映画『アナと雪の女王2』のステマ騒動について、12月5日と11日にウォルト・ディズニー・ジャパンが同社サイトで謝罪文を発表した

 ウォルト・ディズニー・ジャパンによるステルスマーケティング(ステマ)騒動は、いまだその余波が続いている。映画『アナと雪の女王2』公開後、7人の漫画家が12月3日にTwitterで“感想漫画”を投稿。同時に、同じハッシュタグで、丹念に書き込まれた感想漫画が投稿されたことから「これはステルスマーケティングではないか」との指摘が相次いだ問題だ。その後、12月5日と11日にウォルト・ディズニー・ジャパンが謝罪文を発表。報酬が支払われたうえでのマーケティング施策であったことが明らかになっている。

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 この騒動による波紋が広がり続けているのは、マーケティング施策であることを示す表記がなかったことに加え、広告代理店として関与していた電通の担当者が表記不要と説明していたことがある。また漫画家をキャスティングしたPR表記なしのマーケティング施策が他コンテンツでも行われた形跡があることなど、少しずつ情報が明らかになってきていることの不信感(当初発表との不整合)もある。

 今後、さらに多くの事情説明が関連各社に求められることになるだろうが、ここでは『アナと雪の女王2』のステルスマーケティング問題に限定せず、過去の事例も踏まえながら、ステマの連鎖が止まらない社会環境を俯瞰したい。

口コミに見せかけることはアメリカでは「違法」

『アナと雪の女王2』のステルスマーケティングに関しては、後述するように「発信者」をキャスティングする会社が紹介サービスを事業として提供しているにもかかわらず、口コミマーケティングのルール厳守という責任を果たしていないことがもっとも大きな問題であり、同様のケースが撲滅できない潜在的な要因にもなっている。

 しかし、その結論へと至る前に、過去の事例を紹介しながらステルスマーケティングの背景について認識をそろえておきたい。

 ステルスマーケティングは、ブログブームと同時にアメリカで問題となった。広告による製品告知に限界を感じはじめていたメーカーが人気ブロガーに製品を送ることで、マス広告を打たなくとも製品告知を行えると考え、口コミマーケティング市場が一気に花開いたというわけだ。

 しかし事態はエスカレートし、ブロガーたちに新製品を送りつけることが常態化。アマチュアレビューアーのブログが提供品だらけになり、さらには人気ブロガーに報酬が支払われるようになったことで問題化し、何らかの便宜や報酬提供などの関係を隠して口コミを広げることについて法的規制がかけられるようになった。

 こうしたことから、口コミマーケティングのガイドラインの基礎が生まれた。

 日本でも同様の動きはあり、大手広告代理店を含めて「どうあるべきか」のルール作りが進んだが、罰則など法的な拘束はない。

 以前から記事体広告(記事の体裁でありながら、実際には広告であるというもの)を、広告の表記なしに掲載する雑誌やウェブサイトが問題にはなっていたが、ブロガーの事例で問題になったのは、情報拡散力のある個人を通じた「口コミ」であることだった。

 今でこそインフルエンサーという言葉が、一種の職業のように捉えられているが、当時はただの自発的な発信者だ。企業と個人が結びつくためには、間にキャスティングを行う会社が入るようになり、いわゆる「ステマ」の温床が生まれた。キャスティング業者がPR効果を最大限に高め、クライアントの満足度を高めて売り上げを伸ばすために「ステマ的な手法」に手を染める業者が現れたからだ。

 これが企業同士ならば、相互にコンプライアンス意識も働いただろうが、最終的な情報を発信するのが個人ともなれば、そこまでの考えが及ばないことも多い。しかし現実は厳しい。発信者が一個人であろうと優良誤認を誘う発言には厳しい目が向けられた。

 ステルスマーケティングという言葉が知られるようになってくると、口コミを隠れ蓑に事実上の広告がばらまかれた結果、関係各所すべてが傷を負うようになったのだ。

 PRを依頼する企業のブランドイメージ、PRを計画した代理店のプランナー、情報発信を行った当事者。ステマ情報にまんまと乗らされた消費者はもちろんだが、いわゆる“ステマ行為”には、どこにも受益者がいない。このことは、おそらく広告やPRビジネスを行っている事業者ならば、誰もが「頭の中では」理解していることだ。

