって相手に対して乱暴な言葉を使ってしまうと、被害者と加害者の関係性が崩れてしまいます。基本的にはヤラレっぱなしの状態で初めて被害者として成立するので、“そういうことはやめてください”“事実無根です”と毅然とした対応をすることです。そのうえで、“これ以上やったら刑事告訴します”と警告してください

 キクチ氏によれば、「警告を無視する人に対しては、悪質性が強いと判断される」のだという。

警察を動かすためには

 Twitterなどで一般の人から多くの相談を受けるようになったため、アドバイスができるようにまとめているのは、自作の『事件ノート』だ。

キクチ氏がすべて手書きで記録しているノート

「何年も続けているのですが、事件に対してどこの警察署が動いたかっていうのをある程度、把握するためノートにまとめています。“その地域の警察署は今まで動いていないけど、この地域の警察署だったら対応してくれる”とか、“サイバーパトロールはどこの都道府県警がよく捜査している”とか、わかるようにしておくといいんです。

 なかなか、ネットでの誹謗中傷の捜査を受けてくれるような警察官の方はいらっしゃらないので、そういう事例に対応できる刑事さんを探しながら書き留めています」

 TwitterやInstagram 、FacebookなどのSNSは母体が海外にあるため、英語でやりとりをしなければならない。『ネット捜査』と『英語』、いずれも堪能な刑事は希少といってもいい。捜査が始まるまでにも、なかなか時間がかかる場合もあるのだ。いい警察官に巡り合って、進展があったとしても油断はできないという。

先ほどお話した堀ちえみさんは、“夫に関する名誉毀損があったため、警察に行った”とブログに書いていらっしゃいました。抑止力にはなりますが、基本は内緒にしたほうがいいです。

 その理由は3つあって、1つめは相手に“挑発”と取られてしまい、刺激してしまうことにもなりかねない。2つめは、アカウントを消したり、携帯電話自体を隠すなど証拠を隠滅する恐れがある。完璧に消すことはネットの場合不可能ですが、情報開示が認められない可能性もゼロではないので、隠滅されないようにしたほうがいいです。3つめは逃亡される恐れがあるから。口外するにしても自分の身内や家族で留めてください。あとは警察に任せましょう」

心を病まないようにするために

 警察に捜査を依頼し、情報開示をSNSに求める裁判を起こし、その後にようやく加害者への裁判を起こす……となると、かなりの時間とお金を要してしまう。そこまでできない人も中にはいるだろう。トラブルが起こっても“スルーする力”は、SNSを楽しむ上で重要なのだとキクチ氏は言う。

「その力を身につけておかないと、傷ついて心が病んでしまいます。Twitterは“お皿”みたいなもので、応援のリプライがスープだとしたら、誹謗中傷はハエのようなもの。スープの中にハエが入り込むと、面積はスープのほうが広いのに、どうしても小さなハエが視界に入る。それと似た感覚で応援より悪評のほうが気になってしまうんです。誰にでもハエは飛んできます。でも、それを自分で見ないようにしないと、SNS自体がストレスになってしまいます」

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 自分の経験があったからこそ、ネットに関するリテラシーに興味を持ち、意識が高まったというキクチ氏。現在はネットでの言葉の責任の重さを説いたり、自身の壮絶な体験談を語るなど、全国各地で講演会を行い、被害にあった人へ向けてアドバイスを送ることもある。

「“フィルタリング”を、スマホではなく自分の感情につけないといけないですね。僕自身も、Twitterに投稿するときは必ず事前に1度、下書きします。書き終えたら一度冷静になって、半日〜1日ほど経って見直して投稿するようにしています。

 SNSでは、フォローしている人以外の発言が目に入りにくい。見えている情報だけを信じ込まず、ネットから離れて他人の意見を聞いたり、冷静に考えることも必要です。SNSを使いこなして便利に情報を手に入れるか、それともデマに翻弄されるかは、その人の心構え次第だと思います

 20年間の末に見いだした“ネット社会との付き合い方”は、現代を生きる多くの人の教訓となっている。