負けキャラ――。そう呼べる芸人たちがいる。アンガールズ・田中、三四郎・小宮、ロッチ・中岡などが代表格だろうか。弱々しさや情けなさ、ひがみやモテなさなど、おのれのネガティブな部分(「負け」)を強調し、さらけ出し笑いを生み出す芸人たちだ。そんな負けキャラ界に最近、新星が現れた。

宮下草薙(左・宮下兼史鷹、右・草薙航基)/宮下のTwitterより

 その新星とは、宮下草薙の草薙航基(28)である。整えられていない髪型、体形より少し大きめの白いシャツと黒いジャケット、そしてチノパン。なんだか、若者言葉やネットスラングを解説する本とかで「陰キャ」の挿絵になっていそうなビジュアルだ。

 漫才も独特だ。先輩にダーツに誘われたといった些細(ささい)な導入から、「リア充」になじめない草薙のマイナス思考がとめどなく湧き出てくる。会話はスムーズに流れず、気づまりな沈黙もしばしば訪れる。センターマイクの前に緊張ぎみに立つその雰囲気は、「この人は本当にこういう人なのだろう」と思わせる説得力にあふれていた。

 しかし、そんな草薙は、同じ負けキャラでも先行世代とは何かが違うように思う。どこがどう新しいのだろうか?

ネガティブだが、引かない

 草薙のバラエティー番組への出演は、2018年の後半から増えはじめた。そこで彼が披露したエピソードトークは、規格外にネガティブだった。

 例えば、彼は高校を2日通っただけで中退しているのだけれど、それは身体測定の際に「顔のわりに胸板が厚い」と指摘され、「このままいくと、後に公園で服とか脱がされて『踊れ』まであるな」と思い込んでしまったからである(テレビ東京『ゴッドタン』2018年7月7日)漫才と同じく、草薙のネガティブな思考回路はちょっとしたきっかけでどこまでも走り出す。

 また、草薙はテレビカメラを過剰に避けていた。顔をアップで映されるのを本気で嫌がっていたのだ。理由は自分の顔が嫌いだから。周囲に促されてモニターに映る自分の顔をチラッと見ても、即座に「あ、やっぱ無理」とカメラから顔をそむけてしまう(テレビ朝日系『アメトーーク!』2018年12月30日)

 対して、先輩芸人たちと絡む際の草薙は少し違った顔も見せる。

 千原ジュニアに「今度1泊で温泉行こうや」と誘われると「いや大喜利合宿じゃないですか」と断り(『アメトーーク!』2019年2月14日)、中川家・礼二に強めの口調でイジられると、対抗するように「テレビで怒んないであんまり!」と声を張りあげる(『アメトーーク!』2018年12月30日)

 ネガティブだが、引かない。負けキャラのようでいて、特に先輩芸人との関係では負けないのだ。

相方を越えてきた草薙

 そんな草薙も、テレビ出演を重ねる中で少しずつ変化してきたように思う。表情が穏やかになり、徐々に緊張感やたどたどしさも薄れてきた。象徴的なのは次の場面だ。

 周囲の芸人に「なんでニヤけてるの?」と指摘された草薙は、モニター越しに自分の顔をじっくりと見た。そして、「あ、今日はいい顔してる」と笑ったのである(『アメトーーク!』2019年6月6日)

 その変化は「成長」と言い換えられるだろう。そしてその「成長」ぶりは、相方の宮下との関係の変化にも表れている。バラエティー番組をあまり見ずに育ってきた草薙に、宮下はこれまで「お笑い」を指導してきた。

 例えば、録画した番組を草薙に見せてどこが面白かったか考えさせたり、草薙の番組出演の前には朝まで綿密なシミュレーションを繰り返したり。しかし、そんな宮下を、草薙が逆転する場面が散見されるようになる。

 番組にピンで呼ばれ実地での訓練をより多く積んだ草薙は、すでに宮下より「お笑い」的な立ち居振る舞いがうまい。にもかかわらず自分に「お笑い」を指導してくる宮下に、草薙はこう告げるのだ。

「あんまり言いたくないんですけど、俺もう、お前を越えたのよ」(『アメトーーク!』2019年8月8日)

 宮下が追い抜かれ役になることで、草薙の「成長」はより印象づけられている。

「お笑い第七世代」とくくられることが多く、仲のよい同世代の芸人たち。宮下草薙、EXIT、四千頭身/宮下のTwitterより

 最近になって聞こえ始めたのは、そんな草薙の「成長」を心配し始める周囲の声だ。漫才を見たバカリズムは「どんどんうまくなってきてる」と評価しつつ、「これどうなんでしょうね? ヤバイやつ感っていうのも残していきたいじゃないですか」と語った(フジテレビ系『ネタパレ』2019年10月18日)

 食レポを見たマツコ・デラックスが、思ったよりも草薙のレポートがうまかったと指摘したうえで、「もっとできないのを見たいって思っちゃってる自分がいて。どうなの? どれが正解だと思う?」と困惑する場面もあった(テレビ朝日系『マツコ&有吉 かりそめ天国』2019年10月11日)

 テレビ出演を繰り返すなかで、草薙は「成長」した。しかしそれは、テレビへの「順応」でもある。初期の草薙が帯びていた異物感(ヤバいやつ感)は希釈されてしまう。果たして、それは正解なのか。芸人としての彼の今後にとってマイナスではないのか――。

「負けキャラ」からの脱却

 しかし、そんな心配を払拭(ふっしょく)するように、先日、メイプル超合金のカズレーザーが草薙を次のように評した。「ずっと腕をあげてるんで、そういう人、尊敬しますね」(テレビ朝日系『ロンドンハーツ』2019年11月12日)

 彼は負けキャラのまま数年は仕事があったかもしれない。にもかかわらず、そこから自分をアップデートしてきた。ある仕事での失敗を、次の仕事での向上に活かしてきた。前に出る力を身につけて、負けキャラを脱却しようとしてきた。

(左から)マツコ・デラックス、カズレーザー、バカリズム

 草薙は負けキャラでありながらも、そこから脱皮する道に足を踏み出し続けてきたのだ。それは、負けキャラとしての居場所をテレビの中に築いてきた先行世代が、あまり選ばなかった戦い方だろう。キャラは一度決まってしまっても変えられる。そんな可能性を感じさせたりもする。

 道なき道をゆく草薙。これから彼はどんな姿を見せてくれるのか、それはまだよくわからない。外から設定される目標や予測をはみ出しながら進む変化。「成長」とはそんなプロセスのはずだ。だからこそ面白く、目が離せない。


文・飲用てれび(@inyou_te