ブレイディみかこ 撮影/矢島泰輔

 ブレイディみかこさんといえば“ノー・フューチャー”の人である。イギリスの福祉や教育について書いた過去のノンフィクション作品でも、世の中の不平等や人生の不条理に怒って、このままじゃ、未来なんかないんだよと底辺からの本音を叫んできた。

わたしのフィロソフィーは、あくまでもノー・フューチャーだ」と過去の作品でも書いている。ところが、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は少し様相が違う。

あいつらは生きていく

 イギリスの南端、港町ブライトンで元底辺中学校に通う息子さんの日常を書いた本作は、未来がないどころか、未来をつかもうとする貧しい底辺キッズの姿を泣けるほど生き生きと描いている

 一体、怒れるパンクな書き手、ブレイディさんに何が起こったのか?

「41歳で(子どもを)産んだんですけど、産むとは思っていなかった。産むまでは子どもがすごい嫌いだったんですよ。ところが今では、あいつら手に未来握ってるんだ! みたいなことを思ってます(笑)

 だって私たちが死んだ後もあの子たちは生きていくじゃないですか。私たちが死んだらその後はキレイさっぱり終わり。

 その後のことは知ったこっちゃないけど、あいつらは生きていく。しかも子どもって常識をやすやすと超えられるんですよ。私たち大人の常識をね。そんな瞬間を見せつけられると、書かずにいられない

 私は54年間生きてきて考えたこともなかったことを、この子たちはこんなに小さいのに、考えたり話したりしてる

(親の常識を)あっさり超えてるっていうのに圧倒される。本の前書きでも書いたけど、私の人生に子どもが必要な時期になってるんだろうなって

音楽室の廊下にセックス・ピストルズ

 ブレイディさんはイギリス在住23年目。現在、一家が暮らす元公営住宅地はいわゆる「荒れている地域」だ。

 息子さんが通う公立中学校もかつては荒れていたが、生徒の個性を尊重する自由なカリキュラムで学校ランクの真ん中ぐらいまで持ち直したという。学校見学会で入学に乗り気になったのは息子さんではなくブレイディさんだ。

見た瞬間にここしかないなって思いましたね。私が決めちゃいけないんだけど、かなりここしかないって顔して歩いていたんだろうなって思いますね。

 だって、音楽室の廊下にブリティッシュ・ロックの名盤が貼られていて、最初がロニー・ドネガン、ザ・ローリング・ストーンズ、T・レックス……ときて、まさかあるんじゃないかと思ってたら、セックス・ピストルズがあったっていう(笑)

ブレイディみかこ 撮影/矢島泰輔

 名門カトリック小学校から元底辺中学校に入学した息子さんはかつての同級生とは異なる面々と出会う。

 さまざまな文化圏からの移民、複雑な家庭環境など彼らのキャラは濃く、背負っているものも重い。中でも中学のクリスマス音楽会でステージに上がる“公営団地のラッパー”は印象的だ。

「本当にみんな個性的で勢いがあるので書かずにいられないんですよ。自分では群像劇を書いているつもりはなくて、あくまでも息子から聞いた話や自分が見たことを書いているだけ。

 あの“公営団地のラッパー”の子が自分の生活を詩にしたオリジナルのラップを歌ったとき、泣きそうでしたよ。なんていいもの見たんだろうって……。彼を見た先生たちがうれしそうに拍手しているときの顔を見て、私、また泣きそうになって(笑)

 本の中ではラップのところで終わっていますが、本当はあの後、音楽部の子たちみんなで、ザ・ポーグスの『フェアリーテール・オブ・ニューヨーク』を歌ったんです。教員も親もみんな立ち上がって一緒に大声で。

 あの歌って柄悪いじゃないですか。夫婦ゲンカの歌で卑語も出てくるし。それまでうちの息子はカトリックの学校に通っていたから、クリスマスといえば、子どもたちが聖歌を歌い、お母さんたちは静かに拍手する。全く違うじゃないですか(笑)

 でも、生徒も先生も親も一体で音楽会を楽しんでいる! いい学校に子ども入れたなあって。もう書かずにはいられないんですよ。

 こんなふうな子どもたちがいて、こんなふうに生きてて、こんなにカッコよくて……本当に。みんなすごいなと

 格差とかレイシズム(人種差別)とかめちゃくちゃいろいろあって、子どもたちがそれをいなしながら生きていく

子どもたちが生きるハードな現実

 2010年から続く保守党政権による緊縮財政で、イギリスは格差や貧困の拡大が問題となっている。子どもたちが生きるハードな現実にブレイディさんは怒りを隠さない

「お金がある人はいくらでもいい教育を受けさせられるけど、ない人は公立校。本来、福祉が担わなければならない仕事も学校の教師がやって現場は疲弊している

 今年出た調査結果がガーディアン紙に出ていたんですけど、イギリスでは3人に1人の子どもが相対的貧困だと。とんでもない話ですよね。前まで5人に1人とか言ってて。ついに3人に1人ってことは、3人子どもがいたら1人は貧困ってことじゃないですか

 これ、むちゃくちゃですよ。これが10年後20年後にイギリスにどんな影響を与えるかってことですよね」

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)ブレイディみかこ=著1350円(税抜)​※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 子どもを取り巻く現実は日本もハードだ。でも、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読むと、未来にのばされた希望が見える気がする

ライターは見た!著者の素顔

 音楽ライター出身のブレイディさん。本書も音楽ネタ満載。息子さんのやっているバンドの曲のイントロがシャム69風だと感想を抱いたり、バンド名の案「グリーン・イディオット」と「ジェネレーションZ」にツッコミを入れたりするのが楽しい。

 また、ブレイディさんが感極まった『フェアリーテール・オブ・ニューヨーク』は夢破れたアイルランド移民夫婦のののしりデュエットが味わい深い1曲。未聴の方はぜひこの機会にお聴きください。

(取材・文/ガンガーラ田津美)


●PROFILE●
ぶれいでぃ・みかこ 1965年、福岡県生まれ。1996年から英国ブライトン在住。英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。新潮ドキュメント賞受賞作『子どもたちの階級闘争―ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)ほか著書多数。