「葬儀する金がなかったから遺体を放置した」とよく報道されますが…(写真はイメージです)

 昨年10月、同居していた母親が亡くなったにもかかわらず、自宅の布団の上に放置し続けたという理由で、埼玉県に住む52歳の男性が逮捕されました。

 自宅で家族が死亡した場合、同居する家族には埋葬の義務があるため、遺体を死亡時の状態のまま放置すると死体遺棄で罰せられます。産経新聞の報道によれば、逮捕された男性は「葬儀する金がなかったから放置した」と供述しているそうです。

「葬儀をする金がなかったので親の遺体を放置した」という報道は10年くらい前から目立ち始め、最近では珍しくなくなりました。こうした報道がなされるたび、ネットを中心に「貧乏だと葬儀さえできないのか」「葬儀屋が儲けすぎだから、事件が起きるんだ」など批判的な意見が飛び交います。ですが、これらの意見の多くは誤った認識です。

葬儀費用は行政が負担してくれる

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 結論から申し上げると、お金がまったくない人でも葬儀を行えます。というのも、日本にはお金がない人の代わりに、行政が葬儀費用を負担する「葬祭扶助」という制度があるからです。

 例えば、生活保護を受けている人が亡くなった場合、生活保護法に基づいて行政が葬儀費用を負担します。この場合、生前に面倒を見ていたケースワーカーが手続きを進めてくれます。

 また、身寄りもお金もなく、さらに生活保護を受けていない人でも、葬祭扶助を申請してくれる友人や知人などがいれば、生活保護法に基づいて葬儀費用が支給されます。申請する人がいない場合でも、葬儀費用は地方自治体が負担する仕組みになっています。

 つまり亡くなった人の置かれた状況によって仕組みは異なりますが、支払い能力がないとさえ確認されれば、日本では最終的には行政が葬儀費用を負担してくれるのです。

 支払われる金額はエリアによって異なります。東京23区の場合、最高額で20万9000円まで支給されます。実際は葬祭扶助の認定まで日数がかかることもあるため、遺体を保全する費用が別途支払われることが多いです。

 とはいえこの予算では、場所を借りてお坊さんを呼んでお経をあげるというのは不可能です。葬祭扶助は直葬(通夜などの儀式などを行わず、納棺後にすぐ火葬する形式)を前提にしています。

 日本では行政が葬儀費用を負担してくれるにもかかわらず、なぜ遺体放置が絶えないのでしょうか。

 考えられるのは、遺体を放置していた人に別の意図があった場合です。こうした事件の記事をよく読むと、「生前から故人に暴行をふるっていた」とか「故人の年金を不正に受給していた」などと書かれているケースがあります。お金がどうこうというのは苦し紛れのうそであって、不法行為の隠蔽が本当の目的だったのかもしれません。

 また、事件の背景を探らず、「葬儀をするお金がなかったから遺体放置」という見出しを多用するマスコミにも問題があると思います。

 次に、放置した人が精神疾患や認知症を患っているケースがあります。生々しい話で恐縮ですが、専門的な処置を行わないと遺体はすぐに腐敗します。何かしらの事情もなく、腐敗し続ける遺体と一緒に居続けるのは難しいでしょう。

 昔は、ご近所付き合いというものがあって、生活に困っている人を近所の住民たちが助け合う習慣がありました。都市化が進み、ご近所付き合いが崩壊した結果、何かしらの事情を持った人がサポートを受けられず孤立してしまい、こうした悲劇を招いているのかもしれません。

「葬祭扶助」が崩壊する可能性もある

 繰り返しになりますが、今の日本で「お金がなくて葬儀ができない」ということはありえません。

 しかし近い将来、「葬祭扶助」が崩壊する可能性もあります。現在、日本の年間死亡人口は136万人で、2040年には170万人前後に達すると言われています。葬祭扶助にかかる費用は死亡人口に比例して増えていくため、制度の見直しは避けられないでしょう。

 前ページで、地方自治体が葬祭扶助の最終的なセーフティーネットになっていると述べましたが、これは現在でも地方自治体の財政を圧迫しています。

 現場では民生委員(厚生労働大臣の委嘱を受けた社会福祉を担うボランティア)を葬祭扶助の申請者にすることで、生活保護法の適応に切り替え、自治体の一部負担を国に肩代わりさせることさえ行われているようです。

 どうすれば国や自治体の負担を減らせるのでしょうか? 長時間労働にたえられなくなったため葬祭業を引退した人を民生委員として雇い、葬祭扶助の葬儀を担当してもらう形は有効かもしれません。直葬だけなら拘束時間も短く担当者に負担がかかりませんし、葬儀社に外注しないことで今よりも低コストに済みます。

 しかし、これだけだと抜本的な解決にはなりません。今後なんらかの改革をしないと葬祭扶助の崩壊が予想されます。もしかすると、本当に「お金がないので親の遺体を捨てる」時代が来てしまうかもしれません。


赤城 啓昭(あかぎ ひろあき)◎葬儀屋さんブロガー 葬儀社に20年以上勤務し、業界内部を知り尽くしたその道のプロ。業務内容はお葬式の担当と葬儀・葬儀業界の分析。Twitterアカウントは@kangaerusougiya。「ライブドアブログOF THE YEAR 2015」にも選ばれ、月間45万PVを突破した「考える葬儀屋さんのブログ」も日々更新中。