※写真はイメージ

 年間約3万人と言われる孤独死──。そんな凄惨な現場を清掃するのが特殊清掃員だ。特殊清掃の件数は夏場が最も多く、寒くなるとぐっと減る。孤独死の件数が少なくなるからだ。しかし、孤独死が起こっていないわけではない。

 紅葉も終わりに近づいた、10月後半。遺品整理開業アドバイザーの上東丙唆祥(ひさよし)さんは、某所の社宅に向かっていた。

 電話をかけてきた友人の会社社長はかなり動揺した様子で、「ちょっと大変なことが起こったの。今から来てくれないかな」と上東に訴えた。

 会社社長はプライベートな用事で電話をかけてくるとき、普段なら必ず、「今、電話しても大丈夫?」と気遣ってくれる。しかし、この日に限って、電話口からはとてもそんな余裕はなさそうだった。こんなに慌てた口調の社長は初めてだ、と上東さんは感じた。電話の内容を要約すると、会社の所有する社員寮で孤独死があり、部屋の中を見たが、あまりのにおいで思わず外に出てしまったので片づけてほしいという。

 上東さんは、部屋の中はかなりの惨状が予想されると、物件に向かう途中で、そう直感した。

パイプベッドの上に人型に広がった血のり

 さっそく現地に到着し、社員寮のワンルームの玄関を開け、マスクをして、部屋をのぞき込んだ。右側にキッチンがあり、冷蔵庫、左側にはユニットバス。廊下というには少し狭い通路の先に、6畳のフローリングという一般的なワンルームの間取りが広がっている。

 部屋の奥まで見渡すと、窓際に配置されたパイプベッドの上には、真っ赤な血のりが人型に広がっていた。

 物が異様に少なく、病院のベッドを思わせる無機質な個室だった。流行の漫画雑誌が床に転がり、本棚には自己啓発系の本が大量に並んでいた。

 ここで亡くなったのは20代の男性。死因は脳梗塞だった。男性は高校を卒業後、地方から上京し、社長の経営する会社の現場作業員として働いていた。

 社長によると、男性が1週間、仕事場に現れないため実家に帰ったか、荷物をまとめて退職したとでも思っていたという。この職場では、何の連絡もなく、突然いなくなるということも珍しくないからだ。電話をしても部屋をノックをしても出ないので、しびれを切らして合カギで入ると、そこで男性の遺体を発見した。まさか寮で亡くなっているとは思わず、驚いて警察に通報したという。

別の人生を夢見ていたのか

 上東さんは、亡くなった男性にについてこう語る。

「亡くなった男性が会社で目立った存在だったり、重要な役職に就いていたりすれば、少なくとも1日や2日で遺体は見つかったと思う。病気じゃないかとか、心配して訪ねてくるような関係があるような人だったら違っていた。だけど、そうじゃなかった」

 同僚によると、仕事ぶりはいたってまじめだったが、会社の中では目立たなくおとなしい性格の男性だったという。

「20代という年齢を考えると、部屋にはもっと物が多くてもおかしくない。しかし彼の部屋は殺伐としていて物が少なかった。自己啓発系の本があることからも、本や漫画を通して、本当の自分とは何かを探していたのかもしれないね。彼は、いま自分がやっている仕事ではなく、どこかで、別の人生を夢見ていたのかもしれない

 朝はコンビニでパン、昼は現場で弁当、夜はカップ麺などの加工食品という質素な生活を送っていて、冷蔵庫を見ると、自炊した形跡は全くなかった。

「現場作業員は、男性が多いよね。より強い者、誰よりも強そうに見える者が評価されやすい。もしかしたら、そんな中で自らの性格との葛藤を抱えていたのかもしれないね」

 社長は、作業が終わると動揺した様子でガックリと肩を落としてうなだれ、こう言ったという。

「こんなことが起こったのは、今までで初めてだよ。もっと早く気づいて、彼の死に思い至っていたらと思うと本当に、悔しいよね。もうこれ以上、誰もうちの社員を死なせないよ。社員寮の生存確認を徹底するようにする」

