全裸俳優・原田龍二の「人生、反省。」

 仕事にもプライベートにも裸で全力投球する漢として人気を博す俳優・原田龍二(49)。しかし、2019年に女性スキャンダルが発覚してしまい、現在はさまざまなメディアで禊の旅路を歩んでいる。そんな原田が、“人生”について、さまざまな人々と言葉を交わす本企画。

 第4回のお相手は、日本人史上初の世界3階級制覇を成し遂げた元プロボクサー・亀田興毅(33)だ。全裸俳優と浪速乃闘拳が人生と反省、そして家族への思いを語り尽くす!

早くからセルフマネジメントしていた亀田

原田 この対談は、人生の失敗や反省がテーマなんですよ。

亀田 あんまり細かい事情を知らないんですけど、何かあったんですか?

原田 実は、女性関係で不祥事を起こしてしまいまして……。

亀田 そうだったんですか!? 知らんかった! でも『週刊女性』は女性がたくさん読むわけですよね? そこに登場を決めるなんて根性あるなあ!

原田 しかも連載だからね(苦笑)。もう前を向いてなんでもやるしかない、という気持ちで毎回、臨んでます。

 僕には明確な反省材料があるんだけど、世界チャンピオンとして成功した亀田くんには、あまり失敗や反省というイメージがないんですよ。

亀田 いやあ、常に反省です。「あのときああしておけば」っていう考えは、よくよぎります。でも、過去の失敗があったからこそ今の自分があるので、若いうちにいろいろ経験できてよかったです。

原田 たしかに、失敗のまま終わらせるのも、それをバネにして躍進するのも本人次第なんですよね。僕自身も、失敗を成功の布石にしていくつもりです。

亀田 わかります。失敗は終わりじゃないですよね。俺の場合は、選手として試合に出るだけじゃなくて、20代前半で事務所の社長になって試合会場を借りたり、チケット販売、スポンサー営業、集客をするためのプロモーションなどをやっていたので、昔はいろいろな失敗をしました。

原田 すべて自分でセッティングしていたんですね。

国民的ヒールを作りあげた父・史郎

亀田 過去の経験があるから、弟たちに対しても「もっとこうしたらいいのに」と思うことはあります。

 でも、自分の考えを無理に押しつけるのはいい結果にならないと気がついて。弟たちの人生にレールを敷くのは簡単だけど、本人が「やりたい」と思わないと続かないですからね。

原田 そういう意味では、お父さんの亀田史郎さんは「世界チャンピオン」というレールをしっかり敷いて厳しく子育てされてた印象があります。

亀田 親父は「お前らはボクシングの世界チャンピオンになるんや。それだけに集中しろ」と言って子どもたちの前に絶対的なレールを敷いてくれて、自分はその上を走っただけという感覚です。

 昔はイヤなこともたくさんありましたけど、結果的に世界チャンピオンにもなれて今の仕事にもつながっているわけなので親父には感謝しかないです。

亀田興毅・原田龍二

原田 亀田一家の登場は、ボクシングを知らない人にとってもセンセーショナルな出来事でしたよ。ヒールな立ち回りで、実力も伴うボクサーでしたからね。プロデビューの会見はインパクトありましたからね!

亀田 実は、プロデビューの記者会見のパフォーマンスは、親父が考えた演出だったんですよ。もともとの性格はすごい人見知りなので、恥ずかしいし、人前でしゃべれるわけないやん! って思ってました。会見の前日は緊張して眠れなかったです(笑)。

原田 すごく堂々としてましたよ! 練習したんですか?

亀田 家で猛練習しました。 過激なセリフを言って、雑誌を破いて、記者からの質問も想定して回答も考えました。実は、親父はすごく過保護なんですよ。なんでも先回りしてやってくれるんです。

原田 お父さんにはプロデューサーの才能があるんですね。

亀田 そうなんでしょうね。「まずは多くの人に顔を知られないと意味がない」という方針で、親父は早い段階から「ヒール路線」で考えてました。たしかに、いい子よりも嫌われ者のほうが目立ちますからね。

「環境を整えるのが親の役目」

原田 おもしろい! そして、お父さんの計算どおりに世間に注目されて、すべてが話題になる存在になった。

亀田 そのぶん、いろいろなバッシングの的にもなりましたけどね。世間の批判を受けて謝罪会見をしたこともあります。

 リングの上で反則をして減点もされて、個人的にはリング上で裁きを受けたつもりだったけど、自分たちの家族の発言を不快に感じた人もいたから、謝るしかないな、と。でも、無名の選手だったら、あれほどの騒ぎにはならなかったと思います。