「広告」「PR」表記は重要なタグ

 2000年代、日本のブロガー向け口コミマーケティングサービスが始まったころ、筆者はあるベンチャーが行っていた家電製品の口コミサイトのイベントで、何度か講演をしたことがあった。

 メーカーが発売する新製品の情報提供をブロガーに提供するため、製品開発・設計担当者とのミーティングや貸し出し管理などを行う一方、一切の報酬の禁止(イベントへの交通費のみ支給)を徹底した点に感心した。

「口コミは“そのジャンルの製品が好きな人”が自発的に語るからこそ価値がある。口コミマーケティングとは、そんなブロガーに“正しい情報”と“作り手の思い”を伝えることであって、その結果、どのような評価をされても受け入れるべきだ」

 正しい情報を伝え、それでも酷評されるのであれば、商品やサービスを開発した側に問題があるのだから、提供企業側は商品改善の糸口として受け入れる。創業者はそのように話していた。ステルスマーケティングを「疑われないよう全力を尽くす」ことこそが、口コミによるコミュニティを成長させるために必要だったからだ。

 同様の考えを、Instagramを中心にしたインフルエンサー時代に徹底しているのがLIDDELL社長の福田晃一氏だ。福田氏は芸能事務所・ツインプラネットの共同創業者だが、ある事件をきっかけにインフルエンスマーケティングに傾倒し、ツインプラネットからインフルエンス事業を買い取る形で独立した。

 ある事件とはタレントの小森純さんが、ペニーオークションに絡むステルスマーケティング事件に巻き込まれたことだ。詳細はここでは省略するが、小森さんが、長年の付き合いがあったスタイリストから頼まれ、ペニーオークションに出品されていた商品を購入していないにもかかわらず、虚偽の落札報告を書き込んだことが、投稿から約2年を経過した頃に発覚。活動自粛へと追い込まれた。

 当時、所属事務所は企業からの依頼で(ステルスではない)広告を業務として引き受けていたこともあり、事務所側はたとえ長年の知人であっても(金額は安くとも)広告業務として受託するほうが望ましいと小森さんに伝え、本件も事務所側が対応していた。しかし、担当マネジャーを含め事務所側は、虚偽の落札報告が広告に相当するという意識がないまま投稿を進めてしまい、後に数年を経てステルスマーケティングとして指摘されてしまったのだ。

 多くのCM契約を小森さんが持っていたこともあり、億単位の補償金が発生。福田氏が経営していた所属事務所は対応に追われた。

「もとよりステルスマーケティングを行う意思はなかったが、事務所側の認識の甘さによって、タレントが築いた価値と信頼を失わせてしまった」

 そう福田氏は当時のことをふり返る。この事件を経験したことで、ステルスマーケティングを撲滅することこそが、インフルエンス事業を活性化させるために必要な前提条件だと確信したという。

「ステルスマーケティングは消費者も傷つけるが、原資を提供するクライアントも、インフルエンサーやタレントも傷つけ、長年築いてきた信用と価値を地に落としてしまう」

 LIDDELLを起業した福田氏は、起業後初の広告予算を「Stealth marketing kills」と書かれたTシャツの制作とインフルエンサーへの配付に使った。当時話題になっていたスモーカー批判TシャツのブランドFR2の「Smorkng kills」のアレンジ版を、FR2に持ちかけて実現したものだった。

なぜステマはなくならないのか?

 ステルスマーケティングが業界全体にとって不利益なことは、関係者ならば誰もが知っていることだ。口コミマーケティングを自主規制する業界団体もある。

 それでもなぜステルスマーケティングがなくならないのか――。その背景にあるのは、投資に見合うPR成果を求めるクライアント側の無言のプレッシャーだろう。「広告施策であることが明らかならばPR表記は不要」という欺瞞(ぎまん)がまかり通ってしまうのも、ダメだとはわかっていながらも、少しでも広告のにおいを消したい空気が「商流を隠しているわけでもないし、大丈夫だ」という甘えた予定調和をもたらす。

 そして、そうした“甘えた予定調和”を助長させているのが、口コミ発信者を代理店やメーカーなどと結びつけるキャスティング業者の一部だ。「コトを曖昧にする」意識を持ってキャスティングを行っている事実は否めない。