 そうして腕で涙をぬぐっていた。

近隣住民の「怒り」は『近隣対策費』で解決

 しかし、このように、涙を流して悲しんでくれる人がいるのはまれなケースで、恵まれているほうである。孤独死の現場では、遺族にとって疎遠だった「ほぼ他人」ともいえる親族の後始末は迷惑でしかないからだ。

 取材で知り合ったある特殊清掃業者は、『近隣対策費』という費用を別で計上している。それほどまでに、孤独死は近隣住民からの反発が強いからだ。近隣住民に頭を下げて、まるで自分の親族が迷惑をかけたかのように、腰が低い営業マンのように、一軒一軒とインターフォンを押して、作業の開始を告げる。

 特殊清掃業者は、ときとして大家に怒鳴られたり、近隣住民に敵意を向けられたりする。近隣住民にとっては、強烈なにおいの「迷惑」な発生源でしかない。孤独死の代償は、「怒り」という表出の仕方をする。どこにもぶつけられない怒りの矛先──。

 無縁社会のつけである周囲の負の感情は、『近隣対策費』の上乗せによって、皮肉にも金で解決するというわけだ。

 特殊清掃業者は、真夏は防護服を身にまとい、滝のような汗をかきながら、完璧ともいえる、プロの仕事を成し遂げる。

 ドロドロに溶けた遺体も、特殊清掃業者のプロの手にかかると、壁紙をはがし、フローリングの下まで解体することもあり、まるで新築同様へと戻る。孤独死などなかったかのように生まれ変わるのだ。

 まっさらになった物件を見ると、彼らは仕事をやり遂げたという達成感で満ちている。

 私はそんな彼らの仕事ぶりに感銘を受けながらも、いつも複雑な心境になってしまう。私たちの社会は、はたして本当にこれでいいのだろうか──と。

現役世代の孤独死は4割。対策に向けて歩み出す

 不動産オーナーなどに向けて、『孤独死保険』を提供する一般社団法人日本少額短期保険協会は、2015年に『孤独死対策委員会』を設置、『孤独死現状レポート』を過去4回にわたって発表している。

 このレポートは協会に所属する各社が持ち寄った案件データを統計化し、賃貸住居内における孤独死の実像をあらわにしている。孤独死の実態について、業界内外に発信することで、孤独死の問題点やリスクについて社会に広く知ってもらうことを趣旨としている。

 この2019年度のレポートによると、高齢者に満たない年齢(65歳以下)での孤独死の割合は5割を超え、 20〜50代の現役世代は男女ともに、およそ4割だとしている。先ほどの男性のような、現役世代の孤独死は決して珍しくないことがわかる。

 今年の11月、この孤独死対策委員会において、『第3回孤独死対策意見交換会』が行われた。この意見交換会は、関東財務局などの行政機関、不動産賃貸業界、少額短期保険業界、孤独死対策に取り組む民間企業などが一堂に会して、孤独死について考える場となった。民間の参加企業も、水道メーターや電気を利用した見守りサービスの企業、特殊清掃業者、居住支援サービス提供企業、65歳から賃貸不動産探しができる高齢者向けポータルサイト、事故物件マッチングサイトなど多種多様な顔ぶれとなった。

 どれも孤独死に関連のある企業だ。これらの業種が集まって孤独死への課題やそれぞれに連携できる箇所や対策などを話し合った。この意見交換会では、民間の居住支援サービス提供業者から行政への具体的な要望が飛び出したり、どう連携すればよいかなど、活発な意見交換が行われた。

 私自身、少しでも力になれたらという思いから、孤独死現場のジャーナリストとして、『孤独死現場の最前線』というテーマで講演を行った。参加者からは反響が大きく、多くの方に孤独死に関心を持ってもらうきっかけになったと思う。他国を見ると、イギリスでは孤独担当大臣を設置するなど、国を挙げての「孤立」「孤独」対策に余念がない。

 まだまだ小さな一歩だが、わが国でも行政と民間企業が手を組むことで、少しでもその解決に向けて未来が開けるのではないかと、小さな手ごたえを感じている。


<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)などがある。最新刊は『超孤独死社会 特殊清掃現場をたどる』(毎日新聞出版)。また、さまざまなウェブ媒体で、孤独死や男女の性にまつわる多数の記事を執筆している。