進さんが暮らした離れ(左側の建物)と、両親がいる母屋(右)は数十センチの近さ

「息子が自分の部屋の中で死んでいる」

 愛知県西尾市内の民家から、県警西尾署にそんな110番通報があったのは10月14日午後7時8分のことだった。この家で暮らす会社員・上山隆治さん(69=仮名)が、自宅敷地内の離れでひきこもり生活をする無職の次男・進さん(39=同)の様子がおかしいと室内に入ったところ、床面にあおむけで横たわる遺体を発見した。遺体は一部腐敗していたが、ほぼミイラ化しており、身元確認に9日かかった。

社会経験が乏しい

「司法解剖で死後約2~4か月と推定され、生存時に受けた傷や持病などは確認していない。遺体の状況などから著しく低い栄養状態だったとみられる。すぐそばの母屋で暮らす両親とは数年前から接触がなく、離れでひとりで生活を完結させていたようだ」

 と捜査関係者。栄養失調で亡くなった可能性があり、事件性はないとみている。

 母屋と離れはほぼ隣接していて1メートルと離れていない。しかし、食事も風呂もトイレも洗濯も別。両親は、離れから聞こえてくる水道の開け閉めや足音などで進さんの様子をうかがっていたが、こうした生活音を1か月以上、聞かなくなったため合鍵を使って入ったという。

 近所の70代の主婦は「弟さん(進さん)がひきこもっているなんて知らなかった。お兄さんもお姉さんもとっくに独立しているので、弟さんも家を出たものと思っていた。小学生のころは明るい子だったのに」と表情を曇らせた。

 進さんは3人きょうだいの末っ子。地元の小・中学校から県立高校を経て、県内の私立大学を卒業している。

 中学の同級生の女性は「放送部に所属していた。涼しい顔立ちのイケメンだけれど、性格がおとなしく目立たなかった」と振り返る。

 同級生の男性は「たしかに印象は薄かったかもしれない」としたうえで、悲しみを押し隠すようにして話す。

「学校にはちゃんと来ていたし、いじめられてもいない。ごく普通の子。20代のころ、レンタルビデオ店でばったり再会したことがある。彼女と一緒で幸せそうでしたよ」

 身長170センチ前後でスマートな体形。中学時代は短髪だったが、高校に入るとツーブロックのボブヘアにするなどおしゃれに目覚め、それなりに青春を謳歌したようだ。

 転機は社会人になってすぐ訪れた。自宅周辺の住民らによると、就職に失敗して早い段階で会社を辞めた。接客業のアルバイトをしたこともあったが、長く続かなかった。

 母親はひきこもりの事実を周囲に隠そうとせず、近所の顔見知りに「息子が働かなくて困っちゃう」とグチるように言うこともあったという。

「ひきこもり生活が長引く中、社会復帰させようとする両親と衝突したのではないか。温和なお父さんと社交的なお母さんで、お子さんを放り出すタイプではない。手を差しのべるのは本人のためにならないと思って、こういう生活スタイルに追い込まれたんでしょう」と近所の女性。

 社会経験が乏しいまま年を重ねてしまった進さんは、少なくともここ数年は両親を頼らず、両親のほうも金銭援助をしなかった。

ミイラ化の条件がそろっていたのか

 進さんはわずかな貯金を切り崩し、ぎりぎりの生活を続けたとみられる。

「昼も夜も外出せず、通販でカップ麺を箱買いして食いつないでいたようです。そんな食事ばかりで健康が保てるわけがない。どうしてそこまで意地を張ったのか」

 と近所の住民は残念そうに言葉を振り絞った。

 進さんが亡くなったのは6~8月ごろ。しかし、周辺住民で“異臭”に気づいた人を見つけることはできなかった。盛夏の中、遺体はなぜ腐敗せず枯れていったのか。

110番通報を受け捜査した愛知県警西尾署

 名古屋市立大学の青木康博教授(法医学)は、「バクテリアの繁殖を抑える条件がそろったのでしょう」と指摘する。

「遺体の腐敗は基本的にバクテリアの繁殖によって起きますので、遺体が乾燥してバクテリアの繁殖が抑制されるとミイラ化しやすくなります。体内の水分が流れ出て床などにしみこむと遺体は乾燥します。例えば、床がたたみの場合、水分はしみこみやすいですよね。遺体には骨と皮が残りますが、腐敗した遺体に比べてにおいは少ないので周囲も気づかないかもしれない」

 さらに、栄養失調や飢餓状態がミイラ化を進行させた可能性が高いという。

「バクテリアのとる栄養がないからです。食べなければ胃の中はからっぽになりますから。昔の修行僧が絶食して即身仏になることがありましたが、あれは食べないうえ、風通しがいい場所にするなどミイラ化の条件がそろっているんです」(青木教授)

 遺体の置かれた条件も影響するという。

「室内で亡くなったとき、冷房が効いていると遺体が乾燥することがあります。それと虫が入ってこないこと。特にハエが入ってくると、ミイラ化する前にウジ虫に食べられてしまうんです」(同)

 いずれにせよ、悲しい最期であることは間違いない。わずか約1メートル隣で暮らす両親は、遺体を発見するまでどのような会話を重ねたのか。救う方法はなかったか。