柚希ちゃんが転落した公園にはたくさんのお菓子や花が供えられて

 寒い日曜日の朝だった。大阪市平野区の11階建て市営住宅前で救急車と消防車がサイレンを切って止まった。何事かと外に飛び出た女性住民がそのときの様子を話す。

「敷地内の幼児用公園のそばで救急隊員3人が2~3分話し合っているんです。急病人かケガ人か知らんけど、はよ搬送せんでええんかなと思って、後部ハッチが開いていた救急車を覗き込むと、毛布でお団子みたいにくるまったものが担架に乗せられていた。それが転落した赤ちゃんで、かわいそうに、ほぼ即死だったんじゃないかって……

 生後7か月の三女・柚希ちゃんを9階付近から公園に転落させて殺害したとして大阪府警は1月19日夜、母親の無職・民谷瞳容疑者(36)を殺人の疑いで逮捕した。

「育児に悩んでいた」

「私が手を離したから、落ちて死んだのは間違いないが、突き落としたりしたことはない」

 と殺意を否認している。

 瞳容疑者は19日午前、柚希ちゃんと2人で、この市営住宅を訪れ、同10時15分に「子どもが9階から転落した」と自ら119番通報。府警が任意で事情を聴いていた。

9階から見下ろすと目がくらむような高さ

「容疑者の供述によると、子どもをあやそうと思ったらしい。高いところから景色を見せれば泣きやむのではないかと思い、9階付近の階段の踊り場で高さ約1・2メートルの手すりにお座りさせたが泣きやまず、パニックになり片手を離してしまったそうだ」

 と捜査関係者。

 ほかに瞳容疑者は、

「育児に悩んでいた」

「手を離したあとで思い直して支えようとしたが、間に合わなかった」

 といった趣旨の供述もしているといい、府警は事実関係を慎重に調べている。

姑との関係も良好だった

 転落現場の市営住宅から徒歩約10分。築39年の賃貸住宅で、柚希ちゃんは両親と父方の祖母、姉2人と兄1人の7人で暮らしていた。周辺住民によると、昨年の初夏ごろに引っ越してきたばかり。

「近所の家族が昨年6月に自宅前で花火をしていたら、臨月の瞳容疑者が旦那さんと一緒に通りかかって“最近引っ越してきたんです”と挨拶されたそう。お互いに子どもの話をして“一緒のクラスになるかもね”と笑い合ったらしい。仲のいいご夫婦なのに、どうしてこんなことになったのか」(近所の男性)

 転居後ほどなくして“令和ベビー”の柚希ちゃんが生まれた。同居する祖母はうれしそうに赤ちゃんを抱きかかえて帰ってきて、「生まれたわ。きょう退院なの」と、ニコニコしていたという。

「とにかく仲のいい家族ですよ。おばあちゃんは嫁さん(瞳容疑者)を気に入っていたし、大事にしていた。いわゆる嫁姑問題は全くなかったはずです」(別の近所の住民)

 瞳容疑者には中度の知的障害がある。時折、乱暴な言い方をすることがあり、周囲を戸惑わせることも少なくなかった。柚希ちゃんの父親が仕事に出かけたあとは、姑が子育てや家事を含めフォローしていたようだ。瞳容疑者の知人が語る。

「瞳さんはぶっきらぼうに見えるところがあるけれども、自分なりに4人の子どもに愛情を注いでいた。お姑さんとも何でも言い合える関係だった。柚希ちゃんには障害のあるお姉ちゃんがいて、いつも嫁姑コンビで施設に送り迎えしたり、瞳さんが愛情たっぷりのお弁当を作って持たせてあげていた。事件は信じられない

 瞳容疑者は柚希ちゃんがお腹の中にいるときから誕生を待ちわび、生まれてからも可愛がっていたという。

容疑者の夫に話を聞く

 9階の階段付近から真下の公園に転落した柚希ちゃんは、風にあおられたのか、建物から約4メートル離れた地点に落下したとみられる。成人の両手のこぶしほどの赤黒い血痕が残り、そばの献花台にはヤクルトやビスコ、アンパンマンのお菓子などがお供えされていた。府警によると、20日の司法解剖で死因は脳挫滅と判明した。

地元の小学生も手を合わせていた。そばに落下の衝撃を物語る血痕(上の手前)が残る

 なぜ、こんな事件を起こしてしまったのか。近所の住民が「社交的で明るい人」と評する柚希ちゃんの父親を自宅に訪ねると、インターホン越しに淡々とこう答えた。

「まだ心の整理がついてなくて、人にお話しできる状態ではないんです」

─奥さんが子育てに悩んでいる様子はありましたか?

「報道されているとおりです」

─悩んでいたということですか?

「……。ただ、このくらいの子を持つ親はみなさん、大なり小なりそういう悩みや苦しみを抱えていると思うんです。そうしたほかのご家庭と比べてうちはどうだったかというと、まだ冷静に考えられず、お話しできる状態ではありません」

 終始、低いトーンでいっさい抑揚がなく、インターホンの向こうの憔悴した様子がうかがえた。

 帰ろうとしたそのとき、自宅玄関の小窓から、幼い女児とみられるつぶらな両目がこちらを覗いていた。小学校低学年ぐらいだろうか。まだ事件が理解できる年齢ではなく、訪問者に興味を持ったようだった。バイバイと手を振ると、はにかんだように少しだけ目じりを下げた。

 その目の奥は、日曜日から帰ってこない妹をお姉ちゃんとして心配しているようでもあり、お母さんを待っているようでもあった。