「入所者はみんな傷ついている」と話す山下さん

「私はあそこの施設で自尊心を傷つけられました。働け、働け、と言われ、徹底的に打ちのめされました。そもそも、本人の同意もなく、無理やり、だまし討ちで連れてこられたんです。こうした悪質な施設は野放しにしてはいけません」

 そう憤る山下誠さん(仮名・30代)は昨年、引きこもり支援業者の施設で実質的軟禁状態に置かれる地獄を味わった。

悪質な貧困ビジネス

 両親と3人暮らしの山下さんは大学院進学を目指し研究を続け、就職しないまま30代に突入していた。図書館や教会の日曜礼拝にも足を運んでいたが、母親を焦らせたのはあるネット記事だった。

「自立支援施設に息子を入れようと考えたのは、“引きこもりは30代を越えると犯罪者予備軍になる”という趣旨の記事を読んだためです。就職率95%という(施設が説明する)数字にも惑わされました。息子が就職し、経済的に自立してほしくて……」

 母親は週刊女性の取材に対し書面で、息子への懺悔の気持ちとともに回答を寄せた。

 引きこもりは全国で100万人超。5月に発生したカリタス小死傷事件の容疑者や、元農水省事務次官の父親に刺殺された息子が引きこもり状態だったことから、改めて“引きこもり問題”がクローズアップされている。

 こうした社会的な背景もあってか、家の中で引きこもる子どもを強引に外に引き出す、通称“引き出し屋”と呼ばれる悪質な業者によるトラブルが急増している。

「引きこもりは人間関係の貧困。そこに目をつけた貧困ビジネスです」

 “引き出し屋”の実態をそう指摘するのはKHJ全国ひきこもり家族会連合会のソーシャルワーカー、深谷守貞氏だ。

「引きこもりに対しては、自己責任論が根強い。“育て方の問題”などと言われ、親には負い目があるんです。行政や公的機関に相談しても解決できず、追い詰められてしまう。救いを求めネット検索をすると、そういう業者が上位に出てくるんです」

 それが悪質な引きこもり支援施設=“引き出し屋”。

「法外なお金を請求する。半年で500万円。親御さんは老後の資金でも子どものためなら、と払ってしまう。子どもから暴力、暴言を吐かれてつらいというご家族は、短期間でも預かってくれるなら、解決するならとしかたなく頼ってしまうんです」(前出・深谷氏)

 親は、まずは業者に相談を持ちかけるが、そのペースにまんまと絡め取られてしまう。

「ひきこもり新聞」を発行する木村ナオヒロ氏は、

「施設から何時間も説得され、“お子さんを救えるのは私たちしかいない”と言われ、強引に契約を結ばされます」

 と手口を明かす。

逃げられないとわかって外出させる

 しかし、関係者らは「半年で解決は絶対に無理。就労がゴールではない」と口をそろえるが、焦る親は業者の言葉に惑わされる。

 前出・山下さんの親も、業者にそそのかされた口だ。

「放置すれば犯罪者、暴力をふるうようになると不安にさせられ」(山下さん)、2018年4月に契約。その翌月の5月3日午前11時ごろ、山下さんは突如、見ず知らずの男4人によって無理やり自宅から連れ去られることになる。

「父親から“今からこの人たちにお世話になりなさい”と言われました。男のひとりが“今から私たちのところへ来てもらいます”と言ってきましたが、さっぱり意味がわからない。“拒否する権利はない”と迫り、私の腕をつかんでリビングの机の上に身体を押しつけ、そのまま上に乗られました。明らかに暴行です」

 外に出た山下さんは車の後部座席に押し込められた。

 抵抗するうちに左足のくるぶしを車に強打した。傷は今でもうっすらと残っている。山下さんは東京都新宿区にある施設の地下室に連行された。広い部屋に何台かのベッド。ほかの入所者はいなかった。監視役、説得役に24時間常に見張られる生活。外部との連絡は親も含め遮断された。

「連れてこられたショックと外に出られない圧迫感とで、食事がのどを通りませんでした。“帰してください”と言っても“ここで生活してもらう”“外に出してください”には“外出は認めてない”の一点張り。“稼ぎのない未成熟子”と罵られました」

山下さんが軟禁された地下室。室外機で日光はほとんど差し込まず明かり取りは天窓だけ

 8日間、固形物をとらずに衰弱した山下さんは、点滴を打つために足立区の病院の精神科へ運ばれ、隔離病棟に強制入院。その際、人目を避け購入したテレホンカードが、後々役立つことになる。

「施設に戻ってからは朝8時から夜6時まで業者の教室に通いました。散歩の時間もあり、自由に外出もできましたが、お金は持てず、携帯もなく、実家に戻っても連れ戻されるだけなので帰れず……。結局、施設に戻るしかないんです。私たちが逃げられないとわかっていて外出させていたんです」(山下さん)

 散歩の途中、施設のやり方に疑問を持つほかの入所者と連携し、公衆電話から法テラスや人権団体に電話をかけた。

「支援してくれる先生方と出会い、私たちは脱出できたんです。昨年8月のことです。弁護士経由で実態を知ることになった親には“悪かった”と謝罪されました」と、山下さんは今年2月、業者に対し損害賠償の裁判を起こした。

自殺を図る人もいる

 暴力的な支援業者の問題に取り組む代々木総合法律事務所の林治弁護士は、

「新宿区のA社に対し、現在計3件の訴訟が起きています。20代の男性が原告のケースでは、両親が業者に払った半年間で685万円、その返還を求めています。

 山下さんのケースは、地下室に8日間押し込めたことは監禁罪、連れ去られるときに身体を押さえつけたことは暴行罪にあたります。犯罪行為があったことは事実です」

 A社の担当者は、

「係争中のため答えられませんが、暴力行為、拉致監禁行為はなかったと断言できます」

 と、週刊女性の取材に答えるが、被告準備書面には、《原告の同意を得ることなく原告を車に乗せて原告宅から被告の施設まで移動させたことは事実であるが》《原告を〇〇寮地下で生活させ、逃げ出さないように監視していたことは事実であるが》と明記されている。

脱出を企てないために山下さんが書かされた誓約書のうちの1枚。違反すれば「精神科病院に入院させる」と言われていた

「裁判ができたのは、親が理解を示してくれたからです。家族の存在はとても重要です」

 と前出・林弁護士。たいていの場合は、無理やり施設に入れられたという恨みが強く、

「親子関係が破綻して、関係を断絶した人もいます」(前出・深谷氏)、「施設を出た後も精神的なストレスからPTSDや引きこもりの悪化、自殺を図る人もいる」(悪質施設に詳しい関係者)

 これまで泣き寝入りする被害者が多かったため、A社のように「長年の実績」を誇るブラック業者もいる。

「法整備が間に合っていません。何も規制されずやりたい放題です」(前出・木村さん)

 行政に監督権限はない。支援の仮面をかぶったビジネス。

「両親の不安をあおり、法外な値段を取る。引きこもりの期間が長く、出口を見つけられず追い詰められている家族」(前出・林弁護士)を食い物のする業者の手口を、山下さんはこう断罪する。

「あの施設は支援施設ではありません。強制収容所。私たちは奴隷状態でした」