原田 それでも、世界チャンピオンになる実力を持っていたのは事実だし、本当にすごいですよ。世間はヒールの選手が活躍するのが悔しかったのかもしれないね。

亀田興毅

亀田 でも、マスコミにネガティブな記事を書かれて「亀田家=トラブルメーカー」というイメージが定着してますからね。

 ホンマに当時のイメージが根強くて、いまだに「イメージと違っていい人ですね!」って初対面の人に言われるんですけど、それはそうやろ、と。普段から子ども抱きながらメンチ切ってたらおかしいでしょ(笑)。

原田 ハハハ! 

亀田 悪いイメージを変えようとも思わないけど、だからこそマスメディアの力は怖いな、と思います。

原田 亀田くんは、お子さんにもボクシングをしてもらいたい希望はあるんですか?

亀田 ボクシングをやらせるつもりはないですね。でも、親の気持ちを押しつけるわけにはいかないので、本人に強い覚悟があればやってもいいと思います。

 でもやっぱり、ボクシングは命を落とす可能性もある過酷なスポーツにもかかわらずそれほど稼げるわけでもない。もっとほかの道でお金を稼ぐほうが効率的だと思います。

原田 命がけですからね。子育てで意識していることはありますか?

亀田 子どもがいろいろな経験ができる環境を整えるのが親の役目だと思っています。自分で自由に決断して、生きていく力を身につけてほしいですね。失敗も反省もたくさんしてほしい。親父とは少し違う子育てだと思います。

原田 しっかりしてますね。僕には息子と娘がいるんだけど、小さいころから外で遊ばせて、木登りもさせましたね。妻は子どもたちに勉強しなさいって言ってるけど、僕は体力づくりが大切だと思ってるんですよ。

亀田 それはいいですね。うちも公園に連れていったときは、ある程度自由に遊ばせて「危ないからやめなさい」とは言わないようにしてます。

親になって初めて気づく父のスゴさ

原田 たしかに、子どもの行動を制限すると何も経験できないもんね。自分が父親という立場になって、お父さんへの気持ちに変化はありましたか?

亀田 自分が子育てを始めて「親父のようにはなれない」と、親父のスゴさを再認識しましたね。

 両親は早いうちに離婚して、親父は4人の子どもをひとりで育てたんです。仕事に行って自分たちの食事を作ってボクシングの練習もして、寝るときも一緒。土日はみんなで釣りに行ったり、友達を集めてキックボールの大会を開いたり四六時中、自分たちといました。自分にはできない。

原田 すごいね!

亀田 当時の親父は30代なので、自分も同じ年代になって子どもがいますけど、子どもにすべての時間を使うのは正直、無理ですよ。

原田 本当にすべてを注いで、お子さんたちを育て上げたんですね。

亀田 極端な例だとは思うけど、自分には親父のような子育てはできないし、しないと思う。もちろん、思春期は反抗したくなったこともあったけど、子どもたちに全力で愛情を注ぐ親父を見てきましたからね。一生かけて恩返しします。

原田 お父さんの愛情がしっかり伝わったからこそ、勝ち取れた世界チャンピオンだったんですね。そんな逸話が隠されていたとは。反省することないじゃないですか!

本日の、反省
亀田くんとは過去の仕事でご一緒したこともありましたが、腰を据えて話すのは初めてでした。現役時代の亀田くんのファイトスタイルは世間が叩くには格好の標的になってしまったけど、その中でも彼を支えていたのはお父さんや家族の深い愛情だった、というお話が聞けて興味深かったですね。それでいて、親子関係を冷静に分析する目も持っていて、すごく芯が通った素晴らしい青年。さすが世界チャンピオンです。とても楽しかったです!


はらだ・りゅうじ
1970年、東京都生まれ。第3回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで準グランプリを受賞後、トレンディードラマから時代劇などさまざまな作品に出演。現在は俳優業にとどまらず、バラエティーや旅番組に多く出演し、活躍の幅を広げる。芸能界きっての温泉通、座敷わらしなどのUMA探索好きとしても知られている。

かめだ・こうき
1986年、大阪府生まれ。11歳からボクシングを始める。17歳の誕生日にプロデビュー。現役時代は、日本人史上初の世界3階級制覇を成し遂げつつ、過激なパフォーマンスでも世間の耳目を集めた。2015年に現役を退き、メディアで活躍しながらボクシングの普及に尽力する。

取材・文/大貫未来(清談社)