 キャスティング業者は、インフルエンサーなどSNSなどを通じた発信者と企業の間をつなぐことを業務としている。接続はするが、発信そのものには直接関わらないというのが、一般的な「建て付け」である。

『アナと雪の女王2』における事例でも、漫画家を起用したマーケティング施策のキャスティング業者である「wwwaap(ワープ)」は、代理店と漫画家の間を「仲介」していたにすぎない。

 同社は口コミ投稿だけでなく、企業が漫画を用いたプロモーションや啓蒙コンテンツを作りたいときなど、さまざまな形でキャスティングを行っている。しかし代理店とのコンタクトに関して仲介は行うものの、発信そのものは漫画家自身が責任を持って行うことになる。

 漫画家も、今の時代であればステルスマーケティングという言葉は知っているだろうが、口コミマーケティングや広告業界を知らないアーティストもいるだろう。クライアントが問題ないと説明すれば、鵜呑みにしてもおかしくはない。

 今回の場合「7人が同じ時間に同じハッシュタグ2種類を付けて発信し、広告であることは明らかであるため、PRタグは不要だ」と説明されていたという。これは、そのまま京都府の観光PRツイートを行った吉本興業のお笑いコンビ「ミキ」の例と同じだ。

映画『アナと雪の女王2』のステマ騒動について、12月5日と11日にウォルト・ディズニー・ジャパンが同社サイトで謝罪文を発表した(写真:ウォルト・ディズニー・ジャパン公式サイトより)

 本来ならばキャスティング業者はステルスマーケティングを疑われないよう寄り添うべきだろう。しかしワープが仲介するほかの事例紹介でも、PRと思われる投稿がPRタグなしに行われており、彼らが仲介している漫画家にコンプライアンスに関する指導を行っていたとは考えにくい。

 一方でクライアント側は、仲介業者を通すことで発信者のモラルに関して中間業者に一任しているという意識が強かったのではないか。キャスティング業者が間に入ることで、PR業務を発注する側、情報を発信する側の双方においてコンプライアンス意識が薄くなっていたとしても不思議ではない。

キャスティング業者にこそステマ教育の義務がある

 しかしキャスティングする側にも当然ながら道義的責任はある。いや、むしろ個人であるインフルエンサーやアーティストの紹介で成り立っているキャスティング業者には、発信者を守る義務があると言えるだろう。

 一方、前記のLIDDELL・福田社長は「たとえ仲介であっても、自社のサービスを通じてエンゲージメントしているのであれば、クライアントと発信者の双方を守るため、登録するインフルエンサー(この場合は漫画家)にどのような発信がステルスマーケティングになるのか、十分な教育やアドバイスを行う義務がある」と憤慨する。

 LIDDELLはインフルエンサーと企業をマッチングさせるSPIRITを運営しているが、仲介したインフルエンサーと企業のマッチング案件では、インフルエンサーの全発信をモニターし、ステルスマーケティングを疑われる発言に対して指導をしているという。

 また、同社ではインフルエンサー向けの教育プログラムを提供し、自分自身を守るためにステルスマーケティングに加担しないよう呼びかけているという。

『アナと雪の女王2』に関するステルスマーケティング問題で、もっとも大きな責任があったのはワープだろう。キャスティングを事業とするからには、業界慣習を含めてコンプライアンスに関しても監視し発信内容を精査して、キャスティングしたアーティストを守る責任があった。

 ところが『アナと雪の女王2』以前の事例も含め、同社にその意識は感じられない。無論、ワープに発注した代理店、またマーケティングプラン全体にゴーサインを出したウォルト・ディズニー・ジャパンに責任がないとは言わないが、ステマに関する知識を発信者に教育する責任と義務はキャスティング業者にあると思うからだ。

 もちろん、キャスティング業者に法的な義務があるわけではない。しかし、今回のことをきっかけに、より多くの人にインフルエンサーのキャスティングという事業、事業者自身が負うべき責任に関して認知が広がることを願いたい。

 今後、働き方改革で一般の会社員がダブルワークでインフルエンス業務を担うことも増えるだろう。小さな一個人を守ることこそ、キャスティング業者の本来のあり方のはずだ。

 


本田 雅一(ほんだ まさかず)◎ITジャーナリスト IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。